夏が来ると、思い出すことがある。
 中一の時、ちょうど近所で夏祭りがあると聞いた及川さんが、バレー部で行こうということを提案したのだ。思いつきで発せられた一言は、遊びたかった部員たちに受け入れられ、一気にそういう雰囲気になった。国見を含めた一部は嫌そうな顔をしていて、隣にいた国見が行きませんと言おうとしていたが、それに目敏く気づいた及川さんの、これ主将命令ね、とウインクしながらの牽制でさらに眉をしかめていた。そのあとで岩泉さんに職権濫用すんなこのボゲ及川、と蹴られていたけど。
「…行くか?」
「…行く。行かなかったら面倒くさそうだし」
 国見が渋々と言ったようにそういったのに、俺はちょっと安心した。安心ついでに、ドリンクを飲んでいた影山にも声を掛けた。
「影山は?行くのか?」
 影山は俺の方を見て目をぱちぱちさせた後、しっかりと答えた。
「行く」
 心なしかそう答えた影山がうれしそうに見えて、意外だな、と思った。てっきりバレーに関係ないから行かないとでも言うかと思っていたのだ。
 その日はたまたま体育館が点検で早く帰らなくてはならなかったので、いったん家に帰ってから集まることになった。

* * * *

「じゃーん!みてみてー!」
 及川さんが一番最初に来ていたらしくて、開口一番そういわれた。及川さんは白地で格子柄の浴衣を着ていて、みるからに上機嫌そうだった。俺はそれになんと答えて良いかわからず、似合ってます、と無難なことをいい、国見は汚れそうっすね、と冷静に言って、そうじゃないでしょ!とぷんぷんされていた。
 及川さんは部員がやってくる度に自分の浴衣を自慢しに行っていて、なるほど、と祭りに行きたかったわけを悟った。
 人が集まっていくのを見ながらぼんやりとしていると、金田一、と声を掛けられた。びっくりして後ろを向くと、濃紺の浴衣を着た影山がたっていた。不機嫌そうなのは浴衣が動きづらいからか。
「お前も浴衣か」
 国見が影山を見てそういったのに、もって何だよ、と影山は眉をしかめた。
 影山が浴衣を着ていることに気づいたらしい先輩が、おーっと声を上げて近寄ってきた。
「へー、影山似合ってんじゃん」
「あれか、馬子にも衣装ってヤツだな」
「及川みたいに見せびらかしてこないぶん余計な〜」
 先輩が笑いながら言ったのに、孫?と影山は首を傾げていた。そのマゴじゃねえよ。
 その先輩の笑い声に、及川さんが影山に気づいて、影山をみると、機嫌の良さそうだったのを変えて叫んだ。
「ちょっと飛雄ちゃん!浴衣着て及川さんとカブるなんてどーゆーつもり?!」
 及川さんは影山を指さして、絶対俺だけだと思ったのに!と地団太を踏んでいた。それに当の影山は「母さんに着替えさせられました」とケロリとした顔で答えていたのだが。
 及川さんはしばらくの間影山についてボヤいていて、岩泉さんにしつこいとシバかれていたけど、女の人に声を掛けられたり、キャーキャー言われたりする内に機嫌は治ったようで、お祭り楽しいね!と上機嫌で岩泉さんに言って今度は無言で叩かれていた。忙しい人だなあ、と思ったのを覚えている。
 辺りが暗くなると、人が俄然増えたように感じた。花火もあがるだけあって、人が集まってきているのだろう。
 俺と国見と影山は、目的もなく歩き回る及川さん達になんとなくついていきながら屋台を見ていた。中学生にもなってどうかと思うが、祭りに来るのはなんだかんだとテンションが上がるもので、高いがせっかくだし焼きとうもろこしでも買おうかと、にぎやかな周りにつられて思い始めたとき、影山がいなくなっていることに気づいた。影山はケータイを持っていないから連絡を取ることは不可能だ。あっと思って国見にそれを伝えると、一瞬面倒くさそうに眉を寄せた。
「まあ…別にいいんじゃない。影山だって子供じゃないんだし、」
 はぐれても死にはしないよ、とどうでも良さそうに返され、だけど、と思わず食い下がる。食い下がった後で、首を傾げた。なんでいま食い下がったんだ。その通りなのに。
 自分でも訳が分からず眉を寄せていると国見ははぁ、とため息を吐いた。
「…気になるなら探してくれば?見つかったらメールして」
 国見の言葉に、悪い、と返して俺はすぐに元の道を引き返した。
 人混みの中から人を捜すのは困難だった。濃紺の浴衣を着た男なんてたくさんいたし、その中を走っていくことは出来ない。人にぶつからないように気を付けながらきょろきょろと辺りを見渡すが、それらしき人影はない。
 とにかく前だけを見ていたから、後ろからくん、と強い力で袖を引かれて、どきりとした。慌てて振り返れば、探していた濃紺の浴衣を着た影山が眉をつり上げていた。
「金田一!」
 どこ行ってたんだよ!と怒鳴られて思わず肩を竦める。その声に道行く人にちらちらとこちらを見られた。これじゃまるで俺が迷子だったみたいじゃねえか、ふざけんな。
「お前なぁ!!」
 いやお前がどこ行ってたんだよ!とこっちも怒鳴りたくなったが、それをぐっと堪える。ここで怒鳴って注目は浴びたくはない。目を閉じて、ここは大人になれ金田一、と一人胸の中で唱える。
「……さっさと及川さん達ンとこ、戻るぞ」
 そういって歩き出すと、影山はちゃんとこちらについてきた。
 そのとき気づいたが、影山は手にりんご飴を持っていた。しかも姫りんごじゃないでかいヤツだ。迷っている間にちゃっかり買っていたらしい。こっちが探していた間にのんきなやつめ。
 歩きながらケータイを出して国見にメールする。すると、5分もたたない内に返信がきた。
”及川さんが女に囲まれて動けないなう。場所よくわかんない。焼きそばといか焼きの屋台があるとこ。もし合流できたら合流して、出来なかったら各自解散だって”
 完全に場所の説明を放棄した返信に、ずっこけそうになった。焼きそばといか焼きとか、そこら中にあるわ!もう教える気ねえだろ、とつっこみを入れつつ、進路変更していなければまっすぐ屋台に沿って歩いていけばたどり着くだろうという考えを信じて、ひたすら先に進んだ。
 しばらく二人で無言で歩いていると、突然、おい、と影山に声を掛けられた。なんだよ、と振り返ると、影山が唇をとがらせて視線を下の方へそらしていた。
「やる」
 そういって突然りんご飴を差し出されてぽかんとした。おわびのつもりか?とすこし思ったが、よく見ればこちらから反対側がかじられている。
「…食えなくなったんだろ」
 そういえば、何故バレた、といったように影山は目を見開いた。当たりかよ。
 脱力しつつ、いらねーよ、そんな食い掛け、と言おうとしたとき、突然空が明るく輝いた。
 それに影山がぱっと前を向いて空を見上げた。りんご飴をもっていた影山の手が離れて落ちそうになり、あわててそれを持つ。俺も空を見上げた。
 花火があがる。色とりどりの光が弾けて消えていく。影山は大きな目をその光で輝かせてじっとそれに見入っていた。目がきらきらして、さっきまでりんご飴をなめかじっていたらしい口は赤くてらてらと輝いている。それに思わず唾を飲んでしまって、首を傾げた。
 いま、なんで、
 どん、どん、と花火がつぎつぎ上がる。おお、と周りが歓声を上げるのに、急に影山をみていることが恥ずかしくなってきて体温がかーっと上がった。影山から視線を外して、誤魔化すように手に持っていたりんご飴をかじった。甘くてべたべたする。少しすっぱい。その感想の後で気づく。くそ、残飯処理しちまった。
 なんかいろいろといらいらしてきて、半ばやつあたりぎみに影山をにらむ。しかし影山はこちらの視線に気づくことはなく、ただ花火を見ていた。きらきらと目が光に輝いている。まぶしい。
「きれいだな」
「…おう」
 俺の言葉に心ここに在らずと言った様子で頷いた影山に、また来たいな、と思った。


prev next

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -