スキ、とか言えない。面と向かって、そんなの言えるわけがない。


 言わないと伝わらないことくらい分かっている。なのに、それはいつも喉の奥の方でつっかえて、結局言えない。
 そんな僕に比べて、先生は簡単にそれをいってのける。好きですよ、とにこにこと笑いながら紡がれるその言葉に、僕はああそうですかと冷めたような返事しかできない。本当はそれだけで心の中は大嵐なのに、表面は気にしてないみたいな風を取り繕う。それが一番問題だと、自分でも思うし、わかっている。
 僕は、素直じゃない。昔からそうだった。そう、昔から、欲しいものある?買ってあげるとか言われても、なにかあったとしてもつい、特にないよって答えちゃう様な子供だったのだ。ついこの前、お前は本当に手が掛からない子供だったよと祖父は笑いながら言っていた。
 素直にじゃないというよりは、甘えるのが下手なのかもしれない。どうにも僕には甘え方というものがよく分からなくて、甘えたいという願望は、どうすればいいか分からないから、行き場がなくなって、心の奥へと押し込められる。押し込めて、まるでなかったことにして、生活する。けれど押し込めたはずの願望はまた急に浮上してきて、僕を悩ませる。
 先生と恋仲になって、やけにその回数が増えた気がする。
 先生が告白してきた時、僕は紛れも無く喜んだけど、同時に僕は先生になんて返事をしたらいいんだろう、と思った。どうにもこうにも、それ以上頭が働かなくて言葉が出てこなかった。物語の中みたいに素晴らしい返事じゃなくたって言いはずなのに、僕もです、だとか、肯定を示す言葉だけでも言いはずなのに、口がからからと渇いて、声もでなかった。
 だから先生が告白のあと、私と付き合ってくれませんか?と問うように言ってくれたことに、とても助かったことを覚えている。もしも、告白が一方的に話されるものだったら、僕はきっとなにも言えなくて、それが否定だと思われて、先生が立ち去って行くのを見ているしかなかっただろう。
 よく考えれば、僕は先生に好きだって一度も言ってない。
 先生は好きだって言ってくれているのに、僕はそれになにも言わず、それどころかああそうですかなんて、どうでもいいような風に答える。このままでは先生が僕に愛想を尽かすなんて、時間の問題な気がした。
 それだけは絶対に回避したいのに、まだ僕はスキ、というたった二文字が言えない。



「久藤くん、」
 背後から先生の声がする。ああもうこれだけで読んでいる本の内容が入ってこない。心臓が煩く音を発てていて、冷静でないのに、僕は冷静なフリをして、内容の入ってこない本のページをめくる。
「あなたは本当に、本を読むのが好きですね」
 そんなところも好きなんですけど、先生寂しいです。
 それに、はいはい、とまたどうでもよさそうな自分の声がでそうになった。でもその寸前のところでぴたりと息をとめて、それをとめた。目の前の本を静かに閉じる。それから、とめていた息をゆっくり吐いて、先生を振り向いた。
 今なら言える。言わなきゃダメだと自分を叱咤する。何度も僕の中を巡った二文字を言葉にするんだ。そうじゃないと、勘違いされてしまうから。
「先生のこと、好きです。」
 やけに冷静な声が、先生と僕の間に響いた。その自分の声に僕の体と心は比例するのではなく、反比例することに気付いた。
 やっぱり、僕は本心を伝えるのが得意じゃないみたいだ。
 沈黙に堪えられなくて、僕はもとの体勢に戻った。
 そうしたら、なんだか急に恐くなってきて、やっぱり言わなかった方がよかったのかもと後悔した。
「知ってますよ。…でも、あなたの口から聞くの初めてですね」
「ただの気まぐれ、ですよ」
 僕は本当に素直じゃない。なんで気まぐれとか言っちゃうんだろう。ずっと前から言いたかったのに。
 久藤くん、とまた名前を呼ばれる。何故だか振り向かなければならない気がして、もう一度僕は振り向いた。
 そうしたら、先生の顔が目の前にあって、かなり驚いた。それに対してうわあ、なんて言う暇もなく、先生に口を口で塞がれて、僕の頭の中はくるくると回っていた。それがようやく治まった時には、先生の顔がさっきよりかは遠くに見えた。
 先生は、ふふふと笑いながらそんな僕を見ていた。
「突然、なに、するんですか」
「気まぐれでも、うれしかったんです」
 先生はそう言ってへらりと笑う。それに今までにないほど、体がかっと熱くなって、僕は慌てた。
 どうしよう、いま、顔が赤いかも。
 そう考えると、先生に顔を見られるのが恥ずかしくなって、少し俯いた。




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