重い瞼を開けると、眩しい朝陽が飛び込んできた。それに思わずもう一度瞼を閉じて、今度は光に慣らすようにゆっくりと瞼を開けていく。
「う…にゃあ」
 無意識に飛び出た自分の声を遠く聞きながら、起き上がってぼうっと目の前を見つめる。窓からさす日差しが半身を照らす。白いシーツが光を跳ね返して眩しい。なにも考えられない。寝起きは強くないと自覚はしているが、今日は特にそれが酷い。
 だけど、自分の部屋なのに何かが足りなくて、ぼんやりとした頭で違和感の正体を探る。そしてふと横を見て、違和感の正体に気付いた。

 ああそっか、今吉さんがいないのか。

 昨日、俺は確かに今吉さんと寝たはずだった。狭いのに、わざわざ俺のベッドで、一緒に寝た。狭くて、寝返りも自由に打てず、間隔も狭い、というかくっついていたからあの人の体温であつかった。暑苦しいだとか、狭いだとか、布団しけよだとか、散々喚いた。だけど本当は、寝苦しいだとかそんなことは微々たる問題であって、そんなことよりも今吉さんがベッドに潜りこんで来てくれたことが嬉しかった。本当は一緒に寝たかったから。それを表そうとはせず反対の態度をとる俺に腹をたてることもなく、受け流して俺を宥めてくれた。そこも嬉しかった。
 夢だったのか、あれ全部。ふは、中々会えないからって、ついにそんなところまで来たのか。笑っちまうぜ。俺、どんだけ今吉さんのこと
 唐突に、ぴくん、と身体が反応した。とん、とん、と押し殺すような静かな足音が近付いてくることに気づいたからだ。俺はばっと扉の方をみやる。
 その次の瞬間、ゆっくりと扉が開けられた。ばちり、と今吉さんと目が合う。どうやら、昨日の記憶はちゃんと現実だったらしい。今吉さんは俺が起きていたことに驚いたのか、じっとこちらを凝視している。
 その今吉さんに声をかけようとした瞬間、今吉さんはぱあっと顔を綻ばせた。
「なにそれ、めっちゃ可愛いやん!」
 言葉の意味を理解する前に、声の大きさに顔をしかめた。いつもよりも大きく聞こえたその声が寝起きの頭にがんがん響く。
「うっせえ…響く…」
 思わず右耳を抑えてそういうと、今吉さんは声のトーンを先ほどよりも落として言った。
「あれ、花宮気づいてないん?」
 その発言の意味が理解できず、今吉さんを見つめると、ちょっと待っといて、といって再び部屋をでていってしまった。
 それにまた顔をしかめていると、一分も経たないうちに今吉さんは帰ってきた。手には手鏡。いやににやにやしている今吉さんは俺に向き合うようにベッドへのぼると、手鏡をこちらへ向けた。
「みてみ。頭。」
 その言葉に俺は鏡を覗き込む。眠そうな顔をした自分と目が合った。そこから頭上へと視線をずらす。そこには、人間についていてはならない黒いものがあった。
「は…?」
 一気に目が覚めた。鏡を凝視しおそるおそる頭の上に手を伸ばす。すると、指先にふわふわとした感覚。ほんのり温かい。
「なにこれ」
 そのまま指でぐい、と引っ張ってみる。とれない。し、痛い。
「ついでにな、そっちもやで」
 呆然とする俺をくすくすと笑いながら今吉さんが後ろを指差す。それにまさかと思って勢いよく後ろを向くと、黒くて細いものが俺に続いていた。それに顔を引き攣らせながら、尻の上辺りを触ると、さっき頭についていた黒いものと同じ感触がした。
「なに…これ」
 訳がわからず今吉さんを見つめると、今吉さんは至極当然だとでもいいたげな顔をして言った。
「なにって、ネコミミとしっぽやろ」
 分かっている。そんなことは分かっている。俺が聞きたいのはどうしてこんなものがついているのかということであって、そういうことではないのだ。はなみゃーやね、はなみゃー、と楽しそうに言う今吉さんからそれらは聞き出せそうにないので黙った。
「なあ、触ってええか?」
 いやにテンションが上がっている今吉さんにそういわれ、思わずこく、と頷くと、すっと頭上に手が伸びてきた。今吉さんはふわ、と一度確かめるように右の方の猫耳へ触れたあと、指で形をなぞるように撫でた。たまに皮膚の薄い場所に触れられると、背中がぞくぞくした。ぴくぴくと触られている耳が痙攣している気がする。
「ふわふわやね、」
 今吉さんは細い目をさらに細めてそういった。それが少し嬉しくて、でも気付かれたくなくて表情に出ないようにさっきまで青ざめていたことも忘れて仏頂面を心掛ける。
 すると、なにを思ったのか今吉さんは突然耳から手を離し、膝立ちになった。
 それに視線を上にあげようとすると、今吉さんは頭の上に顔を近付ける。何をするつもりなのかと疑問に思っていると、背筋にぞわりとしたものが走った。
「ぅ、ゃあ?」
 生暖かい感覚に、耳だけでなくびくびくと体全体がはねる。くすぐったいような、煩わしいような感覚に頭の中がぐるぐるする。思考がようやく猫耳を口に含まれたことに追いついた時には今吉さんはそれをやめてこちらをみていた。
「なにす…」
「いや、なんとなく甘噛みしたなって。…やっぱこっちの耳も弱いん?」
「…いや、なんか、きもちわるい…」
「そーかあ?どっちかっていうと良さそうな顔しとったでー?」
 しかも尻尾、揺れとったし。そういって今吉さんはにぎゅう、と尻尾を掴んだ。まったくもってノーマークだった刺激に一瞬息ができなくなって、全身の毛が逆立つような感覚が襲ってくる。本当に頭が真っ白になって、気付くと俺は今吉さんの手を振り払っていた。
「〜っ!!突然触んな!!!」
「わは、すまんすまん」
 振り払った方の手をぷらぷらと振りながら、悪びれもせずに今吉さんはいう。それが腹立たしくって、俺は今吉さんに背を向けた。すると今吉さんが後ろから俺を抱きしめた。
「あー、悪かったって…堪忍、堪忍。な?」
 肩口から顔をだし今吉さんがいう。へらへらして、とても誠意が感じられるものではないけど、ずっとこのままなのも嫌なので視線だけを今吉さんに向ける。
「…突然触んのとか、ナシな。怖い」
 そういうと今吉さんはありがとなあ、といってぎゅうっと俺を抱きしめる力を強めた。それに少しむずがゆいような気持ちになったが、別に嫌なわけではない。
「じゃあ、もっかい、ええ?」
 どんだけ触りたいんだと思ったが、口には出さず俺は今吉さんに背中を預けるようにした。今吉さんはふわふわと猫耳を触る。それにたまに髪をすくように撫でてくる。ちょっと気持ちがいい。
 そうやって撫でられながらぼうっとしていると、唐突にこの空間こそが夢なのではないかと気づいた。どこまでが夢か分からないが、目覚めた瞬間からは確実に夢だろう。だって、猫耳なんて普通生えるものではないのだから。
「なんか、ええなあ。こうゆうの」
「おれは、さいあくだけど…」
 それに気付くと、うとうとしてきた。さすが夢。頭がボーッとしてなにも考えられなくなる。瞼が重くなって、目を開いたり閉じたりを繰り返す。
「ん、眠い?」
「う…にゃ…」
 口が上手く回らなくなって猫の鳴き声のような声が出た。それに今吉さんはくすっと笑って、俺の頭をゆっくり撫でた。
「えーよ、眠り。ワシ、添い寝したるわ」
 その一言にいらねーよ、と口の中で呟いて、俺は今吉さんの腕から抜け出す。今吉さんは、逃げられてもーたわ、とへらへらしながら言う。そんな今吉さんに向き直って、正面から抱き着いた。
 その俺の行動を予想していなかったらしい今吉さんが、ちょ、と上擦った声をあげたのが気分がよかった。よかったついでに、すり、と肩口に頭をこすりつける。今吉さんの匂いがして、それがいやに自分にしっくりきた。それを自分の中に満たそうとさらに体を密着させる。すると、とくん、とくん、と規則正しい心音が近くに聞こえて、頭がさらにぼんやりしだした。今吉さんは、いつのまにか俺の背に腕を回していて、幼子にするようにぽん、ぽんとゆっくりしたリズムで背を叩いていた。
 ああ、あったかい。ねむい。ここちいい。はなれたくない。こわい。こわい。こわい。
 あったかいものは、えてしてこわい。いつか唐突に消えるんじゃないかって、思う。消えないなんて保証どこにもないのに。この温かさに慣れてしまったら、もうもとになんて戻れない。きっと無くなったら、そのまま凍死してしまうのだろう。だから、こわい。
 そう、目が覚めたら、これはすべて、あとかたもなく消えて、
「大丈夫やで」
 その声に驚いて顔を埋めるのをやめて顔をあげる。今吉さんは、微笑みながら俺の頭を一度撫でた。
「ワシは、ここにおるから。」
 やっぱり、今吉さんは妖怪なんだと思う。このサトリめ、心を読むなよ。いや、夢だから、それも当然なのか。酷いな。
 ふいに涙が出そうになって、さらに体を密着させた。今吉さんはかわらず背中を叩いている。少し、背中に回された腕の力が強くなった気がした。
「いまよしさん、いまよしさん、」
 すき、すき、譫言のように呟く。すりすりと頭をこすりつけるようにして甘える。眠い。今吉さんは子供でもあやすかのように、ゆっくりしたリズムで背中を叩いている。
「ワシも好きや、花宮」
 耳元で、小さくそう囁かれた。それを聞くと、なんだかとても満足してしまったようで、意識がゆっくりと保てなくなる。胸板に顔を埋めたまま、今吉さんの服の裾をつよく握りしめる。少し泣いた。
 そしてそのまま、まどろみのなかへふかく、ふかくおちていった。




(次目覚めるときは、一人じゃありませんように)


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