……性格の悪い彼は年下の彼/日常
「シンジくんっ!私の話を聞いて欲しいの……っ!」

「え、名前さん!?き、聞きますんでちょっ、と力を緩めてくださいっ。」

「あっ、ごめん……!」


ぐいっと突然、シャツを引っ張られ、びっくりして見てみると名前さんだった。
彼女にそう伝えると力を緩めてくれ、引っ張られていたせいで首にかかっていた圧力が、ふっとなくなる。

名前さんの顔を見ると切羽詰まった顔だったので話を聞かない、なんて選択肢はなかった。


「……ところで僕に聞いて欲しい事ってなんですか?」

「実は……、カヲルくんとケンカしたの。」

「え、カヲルくんと?」


カヲルくんといえばいつも誰にでもにこやかに笑っているイメージがある。
ただ、名前さんには特別な顔を見せていたりする。

口では意地悪を言ったりしてるけれど、その見つめる瞳は優しくて。

だから、カヲルくんは名前さんが好きなんだなぁって思ってた。


「え、どうしてですか?カヲルくんがケンカって……。」

「いや、ほらカヲルくんも一応生きてるからさぁ。不快に思うことだってあるよ。」


名前さんはうんうん、と一人で納得してしまった。
でも、カヲルくんが大きな声を出したり何か物にぶつかったりするのを想像出来なくて。

あのカヲルくんが怒る、その火種が思いつかなかった。


「原因は、なんですか?」

「それがさ、私にもわからないんだよね。だから付き合いの長いシンジくんに聞いてみようかと思ってさ。」

「そうですね……僕もわかるかはわかりませんが、そのケンカの流れを教えてもらっていいですか?」

「うん……、あれは私が総務課から帰ってきた後の話なんだけど……。」







「とある特殊任務があるんだけれど行ってきていいですか?」

「ダメです。」

「ちょっと待って!?内容も聞かずに却下?!」

「わかりますよ、なんとなく。ちゃんとした任務なら僕に許可を取る必要がありませんし、僕に敬語を使うということは何かやましい気持ちがあるんですよね?」

「う……。」







「っていう会話の流れがあったんだよ。」

「ああ、そんな事が……。じゃあカヲルくんは名前さんを危険な任務に行かせたくなかったから怒ったんですね。」

「へ?危険?」

「ん?」


名前さんは僕の言葉を聞くと不思議そうに首を傾げた。

あれ?僕何か変な事言ったかな?
お互いに頭の上にはてなを浮かべていたら名前さんは僕が何を勘違いしているかわかったかのようにポンっと手を叩き違う違う、と言った。






「……実は特殊任務というのも合コンでして……。」

「へえ?」


その時の気温の下がりようと言ったらまるで冬がきたかのようだった。
たった一言、へえ?と返されただけなのに。


「だ、だから一日ちょっと時間あけるから……。」

「なるほど、貴方は自分の『僕の監視役』の責務も果たせないんですか。学校以外で僕は貴方が一緒じゃない限り外には出れず施設に拘束されているのに名前さんは外で見知らぬ男性と遊ばれるんですね。」

「だって、しょうがないじゃん……友達の上官命令だったし……、友達だって気晴らしに、って誘ってくれたんだし。」

「気晴らし、……そうですか。僕は名前さんの負担になってましたか。」

「違うよっ、じゃなくて……、カヲルくんもわかってるでしょ?」


どんどんカヲルくんの機嫌が悪くなっていっているのが手に取るようにわかった。
そりゃ、カメラやら人の目やらで監視されているのに私だけ気晴らしに遊んでくるなんて不快に思うだろうけれど、私だって友達の気遣いを無下にしたくないんだ。

聡いカヲルくんならわかっているんだろうけれど、怒りを私に分からせたいのか頑なに目を合わせてこない。
いつもならどんな意地悪なこと言おうと私の目を見てくれていたのに。

今、もう泣きそうだ。


「僕に許可取らずに行ったらどうですか。そのお友達にも悪いですし。男性に媚売ってきてどうぞ。」

「媚って、そんな言い方っ」


バン、と突然机を叩かれた。
音にもびっくりしたけれど、そんな感情を露わにしたカヲルくんを見たのは初めてで肩を跳ねさせてしまい後ろへと下がる。





その言葉を喋ったあと少し沈黙が続く。
……あれ?どうしたんだろう……?


「名前さん?」

「……。」


名前さんの方を見てみると、まるで金魚のように口をパクパクと動かしていた。
心なしか顔も赤い。


「あの、名前さん?」

「あ、……う、……そのキスを、されそうになりまして。」

「ふえっ?!」


僕は声が裏返るほど驚いた。
……え、これは、僕が聞いてもいい話なのかな……?
僕もつられて顔に熱が集まる。

名前さんは言いづらそうに続きを話してくれた。







一瞬、と言わず数秒。時が止まった気がした。
何の音も聞こえない。相手の吐息さえ聞こえそうな静けさ。

唇まで一センチ、とあいてるかどうかわからない距離に動けずにいた。

三秒、四秒、もしくはそれ以上かもしれない。


「貴方はこうやって僕にでもすぐに唇を奪えるくらいぼんやりとしているんだ。もっと男性というものを怖いと思っていてください。」

「……く、口で言ってくれればいいじゃん!!」

「唇で伝えれば良かったですか?」

「ぐ……っ。」


そうしてカヲルくんは身体を離し、ようやく目を合わせてくれたと思ったのに私に背を向け部屋を後にした。






「そりゃさ、不快なのはわかるけれど。」

「……。」


口が開きそうだった。
えっと、これってただのカヲルくんの嫉妬なんじゃないかな?
ようするに合コンに行くと言われて行って欲しくないって思ったんだよね?

……この二人って、お互いを知っているのに、お互いに大事な気持ちには蓋をしてるんだな。

なんだか想い合ってる二人が羨ましくなって、ちょっと意地悪をしたくなった。
これは秘密にしておこう。


「僕から一つ言えるとしたら……。」

「なになに?!助言及び助力をよろしくお願い致します、シンジ様!」

「すぐに解決すると思いますよ。」

「占い師みたいに締めちゃった!」


そして後日、名前さんと会った時に「実は帰ったらすぐに仲直りできたよ。占い師の才能あるね、シンジくん。」なんて言われた。


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