きよ。
 スマホにはいっていた最後の連絡相手である。先ほど言ったとおり、スマホはロックがかけられていたので見るのは不可能かと思い放っておいたのだが、部活が終わったあとダメもとで数度試してみたら、開いた。拍子抜けしつつ開いたあと、何の躊躇いもなく送受信履歴をみると、そこには、“きよ”という人物と昨日の夜見てるだけで胸やけをしそうな会話(チョコや和菓子、ここらへんに出来た新しいケーキ屋の話)をしている記録が、バッチリ残っていた。その中で、早く明日にならないかな、早く花に会いたい、等と相手が言っていることから霧崎生でないこと、どうやら今日会う約束をしていることは把握した。
 俺はそいつと頻繁に連絡を取り合っているようで、みたかぎりでは一日に必ず一回はメールを送り、また送られていた。…仲がいい…にしては異常な気がするのだが、そこはまあ、スルーすることにしよう。
 とにかくこちらの俺がコイツに気を許していることはわかるが、コイツが俺の世界でいう誰なのかがさっぱりわからない。認めたくないが関係性上一番可能性としてありそうな今吉は、今吉先輩と登録してあったので、なし。もちろん中学のときにそう呼んでいた奴も、キヨ、がはいった名前をもっていて仲が良かったやつもいない。だいたい名前はもじって変わっていたりするので、これで判断はできない。
 スマホの受信ボックスをみつめながら眉を寄せる。
 一体誰だよ。きよ、って。
 そう考えつつ、俺は、その“きよ”なる人物と約束していた待ち合わせの場所へ立っていた。
 待ち合わせの時間は二時。余裕をもってやって来たため、あと十五分程度は待つこととなるだろう。その間はメールボックスを漁ることにした。
 のだが

「はーなっ!!」

 後ろから誰かに抱き着かれた。全く気配に気付かなかったのでおもわず、ひぃ、と小さく声が漏れた。驚いた拍子にスマホが手から滑り落ちてがしゃと音をたてる。首周りに腕を回してくるもんだから苦しい。
 というか、回すのが下のほうじゃなくて上って、何故こうも俺の周りの連中はでかいのだ。俺だって一応はでかいほうであるのに!!
 暑いのもあってイライラしてきたので、離れなさいよ!と言って(毎回思うのだがこちらの俺はこんな口調なのだろうか)腹の辺りに肘を入れた。それに後ろの女はうぐっと呻き声をあげ(ちょっと罪悪感)、力を緩ませる。その隙に首周りにある腕を乱雑に解き、どんな顔をしているのか拝んでやろうとその女に向き直った。
 そうして全体を見て、一番最初に目についたのは、リボンだ。緑のリボン。制服はセーラータイプで、スカートは白。俺のもといた世界では、ここらへんでそれを着用しているのはたった一校だけだったと記憶している。
 それに、まさかと思いながら目線を少しあげると、痛い、といいながら、特徴的な太い眉毛を下げてこちらをすこし見下ろしている顔が目に入った。見下ろしているのは、悪意がある訳じゃなく、身長差から必然的にそうなるのだ。抱き着くのに首に腕を回したことから大きいとは思っていたが、俺が今までみた女の中で一番大きい。その身長だけで威圧感を感じさせそうな筈なのに、人の良さそうな顔と本人が発しているどこかふわふわした雰囲気のおかげで威圧感は全くない。むしろ、人を穏やかにさせる何かがある。
 ひくり、と口の端が引き攣るのを感じた。

 マジカヨ、マサカコイツ…

 俺は、コイツにそっくりな人間をたった一人だけ知っている。知っているが、もといた世界で、仲がいいとは対極にいた男。

「きよ…し…?」

 外れろ、と祈りながらそう声をかけると、女は、脇腹辺りをさするのをやめてにこりと笑った。

「うん?改まってどうしたの?」

 ああ…ほんっっっっとに、趣味悪いぜ…


*   *   *   *

「あれ、木吉センパイじゃねえか!!ですか!」
 木吉の話に適当な相槌を打ちつつ、目的のケーキ屋に向かっていると、そう声をかけられた。二人で振り向くと、そこには、赤と黒のツートンの髪をポニーテールにした女が大きく手を振って近付いてきた。
 ちらりと木吉をみると、木吉は笑って手を振り返していた。
「火神じゃないか!奇遇だな!」
「うす!花宮サンも久しぶりだな…です!」
 邪気なく笑いかけてくる火神に面食らいつつ、こちらも挨拶を返す。笑顔が引き攣ったような気がするがしったこっちゃない。
「え、ええ。久しぶりね…」
「ぷっ」
 吹き出した声が耳についた。誰だ今笑ったのは。睨んでやろうとその声の方向をみると、淡い水色の髪を肩くらいのボブにした女が立っていた。てか、火神一人じゃなかったのか。そいつがまさに大笑いしたいのを堪えてますといったように口を押さえて少し震えている。コイツ、黒子か。
 しかし、その瞬間、分かった。コイツは同じだと。俺と同じく、この女だらけの世界に紛れてしまった男だと。
 どうやらソイツもそれが分かったようで、笑いを堪えるのをやめ、真剣そうな目でこちらをみた。
「黒子、」
「花宮さん、」
 俺達に詳しく説明する言葉なんて必要なかった。どちらからということもなく頷き、お互いの手を取り合う。
「すいません、火神さん。ボク急用が出来たのでまた今度にしてもらってもいいですか?」
「悪いわね、きよ。私も外せない用事が出来たわ。また今度一緒に行きましょ?」
 そういうと、二人の返事もろくに聞かずに、俺達は走り出した。

*   *   *   *

 二人から離れた俺達は取り合えず一番最初に目に付いた喫茶店へ入った。店員に黒子が認識されない事案が起きたが、まぁいいとする。とゆーかその体質普段からなんだな。
 店員に盛大に驚かれたあと案内されたテーブルについて適当に飲み物を注文した。まずはお互いの置かれた状況を確認しようということで、俺は今朝のことをかい摘まんで話した。
「…というわけだ。お前は?」
「ボクも目覚めたら女になってて…取り合えず学校へいったら、誠凜のみなさんも女性で…」
「一人で?お前、よく学校行こうって気になったな…」
 少し驚きながらいうと、黒子はかっと目を見開いたあと、顔を手の平で覆った。
「だって…っ、火神くんが女になってるなんて思わなかったんですもん!!」
 迫って誘惑してどうにかして既成事実つくってやろうと思ったのに!!と心底悔しそうにいう黒子にこちらはドン引きした。なにこの子こわい。
 その後我に返ったようにこほんと咳ばらいをすると、黒子は少し頬を染めて語った。
「まぁ…火神さん可愛いですけどね。流石火神くん、女でもボクのハートをばっちりキャッチです。まあ火神くんが一番ですけど」
 こいつガチホモかよ…という突っ込みはアイスコーヒーとともに飲み下す。こいつがホモだろうがなんだろうが俺に被害が及ばないんだったらどうでもいい。どうせ今だけだしな。変に追求して事態がややこしくなるのも避けたい。
 黒子も失礼しました、といって軽く頭を下げた。
「話は変わりますが、こういうのって、たいてい誰かと何か特別なことをするともとに戻りますよね」
「…例えば?」
「そうですね、例えばセックスするとか。」
 黒子の発した一言に、飲んでいたアイスコーヒーが気管に入った。それにごほごほとむせていると、汚いですねやめてくださいと黒子は眉を潜めた。
「ごほっ、誰のせいだよ、誰の!」
「なに純情ぶってんですか。べつにセックスくらい普通でしょう。それにボクは可能性を示しただけです」
 無表情で麦茶を飲む黒子に恥じらいの気配はまったくない。本当に可能性の一つとしてそれをみているらしい。
 黒子は説明を続けた。
「だってよくありそうじゃないですか。この状況。エロゲとかで。」
「いつからこの世界ははエロゲになったんだよ。それにエロゲなら俺は男のままだろ。そもそも周りの元男共に欲情する気がしれねえけどな」
「まあ、あなたの考えはいいです。それでですね」
 からん、と音をたてて黒子は飲んでいた麦茶のグラスを置くと俺の目をじっとみた。…嫌な予感がする。
「一つの可能性を試してみませんか?」
 その一言に、ぞわり、と鳥肌が立った。逃げろ、と脳内のどこかが警告をならす。俺は黒子にバレない程度に視線を横へそらし、逃げ道を組み立てる。
「はあ?なに言ってんだテメエ。俺達に可能性なんかあるかよ」
「いいえ、あります。ボクたちは同じ境遇下に置かれた似たような人間同士です。もしも、これがゲームと同じように元の世界へ帰るための条件があるのなら、ボクたちはあのとき出会うべくして出会ったのかもしれない。
なぜなら、ボクたちはお互いに元の世界へ帰るためのカギだから。カギたちはひかれあい、こうして出会った。」
「ポエミーだな」
 馬鹿にするようにいうと黒子はやれやれといったようにため息を吐くと(吐きたいのはこっちだ)蔑むような視線をこちらへ向けた。
「いやですね、勘違いしないでください。ボクだってあなたとセックスとか考えるだけでもおぞましいです。吐き気がします。でも、どうやらこちらのあなたは木吉先輩を傷付けた過去はないらしい。あちらの世界で出会った花宮真とは別の人間だと思えばいけないこともないと思います。」
 なんだその超絶理論。例えこっちの世界の俺がラフプレーしてなくても、入れ代わってんなら完全に俺だろ。あといけないこともないってなんだ。失礼だなこいつ。客観的にみたら俺普通に美人じゃん。お前じゃ釣り合わなくて絶対付き合えないタイプのなァ!!
「ボクは早く元の世界へ帰りたいんです。そのためだったらボクはどんな手段だって辞さない」
 無表情に、しかしいつもはいまいちどこを見ているのかわからない目を、確かにこちらへ向けて黒子は言い切った。そして押し黙ってじっとこちらを見つめている。
 俺もそれをみつめ、しばらくしたあと、視線をそらした。ため息をはく。
「ああ…わかったよ…俺もはやく帰りたいしな。付き合ってやる…」
 諦めたようにそういい、再び黒子を見つめる。それに、じゃあ、といって黒子が身を乗り出したその瞬間、
「なんていう訳ねーだろバァカ」
 飲んでいたアイスコーヒーを黒子の顔面にぶっかけた。それにまさにきょとんとした黒子を置いて、俺は喫茶店をでるべく立ち上がり走った。ザマァ。
 このまま店を出れば、イイコちゃんなアイツのことだ、無銭飲食なんて出来る訳がない。絶対に逃げ切れる。
 と、思っていたのだが。

「…っは…っ、」
 ちょっと走っただけなのに、息が上がっている。つい男の時のような感覚の全速力で走ってしまったせいだろう。女の身体ってのはつくづく不便だ。全力疾走すらできやしない。
 俺は自分に気を取られすぎていた。それで、目の前が見えていなかったのだ。
 誰かにぶつかり身体のバランスが崩れるまま、おもいっきり尻餅をついた。ぶつかった人物もそうなったようで、うわぁ、と悲鳴が聞こえた。どうやら女らしい。しまったと思ったが、もたもたしている暇はない。このまま去ってしまおう。俺は立ち上がると謝罪もおざなりに再び走りだそうとする。
 が、捕らえてしまった目の前の人物にそうすることが出来なくなってしまった。
「すみませ、って、なっ、なんでここに!!」
「こちらこそすみません…ってはなじゃないか!」
 尻をぱんぱんとはたきながら立ち上がった女はこちらをみると、こちらの心境など露知らず、ぱあっと目を輝かせた。
「また会うなんて偶然だなあ!もう用は終ったのか?あ、もしかして近くにまだ黒子いる?なら火神にも黒子がどこいるか伝えたいんだけど」
「あ、いや、それは」
 にこにこと邪気のない笑顔でそう続けられ、思わず後ずさる。どうしよう、これから逃げ出せる気がしない。
 そして畳みかけるように背後からばたばたと足音。万事休す。
「花宮さん!!追いつきましたよ!!!って、木吉先輩、どうしてここに」
 足音がとまり、後ろを振り向けば、ぜはぜはと肩で息している黒子がこっちを見て少し目を丸くさせていた。それに俺は奇異の目で黒子を見つめ返す。
「なんでお前本当に追いつけんだよ、こえーよ」
「主人公補正舐めないでください」
 当然だとでもいうようにそういった黒子に、なんだよ主人公補正って、と心の中でツッコむが、口にだすと面倒臭そうなので止めた。
「なにか、はなに用なのか?」
 ずいっと俺と黒子の間に入った木吉が小首を傾げながら黒子に尋ねた。まるで自分を守るようなそれに驚きつつもこれは好都合だとそのまま逃げだそうとする。
 が、まるでその行動を読んだかのようにぱしっと手首を木吉に掴まれた。なにこいつ背中に目でも付いてんの?!
 後ろでは俺の手首を掴み、黒子には笑顔だが問い詰めるような調子の木吉の問いに、黒子は目をふいと逸らして答えた。
「あー…はい、アイスコーヒーぶっかけた揚句に年下に代金任せて逃げたので払ってもらおうと思って」
 黒子のその一言に木吉はぱちぱちと瞬きしたあと、ぷっと吹き出した。
「えー!ダメじゃないか、はなぁ。 あ、お金なかったのか?」
 ドジだなぁとからから笑い出した木吉に、思わずつっこむ。
「ンなわけあるかバァカ!!コイツがいきなり…いや、払えばいいんだな?」
「はい。ボクはとっても優しいので、今回はクリーニング代含めてたったの三千円で許してあげます。」
「…チッ」
 とても、と、たったの、を強調していった黒子を睨みつつ、木吉の手を振りほどいて鞄から財布を取り出す。そして中から札を三枚取り出し、黒子の手の平の上に置いた。それに黒子は心持ち微笑むと、確かに、と言ってそれを自らの財布の中にしまった。
「だいたい、元はといえばお前が「じゃあ、お邪魔してすみませんでした、木吉先輩。花宮さんはお返しいたします」
 俺の恨み言を遮り、ぺこりと頭を下げ黒子はそのまま立ち去ろうとする。それを送り出そうとした木吉ははっと思い出したように黒子に伝えた。
「あ、黒子!そういえば火神が一人でスポーツショップへ行ったぞ?急げば会えるんじゃないか?」
「えっ、本当ですか?!ありがとうございます!」
 黒子は凄い勢いでこちらを振り向きそういうと、ばっと走り出した。なにあの豹変ぶり。
 それを笑顔で送り出した木吉はくるりと回ってこちらを向いて、にこりと笑った。しまったうっかり逃げるの忘れてた。
「はなは、これからまだ予定ある?」
 笑顔の圧力とでもいえばいいのか木吉はにっこり笑ったままでそうたずねてきた。邪気のない笑顔から逃げるように顔を背ける。
「別にないけど…」
 今は嘘をつける気がせずそう答えると、木吉はぱんと顔の前で両手を合わせた。
「お願い!これから約束してたケーキ屋さん、付き合って!」
 今日のために今まで食べなかった、食べる気満々だったのだと付け足される。それに俺は
 正直言おう。いきたくない。木吉と暢気にケーキを食べてる暇があるんなら元に戻れる方法を探すわバァカ。しかしその元に戻るために方法が木吉が関わっている可能性もあった。なぜなら、元の世界と大きく異なっているのが木吉と自分の関係だからだ。そう考えるとここで誘いに乗っておいたほうが良いような気がするが、相手は木吉(♀)である。出来れば一緒にいたくない。私怨的な意味で。
 答えを出し渋っていると、木吉は手を下ろして少ししょんぼりした様子で言った。

「ダメ?」

 思わぬ攻撃にぐっと息を詰まらせる。しょんぼりしながら伺うみたいに小首を傾げられてみろよ、死ぬぞおらあ!!
 はぁ…はっきり言うと、好みなのである。さっき気付いた。気分が大分落ち着いたせいかもしれない。認めたくないけども。にしても気づくの遅すぎ?うっせえてめえらは突然性別変わって、相手を好みだ好みじゃないだのと選べるほど冷静でいられるのかよ。
 ふわっとした雰囲気とか、それに合わせたようにちょっと抜けてるところとか、やわらかそうな髪とか、低すぎず、かといって高すぎないちょうどいい高さの声とか、さっきみたいな表情とか、背が俺より高いことを除けば文句なしに直球ストライク…って、なんだよ、別に好みなんだからどうでもいいだろ!ゲスだろうがなんだろうが女の好みはそんじょそこらの男と変わんねーよバァカ!てかどんな女が好みだったらおかしくねーんだよ、教えろよ!!
 なんだかよくわからないいい訳を心の中でして、心の安定をとろうとする。はいそうです、一番腑に落ちないのはときめいた自分です本当にどうもありがとうございました。

「だっ、ダメじゃねぇ…よ!」

 思わずそういうと、きよ…木吉だと男のほうが思い浮かび萎えるので郷にしたがう…は、嬉しそうにぱあっと顔を輝かせた。そして、やったあはな大好きーというと抱き着いてきた。突然のことにぎゃあ!と思わず叫ぶも離してはくれない。果てには抱き着くのに加えてぐりぐりと首筋に頭を擦りつけてくる。
 ちくしょう…かわいい。


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