目が覚めた。本当に唐突に、だ。ぼんやりとした頭で目覚ましをかけていたケータイをみると、目覚ましをかけた時間の10分前だった。
 寝起きの悪い自分にしては珍しいこともあるもんだと伸びをしながら起き上がる。長い髪が首に纏わり付いて欝陶しいので手で広げるように払った。
(ん…?)
 はて自分の髪はこんなに長かっただろうか。首を傾げながら思うが、いかんせん頭が回らない。とりあえず顔を洗おうと、ふぁ、と一度欠伸をしてから洗面所へむかった。


 ばしゃばしゃと冷たい水で顔を洗うと、頭がすっきりした。洗面台の横にあるタオルをとって水気を拭く。ふと目線を前に向けるとばちりと目線が合った。

「は…?」

 長い髪、くるんと丸い目、ふっくらした唇。見覚えのない女がタオル片手に鏡の中で固まっている。思わず視線を逸らした。
 下へ視線をおろすと、胸部が少し盛り上がっていて、ぞっとした。寝巻のTシャツの中に手を突っ込み、胸の辺りをおそるおそる触る。震える指先に、もにょっとした柔らかいものが触れた。ぞわ、と背中が泡立つ。なんじゃこりゃ。考えるよりもはやく手を引き抜いて胸の辺りを掴む。そこからでもやはりかわりない、つつしまやかながらに存在を主張するものに、ドッドッと心臓がやかましく音をたてだした。

(オイオイオイオイ…ちょっと待てよ…)

 ぶわっと嫌な汗が吹き出す。
 ハッと気付いて、もう片方の手をそろそろと股間に伸ばす。シュレディンガーの猫、と柄にもないことを思ったが、やはり確認しなければ気は済まない。

すかっ

 …夢なら覚めろ、と思った。



 やあみんなこんにちは!俺の名前は花宮真!男だったのに女になったトンデモ人間だよ!
 そう心の中でアテレコしつつ鏡に向かって笑顔で手を振ってみる。鏡の中の俺によく似た女は笑顔で手を振り替えした。わあ、誰こいつ!
 鏡はもうみたくないのでとりあえず自分の部屋に戻った。そのあとすぐ一人ベッドに倒れ込んでヤバイ、と呟いていたが、我に返ってベッドから起き上がった。重用なのは、悩むことじゃない。まず状況を把握すること。とりあえずこの部屋から確認することにした。
 あらためて部屋を見渡すと、確かにここは自分の部屋なのだが、いろいろと違うところがあった。家具やその位置は同じだ。しかし置かれた物がところどころでちがう。例えば、本棚に並べられた本のラインナップが微妙に違う。いつも制服がかけてある場所には、見覚えのない女子制服がかけられている。自分の部屋なのに、そうではない。というか見渡して周りの景色がいつもと違うことに初めて気付いた。どうやら身長も縮んでいるらしい。
 訳のわからない自分にため息をはいたとき、はっと閃いた。机の上に置かれた鞄の中から生徒手帳を取り出す。鞄の中身も落ち着いた色合いのポーチが追加されたくらいでかわりがなかった。
 生徒手帳を開いて、生徒証を確認する。最後にはせられた横長の紙には、認めたくないことが記されていた。

 私立霧崎第一高等学校 ○回生 花宮真 女

(っはあああああああああああああっ????!!!!)

 どうやら、よくある(いやねーよ)朝目覚めたら女になってた☆たいへーん☆みたいなものではなく、どうやら俺はもともと女だったらしい。
 机に両手をついて、どうすればいいんだよ、と一人呟く。今すぐ男に戻りたい。切実に。
 顔をあげると机の上に置かれた時計が目に入った。7時丁度。今日は土曜日。スケジュールが向こうと変わらないなら今日は八時から部活だ。
 ちらりとかけられている制服をみやる。
 行った方が、いいのだろうか。
 出来れば休みたいが、スマホはロックがかけられているから使えないだろう。さっき俺が使っていたナンバーを入力してみたが違った。そういう訳でナンバーを手当たり次第入力していては日が暮れてしまう。まあ、この世界が俺の性別が変わっただけの世界なら、俺は男バスのマネージャーか監督をしているのだろう。ならいかなくてもいいかと思ったが、あいつらが俺ぬきできちんと練習するのかといえば微妙なところである。こっちの世界がどうなろうがしったこっちゃない。しったこっちゃないが…
 俺はかけられた女子制服を手にとった。




 着てしまった。ついに着てしまった。スカートとは心もとないもので、股がすーすーする。女子制服を着る変態になってしまったような気分だ。気持ち悪い。
 だがしかし似合っている。流石女子。嬉しくない。
 複雑な気分で自分の姿をクローゼットにつけられた鏡で見ていると、ピンポーンとチャイムがなった。
 ゲ、と思わず声が漏れる。誰だよこんな時間に。そもそも俺今出られる格好じゃないんだけど。あ、女だから別に問題ないのか。
 見知らぬ他人だったら慌てることもない。知ってる奴でも恐らくは俺が女なことなんて普通のはずだから、大丈夫だ。バスケ部の誰かだったら適当に理由をつけて今日は休もう。それくらいならこっちの俺もしてるだろ。たぶん。
 そう考えて俺は玄関へ向かい、その扉を開けた。
「どちらさ、」
 ま、の一言は飲み込まれた。
 開けた玄関の先にいたのは、俺と同じ制服を着た女だった。肩くらいの黒髪で、制服をきっちりと着こなしている。表情がどこか感じられない。しかし品のある佇まいから、育ちがいいのが滲み出ている。そして俺よりも背が高かった。

「おはよう、まこ」

 俺の顔を見ると、女は抑揚のない声でそういった。
 だ、誰だコイツ…?俺のこっちでの友人か…?
 全く見覚えのない女の出現になにも言えないでいると、そいつは近寄ってきて、ずいと俺の顔を覗き込んだ。
「なんだか顔色が悪いわ。休む?」
 無表情女が俺の顔を覗きこみながら問う。どこかで見たことのある目だと思った。目が生きてない。表情が感じられないのはそのせいでもあるのだろう。
 そこが気になったが、丁度いい具合にエスケープする道を示してくれたので、それにのっかることにした。
「ああ…ちょっと体調が悪くて…今日は休むわ…」
「最近、寒暖差が激しいものね」
 淡々とそういう女はまるでこちらのことを心配していないようだが、何となく目が心配そうなような気がした。根拠はないがそんな気がしたのだ。
 その感覚に、ピンと閃いた。
(こ、こいつ、古橋か…!!)
 合点がいって吹き出しそうになったが、下を向いて耐える。この世界は性別がいれかわった世界なのだろうか。そう考えると女になった健太郎やザキを見たいような気持ちになったが、言ってしまったことは取り返せないのでドアをひこうとする。
「じゃあ、そういう訳だから」
 そういって玄関を閉めようとしたのだが、途中で古橋が閉じるのを止めた。それに驚き閉めるのをやめた瞬間に玄関を開いて中に入ってきた。ぱたん、と玄関は古橋によって閉じられる。
 え?と声を出すが、古橋は履いていたローファーを脱いで上がる気満々だ。
「ちょ、っま、なんで、」
 入ってきているんだ!という言葉を出す暇もなくじりじりと古橋が近付いてくる。それに、適当に履いた靴を投げるように脱いでどんどん後ろへさがっていると、ついに壁にぶつかった。
「なんでって…休むんでしょう?」
 当たり前のようにそういって首を傾げた古橋に、答えになってねえよ!と心の中で突っ込む。古橋が手をこちらにのばしてきたからだ。それに驚いて避けようとするが、目の前に陣取っているので左右どちらにも逃げられず、壁を伝う形で床に座りこんでしまった。それに古橋もしゃがみこんで、まずリボンタイに手をかけた。いやまって、なんで手ぇかけてんの??
「あ、あなたは学校行きなさいよ!お、わたしは一日二日授業でなかったところでどうってことないけど、あなたはでないと大変でしょう?!」
 リボンタイをしゅるりとほどき、次はブラウス、と手をかけようとした古橋の手を、慌てて掴んで押し返す。押し返すが古橋も譲る気はないようで、俺の手を掴み返そうとしてくる。
「私のこと、心配してくれるの?ありがとう。」
 少し表情を柔らかくして古橋が答える。それなのに力はちっとも弱まらない。
「でも、今日は土曜日よ?」
 そうでした!忘れてた曜日のこと!!
 白く細い腕に、どこにそんな力があるのかおさえていた手が逆に押さえられる。
 黒々とした目が、俺だけを見ている。ぞわりと背筋に冷たいものが走った。
 やばい、これはやばい。なにがやばいって俺の貞操的な何かが?逆レイプ的な?あれ、でも俺も女だよね、貞操はセーフなのか?いや、危機を感じる時点ですでにアウトだよぉおおおお!!
 本能的に感じる恐怖に涙が競り上がってくる。
「い、イヤッ、いく!行くから!!」
 女さながらに喚くが、古橋の腕の力は弱まらない。押さえられていた両手はついに古橋の片手に纏められて、俺の頭上の壁に押さえ付けられる。なにコイツ普段俺にナニしてんの?!!
 ブラウスのボタンに手をかけられて、万事休すか、と思い目を閉じたその瞬間

「イクイク、って、なにやってんの?」

 がちゃ、と音がして玄関が開いた。
 もごもごとそういったのは、前髪の長い金髪ツインテールの女。制服をこれでもかというほど着崩し、風船ガムを膨らませている。チッと古橋が舌打ちしたのが聞こえた。まとめられていた手が放される。
 目の前にいるのが古橋(おそらく)であることから、コイツが誰なのかということはすぐに分かった。そのうえ、なにも言っていないのに答え合わせのサービスつきだ。
「まこちゃんのきゅーせーしゅ、原カズミちゃんとーじょー」
 ばーん、と自ら効果音を付け、ポーズをとった原に向かって叫ぶ。本当に救世主だった。あがってきた原はこちらへ近づくと手を差し出した。
「だいじょうぶー?まこちゃん。 おはよう」
「お、おはよう…助かった」
 手を借りて立ち上がる。なんだろう、まだ朝なのにどっと疲れた。寝たい。
「どういたしましてー。にしても、こうちゃんどうしたのー?いつもはそんなノリじゃないじゃん」
 首をかしげた原の一言に、古橋は瞼を少し落とした。長い睫毛が頬に影を落とす。
「私は…ただ本当にまこのことが心配だっただけ…」
 相変わらず無表情だが、しょんぼりといった雰囲気を漂わせた古橋に、うっと唸る。いつもだったら一発蹴りをかましてもおかしくないところなのだが(そもそもこんなこと古橋はしねーよ)、古橋といえど今は女である。それに、いくらそっくりでも見知らぬ他人に等しい。いくら俺でも見知らぬ女を蹴ることはできない。
 追い撃ちをかけるように、ごめんなさい、といってしゅん、とうなだれた古橋をみて、目を閉じて息をはいた。
「…悪かったわね。私も突然でビックリしただけよ」
 不服だが謝ると、古橋はえっと驚いた顔をした。あれっ、これもしかして別に蹴ってもよかった感じ?
 隣で原が呟いた。
「…ちょろっ」

 むしゃくしゃしたので元の世界に戻ったら二人ともシバこうと思った。やつあたりだが後悔も反省もしない。


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