「おらよ、」
 ごと、と音をたてて目の前に置かれた漆塗りの重箱。中にはほかほかと湯気をたてるつややかな茶色と、その下から覗く白があった。
 それに、自分は目を丸くさせる。目の前に座った花宮を見れば、少し決まりが悪そうにこちらから目を逸らしていた。
 その姿に、ズレてもいないのにメガネを押し上げる。
 今日は驚くことばかりだ。家に殆ど押しかける形でやって来て、いつものように嫌がる花宮を無視して上がり込もうと思っていたのに、チャイムを鳴らせば普通に出てきて、家の中にあっさりと入れてしまった。しかも、嫌な顔一つされず(笑顔でもなかったが)テーブルの前で座っとけ、といわれ、珍しすぎて、花宮のいつもつかっているのであろうローテーブルの前に普通に座ってしまった。
 花宮はキッチンでなにかを作っていたようで、ワシが何を作っているのかと覗きにいこうとすると、くんなと制され、その拒絶が本当に嫌そうな拒絶だったので、ワシは大人しくローテーブルに肘をついてキッチンの花宮と会話していた。花宮の機嫌を本気で損ねるとあとが大変なことは身に染みている。もちろん、本気で嫌がる顔も面白くて好きなのだが、今日はあとのご機嫌取りのことまで考えるのは面倒臭いのでおとなしくしていた。
 そうして、キッチンから出てきた花宮がもってきたのが、先ほどの重箱だ。中身は、自分の好物、重箱の中にしかれたご飯の上に鰻の蒲焼きが乗った料理。
 まさかこんな歓迎を受けるとは思ってもみなかったので、まじまじと花宮をみつめた。先日は自分の誕生日だったから、これはそのお祝いなのだろうか?
「花宮、ワシの好物覚えてくれとったん?」
 そういうと花宮は、別に覚えてたとかじゃねえよ、といって目を逸らした。
「そろそろ、来る頃だと思ったから。…アンタ、まだ昼食ってねえだろ?」
 食ってけよ、といって花宮は割り箸を差し出した。
「ありがとなあ、花宮、」
 花宮から渡された割り箸を割る。それにいただきます、といってほかほかしたそれを口へ運んだ。
 …美味しい。文句なく美味しいのだが、微かに感じる違和感。味はタレの味だから、変わりない。だが、身の食感が、チームメイト達が開いてくれた誕生日会で用意されていたものと違う。もちろん値段の違いなどあるのかもしれないが、ここまでの差はさすがにありえないと思う。
 違和感に首を傾げながら、ぱくぱくとそれを口へ運ぶ。まだ昼には少し早い時間だったが、腹は空いていたのですぐにそれは胃へ消えていった。無言でうな重を食べるワシを花宮はじっと見ていた。
「味、どう?」
 心持ち首を傾けさせて花宮が問う。それにワシは笑顔を花宮に向けた。
「うん、おいしいで。」
 そういうと花宮はぱっと顔を明るくさせて、嬉しそうにこちらをみた。
 それにワシはでも、と付け足す。
「これ…ウナギちゃうやろ。」
 すると、さきほどの嬉しそうな顔はどこへやら、花宮は一度舌打ちをしたあと、当たり、といって舌をだした。
「イワシだよ。これでアンタが気付かなかったら舌バカってからかってやれたのに」
 心底つまらなそうにいう花宮にワシはわざとらしくため息を吐く。
「あのなあ、いくらそっくりやゆうても好物を間違う訳ないやん。お前だって、あの、カカオ100パーとか言うゲテモノチョコレート、90パーとすり替えられたらすぐ気付くやろ?」
 そういうと花宮は機嫌を悪くさせて、眉をしかめさせた。
「90%と100%は全然違うだろ」
 そこじゃないんやけど、と苦笑いしながら、うな重…もといイワ重のはいっている重箱を撫でた。
 花宮は、正月におせちを作ったりするのだろうか。お花見なんかでお弁当を作ったりして、日常生活で重箱を使ったりするのだろうか。そうでければ、関西から引っ越したときに、わざわざ重箱を持ってくることはあるまい。
 触れた重箱に描かれた模様は、一つも欠けていない。
「…なににやにやしてんだよ」
「ん?いや、ワシ、愛されとるなぁ、思うて」
 そういうと、キモチワリィこと言うな、と花宮はローテーブルの下からワシの足を蹴った。それに痛いやん、というと、花宮は当たり前だろ、と顔をしかめさせた。
「勘違いすんなよ。俺はアンタをおとしめられりゃそれでいいんだからな!」
 しかめっつらのままいい切る花宮をはいはい、と宥める。まったく、この後輩は素直じゃない。
「わかっとるわかっとる。でもな、このなんちゃってウナギ、ホンマにおいしいで」
「は?俺がわざわざ作ったんだから当たり前だろ」
「ワシ、また食べたいなぁ」
「自分で作って食えよ」
「いややーワシまこたんの手作りが食べたいー」
「まこたんゆーなキモい」
 心底嫌そうな顔をする花宮に、手に持っていた箸を重箱の上へ置いた。そして、花宮をしっかりとみつめていう。
「な、また今度作ってや」
 すると、花宮居心地悪そうにこちらから目を逸らし、呟いた。
「…次は、当日作ってやるよ」
 その一言にきょとんとしたあと、ワシが笑いながら、楽しみにしとくわというと、花宮はさっさと食えよ、冷めるだろ、とまた足を蹴った


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