馬乗りになった“自分”が、無表情に手をかけた。体温を持たないその手は、ひんやりと冷たく、俺の背筋はぞくりとした。“設定”通り、“自分”はだんだんと首を絞める力を強めていく。緩やかに、気管がとじられていく。死んでしまう、という恐怖に汗がにじむ。呼吸が上手くできない。本能が、酸素を取り込もうと躍起になっている。
無表情の“自分”と、その目にうつる自分の姿の差が無様で、滑稽で、こらえようのないおかしさが込み上げる。
笑いたいのに、笑えないから、代わりに涙が出てきて、バカみたいだ、と思った。


俺は、時間をかけてこの自分の形をしたキカイを作り上げた。
外見を作るのに長く時間はかかったが、それだけによくみても作りものであると悟られない程度のものが出来上がった。
そして、その器に自分の性格や癖、思考など全てをプログラムした。考え、普通に話すこともできるし、単純な喜怒哀楽なら表情にだす。所詮作りものだが、多少会話を交わす程度の人間を騙すのには十分過ぎるほどの出来だろう。
その完璧な自分の分身に、ただ一つだけ、自分にはあまりないものを付属させた。
生存本能。
と、いってもそれに似たプログラムだが。より人間らしくするために、遅かれ早かれこのよく出来た分身が自分を殺しにかかる様に、それを付属させた。同じ人間は二人もいらないのだから。あらかた自分をコピーし終わったら、俺を疎ましく考えるように。
だから俺が死んだら、この人形はなんでもない顔をして、俺のふりをして、社会へ出るのだろう。自分の正体がばれない程度に、俺の代わりを勤めてくれるだろう。それでいい。


目の前が霞がかってきて、“自分”の顔が良く見えなくなる。頭が重い。ああそろそろか、と思いながら、目を閉じかけた時だった。

「なに、やっとるん…?」

唐突に、自分以外の声がして、手が離された。空気が突然入ってきて、噎せた。それを全く気にすること無く、“自分”は馬乗りになるのをやめて立ち上がり、その声の方向を向いた。俺も上体を起こして、声のした方を向く。

「なにって…殺人?」

“自分”が冷静な声で答えた。
扉の前にたっていた男はくっと眉をよせ、こちらを見た。

「お前に聞いとるんちゃうわ。お前が殺そうとしとったソイツに聞いとるんや」

はねた黒髪。黒縁メガネ。糸目。独特のイントネーション。
それだけで相手が誰かなんてことは十分にわかる。
ごほ、と一度咳をしてそいつを睨みつけた。

「アンタ、なに勝手に人ン家入ってきてんですか、不法侵入で訴えますよ? 今吉センパイ」

そう言うと、男−−−今吉は俺に近付いてきて、目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
なんでわざわざ近付いて来たんだと思っていると、パン、と乾いた音が響いた。今吉を捉えていたはずの視界が外れた。何が起こったのか理解できなかった。頭が回らず呆然としていると、頬にひりひりとした痛みが襲ってきて、頬をひっぱたかれたのだということをやっと理解した。
なにすんだテメエ、と怒鳴ろうと再び今吉を見ると、今吉は糸目を開いていた。何年か振りに見た今吉の目に、思わず息をのむ。
怒っている。

「お前、ホンマアホやろ、」

先ほどより低い声でそう言われ、身体が震えた。こちらを射抜くような視線に、目が逸らせない。ヘビに睨まれたカエルのように、身体が動かない。
今吉の腕が自分にのびてきた。思わず目を閉じた。
だけど、次の瞬間襲って来たのは衝撃ではなく、温もりで。

「ワシが、どれだけ心配した思おとるんや」

目をゆっくり開くと、自分は今吉の腕の中。つまり抱きしめられていて。ずっと鼻を啜る音が聞こえた。今吉はまるで存在を確かめるみたいにだんだんと腕の力を強めていく。
は?なんで?

今吉とは、中学の時先輩後輩の関係だった。今吉は俺を気に入っていたのか、今吉が卒業するまでの二年間の記憶に出現しないことがないくらい、今吉は俺を構い倒していた。
しかし、その後は特に関わりはなかった。今吉が中学へ遊びにくることもなかったし、俺は今吉と別の高校へ進学したのだから当然だ。
今は、一応同じ大学の同じ学部ということで再び先輩後輩の関係となったわけだが、そう親しくした覚えもない。覚えているのは、数ヶ月前大学へ行ったときに偶然あって、久しぶりやなあと話し掛けられ、そこから二言三言はなしたくらいだ。

なのに、どうしてこの人は、誰にも言ったことなどなかったはずのこの家を見つけ、こうして俺を抱きしめているのだろうか?

「ごめん…なさい…?」

訳もわからず謝る。するとあほお、と少し涙声で言われた。
それにさらに戸惑いながら、助けを求めようと目線だけを“自分”へむけると、そいつは不思議そうな顔でこちらを見ていた。


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