▽ 15
「シナリオが変わってきている。四号機は今現在僕の手元にある…。いや、そもそも僕がここにいる事が既に特異点なんだ。」
暗い部屋で、スポットライトに当てられているカヲルがつぶやく。
一人で何もないところに喋りかけているかと思いきや、
彼の目の前にぼんやりと浮かぶ赤い文字。
「死海文書や裏死海文書の通りに進んでいる、とは言えないというのか?」
「いや、結果的には変わらないんですよ。僕が居ようと居まいと。それが碇ゲンドウの行動かどうかはわかりませんがね。」
「ならば問題はない。」
―今回の参号機の日本ネルフへ輸送。シナリオは問題なく進んでいるはずなのに……。
彼は考え事をするように、口元へと手をもっていく。
まず、何故自分はこの場に立っているのか、次にどこから少しずつ狂いだしたのか。
「(サードチルドレンとの接触もより濃いものとなり、情を抱き、使徒殲滅もできなくなるかもしれない。かといって彼らの意のまま、というのも……)」
そう思い、ふと最近話している彼女を思い出す。
―ああ、そうか。シナリオが変わったのは彼女か。
生きなきゃいけないと思ったのはココが居心地がよくて、手放したくなかった。
シンジくんとも級友とも話ができて、
誰かに好きになってもらって、
名前さんに必要だと思ってもらって。
「いつの間にか、僕はヒトとして、生きていたんだね」
使徒の顔は、自分の思いに気づいて自傷じみた顔をした。
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「ん?もういっぺんいってみ?」
「いや、ホント、悪いんだと思うんだけれどさー、こっちも人員いなくてー……三課にお願いしたいなーって。」
「やだ!だってフォースチルドレンの件で人事でいったの管理局じゃん!」
私の数少ない友達の一人で、管理局に勤めている友人が
後生一生のお願いだ、というからそこまでいうのならと思って聞いてみたら
参号機の機動試験の同行だった。
先日、松代にいったというのにまた何故いかねばならんのだ。
しかもあそこの職員は私が盛大にエヴァに告白したことを知っている職員なのだ。
(正確には中のパイロットにだけれど)
そんな私が行こうものなら、
「あの人また来た」とか「そんなにエヴァが好きなのか」とか
そんな生暖かい目で見られてしまう……!
それだけは凄い避けたい。絶対行くものか…!
「総務局三課は人事もやってるでしょー?ねーねーお願い…!もうホント、最悪、皆の買い出しとかでもいいし…!人事が人手がいるのしってるでしょー?」
「それただのパシリだし!四課でなんとかならないの?」
「ならないのよねー…それが……どうしてもというなら……この手は使いたくなかったけれど……」
「は……、ま、まさか…!」
「こほん、上官命令を言い渡します。名前三曹、先に行われる機動試験に管理局の補佐として同行しなさい。」
「職権乱用だ……」
「おほほ、三課の大将には伝えておくわ〜。じゃあね〜!」
「うちの上司を大将なんて呼ぶの貴方だけよ…そんな風に言ったらあの上司が断るわけないじゃない……」
デレデレになりながらオッケーを出すに決まっている……
なんて想像してしまったら気が重くなってしまった。
「はあ……」
「ヒトはため息を一つ漏らすたびに幸せを逃がすそうですよ?」
「あら、カヲルくん、おかえり……幸せね…。私の幸せはカヲルくんとの家庭を築くことかな…。子供は2人で上は女の子、下は男の子なの。どっちもカヲルくんに似てて…」
「え?なんだい?何かいったかい?ごめん全然聞いていなかったや。」
「超棒読み!もー、仕事の愚痴聞いてー…お姉さんを好きにしていいから」
「じゃあ子供を三人にしましょうか?」
「ぶはっ!」
吹き出したあと口を押さえる。
いや、もう吹き出したあとだからこんな事やっても意味がないんだけれど、
なんか色々なものが出てきそうで怖いから。
え、この子、まさかの了承した?
なんてカヲルくんをみたらお腹を押さえて笑っている。
「顔、真っ赤ですよ、名前さん…!」
「や、やかましい!本気にするから大人をからかうのはやめなさいよ!」
「子どもをたぶらかそうとするのはいいのかい?あは、冗談だよ、そんな顔をしないでください。」
クスクス、とまだ笑い続ける。
果たして私がどんな顔をしていたのかは私にはわからないけれど、
中学生は箸が落ちても笑うくらい多感な時期だから
私の顔はきっと普通だった……はずだ、多分。
「そういえば参号機、完成して松代でテストをするそうですね。」
「あら、情報通ね。そうそう、鈴原くんから聞いたの?」
「そんなところです。」
自動販売機のところへ行き、ジュースを買っているみたいだ。
参号機の話は少し前からは知っているみたいだったし
これくらいなら漏らしてはいけない情報ではないだろう、と考える。
というか、その話題は今しがたしていたから、影で聞いていたのかもしれない。
「なにか気になることでも?」
カヲルくんは自動販売機からジュースを取り出し、顔だけ振り向く。
なんでもない、と首をふり、彼から目線を外す。
そうだ、彼は人の視線に敏感なんだった。
「……気をつけてくださいね、何が起こるかわからないので」
私の横を通りすぎていく時に不安になるような言葉を吐かれてしまった。
心配から言っているのか、それとも何か知っているのか……
「何かが起こるのは確実だろうね。彼女がそこで死ぬならばシナリオは書き直され、きっと老人の望む展開が訪れる……が、…僕のリリンとしての気持ちは、どうなんだろうな…。」