「監視役さん。」
「なんかその呼び名酷い!もっと愛のある呼び方で呼んで!」
「愛の監視役さん。」
「それだとなんか私痛い人になるからやめて!!確かに「愛の」がある名前になったけれど!!……で、なんでしょう、カヲルくん?」
私が部屋でソファにごろりと横になっていたらカヲルくんが学校から帰ってきたのか部屋へ入るなり私を呼んだ。
その呼び方、ということは外に行くのだろうか?
そう思った数秒後、案の定外に出たいと言い出した。
「律儀に私を呼ばなくていいのに。学校までは監視がないんだから学校帰りでもいいのに。」
「生徒手帳に寄り道をしないと書いてありますよ?」
「真面目だのう。まー、いいや。私ももう仕事終わって暇だったし。ついでに外でご飯食べようよ!」
「今日の当番サボっても次の日に回すからね?」
「ぎくう!き、着替えてくるねー。」
ソファから飛び起き、寝室の部屋へと入る。
自分のクローゼットを開け、脱いだ制服をかけ、お出かけ用の服を探す。
……なんだかんだいってこうやって一緒に外に居れるのは少し嬉しいものだ。
多分、カヲルくんもそう思ってくれているのか、一人でどこかに行かずちゃんと私を誘ってくれる。……真面目に監視させてるんだったらちょっとショックだけれど。
「おまたせ!じゃあ行こうか!」
施設から外に出ると暑さですぐに汗が吹き出てくる。
少しだけ日は落ちていて日中よりかは暑くないのだろうけれど、やはりまだまだ暑い。
「ところでどこに行きたいの?」
「少し歩きます。」
しばらく歩くととあるデパートにやってきた。
一階は化粧品コーナーで、二階三階が衣服売り場で、四階に食べ物コーナーや書店がある場所だ。
何か勉強に必要なものがあるのかなと思い書店コーナーへ行こうとエスカレーターを乗ろうとしたら、裾をくい、と引っ張られた。
「なにそれ可愛い。」
「否定はしませんがそういう発言控えてください。」
「はい、すんません。で、どうしたの?迷子になったのかな?」
「……。」
「だまります、ごめんなさい。」
「先日……、その、名前さん誕生日だったじゃないですか。」
「んー?」
先日?はて、今何日だ?……そういえば確かに通り過ぎていたな。
大人になると割と誕生日というのは祝ってもらうことも少なくなり、
仕事に追われると忘れてしまうものである。
しかも確かその日はカヲルくんは任務、私は日が変わるまで仕事をしていて三課で眠りについたのでカヲルくんと会ったのは誕生日の次の日の夕方だった。
大事な日は過ぎてしまえばドキドキ感はなくなり、言われて「ああ、そういえば」と思い出される。
「え。待って待って、え、じゃあもしかしてここに来たのって……!」
「お祝いのプレゼントを買おうと思いまして。」
「優しい!さてはカヲルくんじゃないな!?」
「やだなァ、僕のこの笑顔みて?僕以外のヒトに見えるかい?」
「そんな黒い笑顔出来るのカヲルくんだけです。」
「失礼だなァ。」
カヲルくんは笑顔をやめて少しだけ口を尖らせる。
「とりあえず名前さん、化粧品コーナーに行きましょう。」
「化粧品?何故に?」
「もっと大人っぽくなってほしいからですよ。」
「貴様だって失礼じゃねーか!」
まあまあとニコリと微笑まれ、手首を掴まれる。
おい、なんで手首なんだ。せっかくなら手をつなぎなさいよ。
「どれがいいですか?」
「んー……そうねえ……。」
「香水とかはどうですか?」
「つけていく機会がないのよねー。うし、グロスにしよう。」
「グロス?」
手にとった桜色のリップグロス。
これならお財布に痛手にはならないし(といっても2000円は超えているんだけれど)、
なにより……、まあ、下心というか。
これでカヲルくんがちゅーでもしてみたいと思ってくれれば……。
「なんてね!ははは!」
「なんですか?いやらしい想像でもしたんですか?」
「当たらずも遠からず。」
お会計を済ませて外に出て近くの花壇の縁に腰をかける。
紙袋を開けてさっそく商品を日光の下で見てみる。
容器にはラメがついているが商品はラメは入っていないようだ。
「しましょうか?」
「カヲルくんがグロスを?!確かに似合うかもしれないし、そのあと私がしようものなら間接キスで嬉しい限りだけれどさ!!」
「ツッコミを入れるのも面倒になってきました。塗ってあげましょうかって意味だったんですが。」
「あ、そっちか。え、……いいの?」
リップグロスを渡すと日にも焼けていない真っ白な手で綺麗にビニール包装を解いていく。
使ったことがないためか開け方を模索したあと蓋を回し、中から出てきた筆のようなものに少し驚いていたけれどすぐにそれを私の方に向けた。
「はい、あーん。」
「あーん、って違うよ!食わせようとするな!ちゃんと塗ってよー?ん。」
唇を閉じて彼の指先を見つめる。
ああ、端っこからじゃなくて真ん中から……、そ、そんな端に沢山塗らなくて大丈夫だから……、なんて不安になりながら見つめていたら「出来た!」と満足そうに微笑んだ。
自分の唇の上下を軽く合わせてなじませる。
「どうかな?」
「……ふふ、キスをしたいくらいですよ。」
「!……このたらしめ。」
「なんとでも。」
そういって、カヲルくんは今度はちゃんと私の手を握り立たせてくれた。
そして彼は手を握ったまま歩き出した。