そんなこんなで“約束のケーキ屋さん”とやらに俺はきよと二人で来ていた。きよは自分の目の前にあるケーキにご満悦のご様子である。真っ白のクリームと真っ赤なイチゴの正統派ショートケーキ、と色とりどりの果物がたくさんのったフルーツタルト。どちらかひとつを選べず、結局二つとも注文することにしたのだ。俺は別にケーキを食べたいわけではないので、コーヒーを一杯だけ注文した。きよに「チョコケーキ食べないの?」と尋ねられたが、今はおなかすいてないからと答えておいた。こちらの世界の俺はチョコケーキが好きらしい。
 きよは今度は嬉しそうにどちらから食べようか迷っている。それを眺めながら良くそんな甘いもん食べられるなぁと思った。
「そんなに食べて大丈夫なの?」
 からかう様に言うと、きよはこちらをみて、明日バスケするから大丈夫!とわらって答えた。そしてどうやらフルーツタルトのほうから食べることが決定したらしい。フルーツケーキを手前へ引き寄せると、大きく切ってぱくりと食べた。おいしそうに食べるなぁと思いながら俺はコーヒーをすすった。
 きよはケーキを食べながら、こちらの世界の誠凛の話をした。日向とカントクがいい感じだとか(どうやらこの世界でのあの女監督は男らしい)、伊月のダジャレがどうだとかこうだとか、火神が昨日食べたマジバーガーの量だとか、まぁいろいろと。俺はこちらの世界の話を知っているはずがないので相槌を打つしかない訳だが、こちらの世界の俺達はなにをしているのだろうなとおもった。
 ついに二つ目のケーキに手を出したきよだが、生クリーム多めのショートケーキのせいで、頬までクリームがついてしまっている。しかも本人は話に夢中で気がついていないようである。
「それで、そのとき日向が」
「ちょっと待って。ここついてる」
 そういって右頬を指差すと、お約束のようにきよは左頬をぬぐった。反対、というと、じゃあ拭って?と返された。それにため息を吐きながら紙ナプキンを探すが見当たらない。仕方がないので再びため息を吐いて身を乗り出した。
 きよの頬に手を伸ばして、きよの頬についていた生クリームを指で拭い取る。
「ほら…ついてる」
 そういうとこちらをみたままだったきよは、ふにゃりと微笑んでクリームを拭い取った方の俺の手を掴んだ。突然の出来事に訳がわからず固まる。そしてそのぬぐったほうの指をぺろりとなめると俺の手を離した。

「ありがと」

 いま、なめられ…?

「〜〜〜〜っっっ??!!?!」

 声にならない悲鳴をあげながら机に突っ伏す。なにこのこ。いや本当になんなのこの子。俺いま女でよかった…いや、いろんな意味で。あとベクトル間違えてるだろ、あざとさ発揮する。
 きよはそんな俺を見てあははと笑っている。俺は起き上がると、きよの頬を横にぎゅうっとひっぱった。きよは笑いながらいたいいたいと繰り返す。思いのほかよく伸びた頬と顔に思わず手の力を緩めて噴き出す。すると今度はきよの手が伸びてきて、俺の頬をひっぱった。なぜかそれすらもおかしくて引っ張られながら笑う。
 ひとしきり笑った後、きよは笑いすぎて目じりに浮かんだ涙をぬぐいながら言った。
「そうそう、はなぁ、今日泊まっていい?」
「はへ?」
「はへ、って、かわいいなぁ。」
 相変わらずにこにこしながらそうのたまうきよに俺は思わずいう。
「あのなぁ!!泊まるってどういう神経…して…」
「なんで?はなんちいっつも綺麗じゃん。汚くても全く気にしないよ?」
 そういい首を傾げたきよにはっと気づく。
 そうだった、俺いま女だった



☆   ☆   ☆



 俺は最後まで無理といい続けていたわけだが、結局押しに負けきよが家に泊まることになった。すごく大変だった。主に風呂っていうか風呂が。なぜか一緒に入ることを強要してきたのだ。それはさすがに断固として反対したが、入る入らないの問答を軽く十分はしたと思う。その最中に言ったきよの一言が忘れられない。 「いつもはいってるじゃん」 いやだからどんだけ仲良しよ。ちょっと引くわ。それで一段落したかと思えば風呂はいったあと下着姿で出てくるとかなんなの?テロなの?思わず女のフリするの忘れて「服着て来いよばぁか!!」って叫んだけど俺絶対悪くない。
 夕飯を作るときに、材料の具で遊んだりとか、布団出すときにアルバム(最近のだった)が出てきてそれを見たりだとか、なんやかんやと騒いでいるうちに12時になって、俺はきよと一緒にベッドで寝ていた。もちろん部屋にあるベッドは一人用なのでかなり狭い。完全にキャパオーバーである。一応床には布団がひいてあって、きよはそこに寝ていたのだが、しばらくしてこちらにもぐりこんできたのだ。
 いやなんで、と問うとなぜかきよは黙ってしまった。黙られても困るんだが。不思議に思っているとかなり近い位置で声が発せられた。
「はな、あのね、あたし、」
「…なに?」
「はなのこと、好き」
 えっなにお前レズなの?うっかり飛び出しそうになった言葉を心の内だけに押しとどめて、言葉の意味を考える。この場合のすきと言うのは、親愛的な意味であろうか。でもわざわざその確認のためにそんなことを言うだろうか。もしそういう意味じゃなかったらこっちの俺の一生を大きく変えるのか…。まぁ、こっちの俺なんてどうでもいいけどさ。

「…うん、私も好き…」
 俯きながらそう答える。さあ一体きよはどんな顔をしているのやら。
 まぁ、間違ってないだろう、たぶん。こっちの俺がコイツとどういう意図で付き合ってんのかしらねーけどよ。嫌いじゃあないのだろう。木吉は嫌いだが、きよは別に嫌いじゃない。まぁ、たぶんバスケしてないからだろうけど。…本当にこっちの俺なんでコイツと付き合ってんだ…? バスケした上で、だろう?たとえこっちの俺がラフプレーしてないとしても、性格が変わっていないと考えるのなら、きよのようなタイプは相当にうっとうしいと思っているはずだ。…どう考えても合ってる気がしないんだが。
 …まあなんにしても、俺が言えることじゃねーよな。
「なんて言うわけなっ、ぐえっ」
 そういって舌を出そうとしたのだが、途中で抱きしめられて続けられなくなってしまった。
「うれしい!!じゃあ両想いだ!」
 話を聞け!と叫びたかったが結構な力で抱きしめられているため何もいえなかった。力加減を知らないのかというくらいにぎゅぎゅうと抱きしめてくるのに苦しくなってきて、じたばたするとやっときよは俺を解放した。それと同時に恨みがましくきよを見つめると、きよは軽く微笑んだ。

「あたしはね、本当にはなのことが好きだからね」

 はなが本当のはなじゃなくなったらすぐに気づけるんだぞ

 思わず固まってきよの顔を見つめる。相変わらず顔は微笑んだままで、じっとこちらを見ていた。そしてなんでもないことのように続ける。

「今日一日、楽しかったよ。花宮さん。」

 ちょっとまて、そりゃどういう意味だと聞き返したかったが、突然強烈な眠気が襲ってきて俺はそのまま目を閉じた。










 息ぐるしさに目が覚めた。狭い。あ、そうか。昨日はきよが泊まって、一緒に寝たんだった。しっかし、こんなに狭かったっけ?
 急に寒気を感じて、近くにあった腕に絡み付く。自分の体温よりも高い、しっかりと筋肉のついた逞しいうで…ん?逞しい?いや待て、昨日抱き着かれたときの腕はこんなにがっしりした腕じゃなかっただろ??確かに筋肉はついていたが、こんなにがっしりした腕では絶対になかったはずだ。
 じゃあ、この腕はいったい…?
 考えると急激に眠気が醒めた。頭から冷水をかけられた気分である。サッと顔から血の気が引き、背中に嫌な汗が浮かびだす。あれ、なんだこれデジャヴ。
 ギギギ、と燃料きれかけのロボットのようにゆっくりと顔をあげると、出来ればもう見かけたくなどなかった顔がそこにあった。そしてにこりと微笑まれる。

「おはよう、花宮。」

 響く重低音。間違っても女の物ではない。じんわり涙が浮かんでくる。俺は大きく一息吸い込んだ。



 静かなはずの朝に花宮の悲鳴が響き渡るまで、後一秒。


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