▽ 11
「渚カヲル、私とおデートしなさい」
「それ、僕になんの得になるんだい?」
椅子に座っていた彼を見つけ、駆け寄り、指をさす。
こくん、と首をかしげ中学生に似つかわしい幼い顔で尋ねてくる。
お前、ここでも私に意地悪をするのか……
「さっきの辱めをなんとも思ってないなら別にいいわよ。」
「辱めって君が勝手に恥ずかしがっただけだろう?」
くすくすと笑うとさっきの幼い顔はどこへやら。
大人びた顔で人を小馬鹿にする。
む、このままでは言い負かされる。デートが出来ない。
せっかく長野まできたのに…!
「お姉さんの頼みごとだよ?聞いてよ。」
「聞いてもらうヒトへの態度ですか……
まァ、そういう態度を取らせるためって事で、女性に土下座させるのは僕の評価が下がりそうだしね。」
自分の評価が基準かよ、って思ったけれど、評価が上がる下がるをとっさに考えれるって
世渡り上手よね……でもそれを口にだした瞬間アウトよ…
私だから言ったのかもしれないけれど。
うーん、と眉間にシワをよせて目を瞑るカヲルくん。
やだ、珍しい表情。シワとかも初めて見た。
シワをぷにっとさわってみたい……
「そうだね、逆立ち……なんだい?その指は」
「イエ、ナンデモアリマセン。つか今、逆立ちさせようとしてた?私に。出来ないわよ?もー、御飯おごるから、ついてきてよー。」
「しょうがないですね……。パスタで手を打ちましょう」
「女子か」
思わず笑って和んでしまった。よし、了承も得たことだし、出発だ!
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「いつになったらつくんだい、ご飯食べる場所に。」
「あ、あははー……私も知りたい……」
歩けど歩けどあたりは森、森、森……
鬱蒼と茂る木々たちは最初は「いい空気だね」「心が洗われそうだね」なんて
いい雰囲気の演出になっていたけれど、今となっては
歩くと鳴るザクザクという音と共に何かが削られている気分になる。
「目に良さそうだね…、とても空気が澄んでる、……えっと、コダマでそう」
「精一杯いいところを探さないでくださいよ……なんだかいたたまれなくなります」
さっきまで(多分空腹で)殺気を放っていたカヲルくんがため息をついていた。
カヲルくんの方を振り返ってみると携帯をぽちぽちと触っている。
ああ、GPSか…そうか、今プチ遭難してるのね……
「ここら辺にあったんだけれどね……オススメって雑誌で。木々に囲まれて、隠れ家みたいな雰囲気だって……」
「いつの話ですか?もしかして松代が近くにできたせいで場所を変えたかもしれないですね」
「あー…!……失念してた…!そっか…、実験施設の近くにはお店おいてらんないわよね……。」
足を止めて次のカヲルくんの行動に任せる。
カヲルくんは携帯と私をちらりと見たあと踵を返す。
この先は何もないとわかってしまったのでちょっとため息。
せっかくここまで歩いてきたのに……
足も疲れたし、カヲルくんとのご飯だったのが楽しみだったし、
カヲルくんにも体力つかわせて、色々が重なって少し、泣きそうになってしまった。
心の中で自分を責めながら、無言で前を歩くカヲルくんの背中にごめんと思う。
「嫌な視線をひしひしと背中に感じます。」
「……君は視線まで感じ取れるのか…。いや、しがみつきたい背中だなーって思ってました。ごめん。」
ふーっと息を吐く音が聞こえた。
このため息、こんなときに何言ってるんだと呆れられたかもしれない。
ちょっと明るい雰囲気にしようかなって思ってたけれど。
「……どうぞ。」
スッと私より少し高い背が半分くらいになった。
渚カヲルがしゃがんだのだ。しかも両手を腰のあたりに出して。
―これは、所謂、おんぶ?
「え?え?何?!なんの悪戯思いついたの!?」
「失礼な……。名前さん、半身に体重寄ってる。足痛めてるんだろう?
サービスしてあげますから素直に甘えたらどうですか?」
「ぐう……!」
選択肢はあるようでない。
私はカヲルくんにおんぶしてもらえて、足も痛くなくなる。
かつ、こんな優しいのは二度とこない!!!!断言できる!!!!
「……じゃあ、お願いします」
「ラジャー。携帯のナビで案内してくれるかい?」
「ほい、かしこまり。」
カヲルくんから携帯を受け取り、私は彼の背中へとしがみつく。
ぐっとゆっくり立ち上がると一回ジャンプした。なんか可愛い。
そのまま、軽々と持ち上げたまま木の葉を踏み鳴らし前へと進む。
「どうして言わなかったんだい?足が痛いこと。」
「そんなの言えるわけがないよ。悪いし。今回の件も振り回したし。」
「……君はもっと弱音を吐いていいんじゃないのかい?どんな見えない手ごわい敵と戦っているのさ」
「…子供にそういうとこ見せらんないでしょ?」
いつの間にか、私は大人になっていた。
仕事をこなし、夜は寝て、朝おきて、支度したら、また仕事。
たまに上司や同僚に愚痴をもらしていたら
いつの間にか、私は大人になっていた。
わがままとか言えない、大人になっていた。
「僕は、ヒトに頼ることは弱さだと思っていない。他人に弱いところを見せるのは弱さだとは思っていないよ。むしろその逆だと思っている。」
「弱音やわがまま吐いても、強いって言えるの?」
「信頼、他人を信じる心は強いと思うよ。受け止めてくれる誰かを信じ、自分を任せる。愚痴でもわがままでも。それって他人を信じられる強さだよね。」
―こうやって僕を信じて、背中に体重を預けてくれている君は十分に強い子だ。
「……私をどれだけ惚れさせたら気が済むんだ、君は」
「あは、あとでおんぶ代とリップサービス代、請求書をまわしておくね」
こいつ!私がときめこうとするといつもコレだ!
わざとかこんにゃろー!
「そのお金、私の愛で払わせてもらおう。」
「胸やけはもう勘弁だよ。」
話に夢中でだいぶ道が逸れていた。
しばらく黙っておこうかなって。遠回りしてこの時間を楽しみたいし……
「ところで道はこっちであっているのかな?」
「うん、ごめん」
「………僕は離さないでいてあげるよ。」
「え、告白?」
「だから君は僕の背中から即刻、手を離すんだ。」
「それ私、頭ぶつけるよね?!地面に頭ぶつけるよね?!しかもそのあとカヲルくんは遠慮なく歩きそうだよね?!頭ぶつけないかもしれないけれど頭に血がのぼるよね?!」
「ああ、背中で腹筋のトレーニングしててもいいよ?」
「ごめんなさい魔王さま!次右です!」
カヲルくんの携帯のナビが教えていたのは元の道への戻りかただった。
一緒に外での食事できなくて本当に残念……
しかも二人とも御飯を食べ損ね、施設のまかないを少し食べさせてもらった。
本部に帰って、お詫びにと食堂に行って、カヲルくんにパスタをおごらせてもらった。