「メロメロにしてください！」


そう彼に伝えると咥えていたまだ火をつけていないタバコが口からポロリと落ちた。
思った以上の衝撃を彼に与えたらしい。


「てっきり名前ちゃんは俺にメロメロだと思っていたが……、違っていたとは。」


やれやれ、とでも言いたげに落ちたタバコを拾い上げる。
何事もなかったように口にタバコを入れ、慣れた手つきで近くにあったマッチで火を灯す。
息を吸い込むと酸素でタバコの火は少しだけ火力をあげ、目でわかるくらいにタバコの先が赤くなる。


「そこ、名前ちゃんほうに煙がいくぞ。」

「あ、はい。」


加持さんを回り込みさっきいた場所とは別の場所に移動する。
よく見たらさっきまでいた私の場所の上に換気扇があった。

そうそう、こういうところが好きなところなんだ。
小さいことをさらりとやってのける。気遣いとか、サポートとか。
キュンときてしまうのだ。

でも、あともう一歩、もう一歩足りないんだ。


「キュンじゃなくて、こう私の周りにハートマークが飛び交うような……。」

「いいじゃないか、キュンでも感じてくれるなら俺は嬉しいぞ？」

「違うんですよ、ときめきじゃ……。」


ときめきじゃ一瞬だけれど、メロメロだったらずっとずっと加持さんに夢中でいれるから……。
誰も見えなくていい。彼だけを全身で感じていたいんだ。


「俺はね、名前ちゃん。」


名前を呼ばれ、彼の方を見ると吸っていた息を吐いていた。
それと同時に白い煙が勢いよく飛び出していったがすぐに霧散していった。


「こんなおじさんの事を好きになってもらって嬉しいんだが、なにぶん先が見えない仕事なんだ。だから俺なんかより、違う子に君を夢中にさせたいと思っているんだ。」


何度かこの言葉は聞いた事がある。
私の事を思って言ってくれているけれど、そんな風にいうからもっとドキドキさせてほしいのに。
突き放してほしくなんか、ない。


「だがな、……他の人と腕でも組んでいるところを見た日には俺は嫉妬にかられて必死に名前ちゃんを取り返そうとするかもしれない。」


加持さんはタバコを口からとり、灰皿に押し付ける。ジュッと小さい音をたてて火は消えたようだ。
……今の言葉は初めて聞いた。あれ？私、なんかすごく愛されてる発言されちゃった？

頭で理解した頃にじわじわと顔が熱くなってくる。
そんな私の顔をみて加持さんは優しくも意地悪そうに微笑んで私の傍にたつ。

彼を見上げていると顔が近づいてきた。
が、あと数センチで唇が触れるというところで止まった。


「……タバコ、吸ってた。」

「構いません。」


腕を伸ばして両手で加持さんの後頭部を押して背伸びをしながら唇を押し当てる。
タバコの匂いが鼻をついたけれど、なんだかそれも愛しく感じて鼻で息を吸い込む。

この匂いを堪能しようとしていたら力強く腰を引き寄せられると同時に口を割って彼の舌がにゅるりと口内に入ってきた。

まるで私の口の中にある唾液を味わうかのように口内を這い回る舌に快感が湧き上がってくる。
さっきまで匂いだけだったタバコも口内に入り込むことによって苦味が口の中に広がった。けれどそれも唾液の甘さに溶けていったのか少し経つと気にはならなくなった。

腰を自分からぐいと押し当てて彼にこすりつけると加持さんは首の角度を変えて色んな角度から私の口の中を攻める。


「んは……っ。」

「いやらしい事してくれるよ、全く。」

「どっちがですか……！」


早くなっている息を整えようと胸を押さえる。
すごい、こんなにドキドキとしてる。

きょ、今日はもうこれくらいで勘弁しましょう！
また明日、今日よりもっと私をメロメロにしてくださいね、加持さん。