まず、影山は自分の荒い呼吸があたりに響いているのを聞いた。
 耳を澄ませても、それ以外にはなにも感じない。ぜいぜいと内に響く呼吸音を聞きながら、どうやらもくろみ通りに事は運んだらしいと影山はひとまず安堵する。
 影山がきつく閉じていた目をゆっくり開くと、数点の星が見えた。空は端の方が少しだけ明るい。それに、どうやら夜が明けようとしているところらしいことを察する。魔物も獣も、寝静まっているのだろう。
 それならば今のうちにどこかもっと安全な場所に移動しなければ、と影山は起きあがろうとする。しかし、その意に反して体は全く動かなかった。肉体的な損傷が激しいのと精神的な緊張から一気に解放されたことが重なってしまったらしい。
 起きあがれない代わりに、影山は手をそろりとナイフを突き立てられた傷へとのばした。伸ばした手がその端にふれると、ぴりっとした痛みが一瞬走ったが、それ以上はない。影山はそれにぱたりと手をおろす。先ほど攻撃を受けた方の腕は持ち上げることすら出来なかった。

(あんま…痛くねえ…これ…まじやばいヤツかもしんね…)

 危機感もなく、ただ身体が弛緩しきってしまっている。この状態で何かに襲われでもしたら、たいした抵抗もすることも出来ず、命を落とすだろう。いままで死にかけるようなようなことは何度もあったが、こんなに動けなくなったのは今回が初めてだった。もっとひどい傷を受けたことも、仮死状態に陥ったことだってあったが、その仮死状態に陥った時ですら死を考えたことはなかった。なのに今は、逃げ切れたというのに、もう死んでしまうような気でいる。あまり意識したことのなかった死を初めて意識しているのだということに気づいて、影山はふっと笑った。
 もういい。ここで死ぬならそれまでだ。どうせ、こうやって逃げなくても死んでた。あの人の前で死ななかっただけ、マシだ。
 風が吹いて、ざわ、と木々が音をたてる。目に見える、木々をフレームにして星をいくつかのこして明けかける空がきれいだと思った。
 だんだんと重くなっていく瞼にあらがわず、影山はゆっくりと目を閉じていく。
 ぼんやりと目に残る空の青。その最後に、日向たちには悪いことをした、とこれまで幾度となく死線をくぐり抜けてきた仲間のことを思って、そのまま意識を手放した。


 目を開くと、天井が見えた。窓から明るい光が差し込んでいる。
影山は起きあがって、まず手を動かした。目の前に手のひらを出して、握りしめたり開いたりする。そうして痛みもなく腕が動くことにほっと安堵した。
 そうして、死ななかったのか、と思った。
 きょろきょろと部屋を見渡すが、あまり使われていない部屋なのかものがあまり置かれておらず、殺風景だった。窓と自分の寝ていたベッドのほかに、隣にもう一つベッドがあるだけだ。
 影山は窓の外をみればここがどこか分かるかもしれないと思い、窓へ身を乗り出そうとする。すると足にずきりと鈍い痛みが走った。そっと足へ手を伸ばすと、感触で包帯が巻かれているのがわかった。腕はもう何ともないのに、足の方はまだ傷として残っているらしい。
 損傷でいえば腕も脚も同じくらい酷かったはずなのにおかしいな、と影山が首を傾げていると、がちゃりと部屋の扉が開いた。
「おっ、やっと目が覚めた?」
 その音の方向に影山が目線を向けると、そこには青年がたっていた。服装は黒を基調とした首もとから足元までしっかりと隠れているもので、聖職者であることを影山に一瞬で分からせた。年は影山より少し上くらいだろうか。人に警戒心を抱かせない、落ち着いていて柔らかな雰囲気をまとっている。
 痛いところはない?と心配そうに尋ねる色素の薄い髪を持ったその青年に、影山は素直にうなずく。すると、それはよかった、と青年はほっと安心したような顔をした。
「びっくりしたよ。お前、森の中で倒れてたんだから。怪我もしてるし。」
 ここまで運ぶの大変だったんだぞ、と冗談めかして言う青年に影山は小さく頭を下げる。
「あの…ありがとうございます。包帯も巻いてくれたんですよね」
「ん、いーよ。…そうだ。俺、菅原孝支。ここの村で神父してる。」
 すがわらさん、と影山がオウム返しに繰り返す。それに軽くうなずいて青年…菅原は影山に笑いかけた。
「今、食欲ある?何か適当に作ってくるから」
 菅原の一言に、影山は丸一日ろくな食事をとっていなかったことに気づいた。胃の中がからっぽなのが感覚で分かる。意識すると急に腹が減ってきた。
 影山がお願いしますと言う前に、ぐぅ、と腹の音がなって、しんと沈黙が降りた。
「ぷっ、あははは!全然心配なさそうだな!」
 声を上げて笑いだした菅原に、影山は顔を赤くさせて唇をとがらせてうつむく。恥ずかしがっているようなすねているような態度に、菅原はごめんごめんと呼吸を整えながら謝った。
「そうだ。お前、名前は?」
 菅原の問いに、影山は顔を上げて答える。
「影山飛雄、です」
「へえ…いい名前だね。じゃあ影山、すぐ作るから待っててな」
 そういって、ドアの方へ向かう菅原の姿を見て影山は、自分は運が良かったな、としみじみ思った。


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