特別クラスは卒業した。
 突然流れ出したそんな噂を聞いて、私は一人納得した。
 私は本が好きだからよく図書室を訪れるのだけれど、いつもそこにいた彼が突然いなくなったものだから、なにかあったのかと心配していたのだ。
 …そうか、ついに卒業したのか。
 私は図書室の窓から空を見上げた。


 特別クラスは、私たちの教室がある棟とは別の棟にある“本当はあるはずのない”二のへというプレートが掛かった教室にある。そのクラスがある理由は、一切学校側から公表されていない。
 が、成仏できない魂たちを成仏させるためにあるクラスであるとして、全校生徒は勝手に認識していた。なにぶん校舎が木造であることから解るように古い学校だ。霊だとかなんだとかそんなのがついていてもおかしくない。
 おかしくないが、この学校の誰もが、誰が流したともしれない、オカルト地味た、信憑性なんて全くないこの話を信じているのだ。それは、一種の信仰に近かったと私は思っている。
 最初こそ、特別クラスの人間は幽霊なのではないかと騒ぎ、誰もそのクラスには近づかなかったらしいのだが、誰かが肝試し感覚でそこに行き、その人間が普通に人が授業を受けていたと自慢げに話したことが噂になり、興味本位で特別クラスを訪れる人が増え、特別クラスの正体が明らか(?)になり、特別クラスの担任及び生徒は全員幽霊であるという話は我が高校の学校七不思議から外されたのだ、と一年生の頃に先輩から聞いた。
 しかし、すぐに七不思議から外されたのは、特別クラスの担任および生徒がそろって美男美女ばかりだったのが主な原因だったらしい。まず図書委員会の担当である、特別クラスの担任の糸色望が和服の似合う中々先生には見られないイケメンであったこと、特別クラスの図書委員久藤准は落ち着いたタイプの中々生徒では見られないタイプのイケメンだっことで、あんなカッコイイ先生とあんなカッコイイ人いたっけと図書委員会の女子の間で話題になり、どこかの女子が特別クラスの担任と生徒だということにたどり着き、特別クラスにはイケメンがいると女子の間でじわじわと広まっていった。その段階でその先生を好いている少し個性的な特別クラスの女生徒も可愛い子だということが男子にも広まり始め、その娘たちに惚れる男子も少なくなかったらしい。自分が恋した相手が幽霊である訳がない…そういうような概念が意識の中にあったのか、もっともらしく供養のためのクラスだと勝手に設定付けたのだ。


 その特別クラスの人物に恋をする一例のように、一年生の頃私は久藤先輩に恋をした。
 もともと本が好きだった私は特別クラスのことなんてなにも知らない頃から、図書室へと足繁く通っていた。この高校に決めた理由も図書室が決め手だったのだから当然と言える。
 そうやって過ごしていたある日、私が手の届かない所にある本をどうやって取ろうと悩んでいるところに、久藤先輩がやってきて、その本を取ってくれたのだ。これであってる?と微笑みながら差し出された本を受け取った時、私は初めての感覚を味わった。…すごく単純な恋のおちかただったと思う。ちょろいといわれても仕方ないくらい簡単に私は恋におちた。しかし考えても見てほしい。イケメンが自分のためにわざわざ高い所にあった本を取って、微笑みながら差し出してくれたのだ。これでおちなきゃ女じゃない。
 まあ、それが私だけにされたのなら脈ありというやつだったのだろうが、彼にそんな風にされたのは私だけでなく他にも沢山いたので、私が彼にとってそう特別なわけではないのだが。
 それから私は彼になんとしても近づきたくて、一年の後期は図書委員会に入った。二年生にあがると、糸色先生や久藤先輩のことを知った女子が増えたので図書委員になることが難しくなったが、私は幸運にもそれになることができた。
 それから私は色々あって、三年になっても自動的に図書委員会に君臨できる図書委員長という役職につくことができ、これまた色々あって久藤先輩やその友達の木野先輩、青山先輩、芳賀先輩のメールアドレスと電話番号が交換できた。というかそれはほぼ、青山先輩と芳賀先輩が私が久藤先輩に恋をしていることに気付いてくれたおかげで交換できたのだけれど。

 と、回想はここまでにして、そのお陰でこれから私は彼にメールを送ることが出来る。
 噂を聞いてすぐにメールしたかったのだけれど、文面を考えていたら三日も経ってしまった。しかし長い間考えていたメールの文面は結局『卒業おめでとうございます。お祝いがしたいのですが、今どこにいますか。』などという無難な文なのだから割に合わない。まあ変になるよりかはいいだろうと、私はその文面を送信した。まあある意味予想通り、その日の内に返信はなく、携帯を見つめて久藤先輩ってば、また本に熱中してるのかななんて思って思わず笑った。
 しかし、それから三日経っても、一週間経っても、一ヶ月経っても、久藤先輩から返信はなかった。一週間の内は平気だった。そのくらいなら彼がケータイを開かないことは容易に想像できる。ケータイなのに携帯してなかったときもあったのだから、一週間くらいならわすれていてもおかしくない。そう思って私は心配していなかった。しかし、一ヶ月も返信がこないとなるとさすがにおかしい。『メール届いてますか?届いているなら返信下さい』と二度時間を空けて送ってみたが、返信は無し。もちろん電話もしてもみたが、一度も繋がらなかった。
 最初のメールを送ってから二ヶ月後、久藤先輩からやっと返信が着た。いきてた!とホッとしながら、急いでメールを開く。
『すぐ返信できなくてゴメン。あと、お祝いはしなくてもいいよ。たぶんもう会えないから』
 私は愕然とした。そのあと自分でも驚きの早さで『会えないってどういうことですか、ちゃんと説明してください、納得できません』というメールを送信したのだが、返信は来ず。
 私はここで決心した。
 久藤先輩を探そう、と。
 幸いにも学校は夏休みに入っている。これを利用しない手はない。この機を逃せば本当に二度と会えなくなってしまうような気がした。実際、もうないだろう。これから受験やらなんやらが私を待ち構えているのだから。
 ここから、私の、長く、短い夏休みが始まった。


 私はまず、木野先輩たちに連絡を取ってみた。全員と通じたは通じたが、三人とも知らないの一点張り。知らない知らないと打ち合わせでもした様に口を揃えていうものだから、本当は知ってるんじゃないかと思ったが、知らないと言われればこちらはどうもいえないので、それ以上は聞かなかった。
 次に私は本がある場所を尋ね回った。学校近くの図書館や本屋の人には、そういえば二ヶ月くらいみないわねえといわれ、一駅乗っていける図書館ではみたことないという答えしか得られなかった。
 ぐるぐると図書館や本屋を巡り一週間が経過したところで、私はこの街にはもういないんじゃないかという結論に達した。卒業と同時に、彼はこの街から姿を消したのだ。
 どうしよう、手掛かりがなにもない…
 じわじわと照り付ける大陽の下にいる私の頭の中に、もう会えないからという先輩のメールの文面が浮かんで泣きそうになった。
 涙が出そうになったとき、ぴりりりりり、という電子音が響いた。私のケータイだ。私はのろのろとケータイを取り出して通話ボタンを押す。
「もしもし…」
『おいなんだよ、その声。泣いてんの?…大丈夫か?』
「違います泣いてません。泣きそうなだけです」
 電話して来たのは木野先輩だった。ああもうこんな泣きそうなときになんで電話してくる!ていうか、泣きそうだとか指摘しないでください先輩、泣きます。
「それで、なんですか、用は?」
『…あのさ、この前青山と芳賀と俺で話し合ったんだよ』
「何をです?」
『お前に久藤の居場所を教えるかどうか』
 久藤、の一言に私の頭が一瞬止まった。
 くどう、せんぱいの、いばしょ…?
「何ですか最初から本当は知ってたんですか先輩たち酷いですなんですぐ教えてくれなかったんですか怨みますよ本当に怨みますよ炎天下のなか私図書館とか本屋とか捜し回ったんですからね運動部でもこんなに運動しないってくらいにくらいに駆け回ったんですからねインドアなめんな!!」
『おい落ち着けっていうか息大丈夫かそれ、深呼吸しろ一回』
 息継ぎ無しでいったことでぜいぜいいう呼吸を整えるため言われた通り一回深呼吸する。すって、はいて…。ふう…これでだいぶ冷静になれた気がする。
 私は今度はゆっくりと木野先輩に尋ねた。
「先輩たちは、久藤先輩の居場所知ってたんですよね。なんで最初から教えてくれなかったんですか?」
『それは…久藤が、』
「久藤先輩が?」
『お前にはちょっといや、かなり辛い状況にあってな』
「私に辛い?…怪我してるとか?不治の病でうんぬんみたいな?」
『いや、本人は健康だし幸せ…なのか?…や、幸せだ』
「じゃあ大丈夫です。私久藤先輩が幸せならそれでいいですから」
『…たとえ、結婚したのだとしても?』
「え、先輩結婚したんですか?!」
『例えだよ例え!』
 木野先輩が強くそういったのを聞いて私は安堵していた。この程度で安堵するようだったら、本当にそうだった時私がどうなるかわからない。結婚していたとしたら、たぶん私は辛いけれど、やっぱり先輩が本当に幸せならそれでいいと思う。笑っておめでとうといいたいと思う。私は、あの先輩が嬉しそうに笑っている所を見ていたい。
「幸せなら、それでいいと思います」
『…それでいいんだな、井因』
「先輩、それ洒落ですか?」
『洒落じゃないから聞け。一週間捜し回ったお前はもうすでに分かっていると思うが、久藤はその街にはもういない。ならどこにいるのかっていうと、ゾウモツジマっていう島にいる』
「ぞうもつじま…?」
 聞いたことないし、なんか陰気な名前。そう思いながら私は木野先輩に相槌をうった。
『そこで運がよければ、会える。』
「それで…なんですか?」
『終わりだ』
「え?!もうちょっとなんかないんですか?どこにすんでるとか、住所とか自宅の電話番号とか!」
『全部すんでるとこ関連じゃねえか。あと、それは教えても意味ないからな』
「え、ちょま、それどういう」
『何見ても我を忘れんじゃねえよ、冷静にな。じゃあな』
「ちょ、せんぱ」
 電話を切られてしまった。画面には通話終了の文字。ああもうなんなんだ!最後まで冷静にとか、冷静でいられる訳がないじゃないか!
 私はケータイを閉じる。一度目を閉じて深呼吸した。
 まずは、島の場所を調べる。島の旅館に予約をして、それからはやく旅行の準備をして、島には三日ほど滞在しよう。これからの行動を頭のなかで組み立てる。それから私は両頬を叩いた。
 目を開く。
 さあ、行こうか。そのゾウモツジマとやらに。
 夏の日差しがじりじりと私を照り付けていた。


 潮のにおいがする。船に乗ったのなんか小学校の時以来だ。あの時は船の中を走り回って酔ったけどもうそんな風な歳ではない。風が気持ちいい。
 会えるんだ。もうすぐ。
 私は無意識に手を握りしめていた。
「嬢ちゃん、もしかして、先生を訪ねてきたのかい?」
 突然船を運転していた男の人に話し掛けられ、私はびくりとしてしまった。驚いた私にその人は悪い悪いとへらりと笑った。
「あ、いえ、ちょっと人を捜しに。」
「ほお、そうか。どんな人だ?」
「えっと、なんていえばいいんでしょう…男で背は結構高くて、本が好きで、名前は、久藤准っていうんですけど…」
 私は鞄から一枚の写真をとりだしてその男の人に渡した。
「へえ…これ、嬢ちゃんのカレシかい?」
 カレシ、という一言に私はぶんぶんと首を横にふり、違います!と必死に否定した。しまった、もっと冷静に言うんだった。その人はふーんそうかいと言ってにやにやしながら写真を返した。
「あ!そういえば、さっき言ってた先生って、何者なんですか?」
 話を逸らそうとそう質問すると、その男の人はさっきの威勢の良さはどこへやら、急に目を逸らしてあー、と意味のない声を漏らした。
「いや、あの島ってよー、俺が言うのもなんだけどそう特色もねえから、物珍しさであの先生をみにきたんじゃねえかなーと思っただけだからよ?」
「物珍しい?」
「まあ、なんていうか、男のロマンではあるよな」
 おとこのろまん、と私はオウム返しに繰り返した。
 一体その先生はどんなことをしているというのだろう?
「へえ、その人、名前は何て言うんですか?」
「あーなんだっけな、くっつけたらなんか単語になるかんじの名前だった気がすんだけど…」
 それからうんうんと唸りはじめたので、私はほっとしながら海を見つめた。
 私が質問したことすら忘れたころ、男の人は思い出した!突然と叫んだ。
「そうだ、絶望!イトシキノゾム!イトシキノゾムだよ!」


 海辺らしくカモメが鳴いている。昼の三時。だいたい予定通りについた。
 ついに私は久藤先輩がいるという島にたどり着いたのだ。胸がドキドキする。
 高鳴る胸の鼓動を押さえ私はまず、これから滞在する旅館へと向かった。
 その旅館は古風な純和風の建物なのでちょっと幽霊が出そうな雰囲気であったが、中はきちんと掃除されており綺麗で、女将さんも愛想がいいし、他の従業員もちゃんといた。それに私は少し安心した。
 なにもないところですがどうぞごゆっくり、そういって部屋に案内した女将さんは襖をしめた。私はとりあえず荷物をすべて床におろして、畳に座布団もしかず直に座った。そして目の前の机になだれ込む。慣れない船旅に結構疲れたらしい。
 まず、これからどうしようか。どこを捜すのが一番いいのかまだなにもわからない。まず、島一周から始めようか。それがいい。そうしよう。でももう昼だから、一周はできない。じゃあ今日はなにもしない?それは時間が勿体ない。
 その折衷案として、今日は先生の家を訪ねることにした。まさか先生もこの島にすんでいるとは驚きだったけど、言い方は悪いが利用しない手はない。住んでるならなにか知っているかもしれないし。
 私はそうとだけ決めると、机から起き上がった。


 私は先生の家の前までたどり着いた。ここまでたどり着く過程で、人に先生の家の場所を尋ねるとき変な顔をされたけれど、私先生の生徒なんです、で乗り切った。大丈夫、嘘はいってない。がいた学校、が抜けているが。
 私が家の扉を叩こうとしたところで、後ろから声をかけられた。
「おや、あなたは」
 びっくりして慌てて振り返ると、先生が私の後ろにたっていた。なんという偶然。
「お久しぶりです、糸色先生」
「図書委員長の、井因さんですよね」
 そういっていやあ、懐かしいと笑う先生は相変わらずだった。相変わらずだけど、いつも後ろにいたぱっつん前髪の女の子がいない。本当にいつも先生の背後にいたのに。
 あきらめたのかな、と私が首を傾げていると先生が横に引くタイプの玄関を開けた。
「まあ、立ち話もなんですから、どうぞ上がって下さい」
 私はその言葉に甘えて、先生の家へ上がった。
「おかえりなさい、あなた」
「ああ、帰ったよ」
 客間へ行く途中、鮮やかな赤色の着物の上に割烹着を着た、いつも先生の後ろにいた女の子が台所からでてきた。私が彼女に驚いて目を丸くしていると、先生が私に向かって
「紹介します。私の妻です」
 といった。
 それに妻、と紹介された女性はぺこりと軽く頭を下げた。私も慌てて頭を下げる。
 そうか、この二人結婚したのか。
 私は内心で納得した。結婚したのだったら先生の後ろに彼女がいなかったのも頷ける。前よりも雰囲気が落ち着いた様な気がするのもそういうわけか。
 一人納得しながら、私は客間に用意されていた座布団に座った。
「先生、結婚なさったんですね。」
「ええまあ」
 困ったように頭をかく先生に、私はおめでとうございますと笑いながらいった。きっと本当にしあわせなのだろう。幸せな人をみるのはいい。こっちも幸せな気分になれる。
「ありがとうございます。ところで、あなたは何故この島に?」
「私、久藤先輩を捜しに来たんです」
「久藤くんですか?」
「はい。この島にいると聞いて捜しに来ました」
 私がこれまでのいきさつを大まかに話すと先生は、わかりました、といって私を見つめた。
「私も最近彼を見ていないのですが、見つけたら引き留めておきます。」
「本当ですか!ありがとうございます!」
 私は心の底から先生にお礼を言って、その時のための電話番号を渡して私は先生の家をあとにした。
 それから旅館へと帰る道のりで、私はふと船で男がいっていた話を思い出した。男のロマンって、可愛い奥さんをもらって幸せな生活をおくるってことか。…でも、それなら物珍しいなんて言わないはずだ。
 結局、私にはよくわからなかった。


 次の日、私は考えていた通り、島を一周した。夏らしく快晴の空に私は少しくらい休んでくれと訳のわからないことを思いながら、旅館をでた。そんな私にいってらっしゃいと控えめに女将さんが手を振っていた。

 額に浮かんできた汗を手で拭う。
 島一周とは言ったが、いっても島は広い。これは一日じゃ回りきれないかもな、と思いながら久藤先輩のことを尋ねていると、彼がこの島で神父をしていることが明らかになった。
 この人知りませんかと教会付近に住んでいる人達に聞くと、あら、神父さんじゃない、と多く返された。しかしどこにいるのかと聞くとさあ、と言われた。どこの教会にいるのかくらいしってそうなものだが、興味がなければこんなもんかと私は割り切る。教会などの場所に的を絞れただけでも十分だ。もともとそう簡単に見つかるなどとは思っていない。
 私はこの島にやけにある教会を手当たり次第回った。
 しかし、教会にいってみても久藤先輩の姿はなく、牧師や神父、修道女に彼のことを尋ねても知らない、みたことないなどの答えしか得られなかった。
 …久藤先輩って、神父さまじゃないの?
 また振り出しかな、と久藤先輩の写真をみてふ、とため息を吐くと狙ったように強い風が吹いた。その風で持っていた写真が吹き飛んだ。
「わ、やばっ」
 飛んでいってしまった写真を私は慌てて追い掛ける。
 追い付くと、その写真は小学生の集団に拾われていた。四人のなかの唯一の女の子が写真を持ってもう一人、糸色先生によく似たこと口論になっている。助かった!
「あ!おねーさんがこの写真の持ち主?」
 女の子が私に気付いて、駆けよってきて写真を差し出した。私はうんそうなの、ありがとうといいながらそれを受け取る。
「ねえ、その写真の人、じゅんおねーちゃんだよね?!」
 私はその一言にそうよ、と肯定しかけた。
 まって、准お姉ちゃんって…なに?
 私は手元に戻った写真を見つめるが、どうみても男にしかみえない。女に見える要素といえば下睫毛ながいとか、それくらいだ…と思う。女装したら…まあそれなりかな。あ、そういえばなんかドレス着てたときあったな。あれは思わず写真撮った。ていうかなんであの先輩は女装してたのに図書室来たんだろ。あ、あの日新刊はいる日だった。本当久藤先輩って本大好き。
「ちげえよ!久藤のにーちゃんだよ!!」
 そんなくだらないことを考えているとちび糸色先生が女の子に食ってかかった。あ、この男の子あってる。っていうか、久藤先輩にあったことがあるの?この子?!准お姉ちゃんはともかく!
「ね、ねえ、久藤先輩にあったことあるの?!二人って!」
 そのあと私の勢いに驚いたのかちび糸色先生はびくっとしたあとにこくんと頷いて、女の子はくどうせんぱい…?と呟いて首を傾げたあと、久藤先輩イコール“じゅんおねーちゃん”に結び付いたらしく、うんと大きく頷いた。驚いたのは、女の子だけでなく後ろの男の子二人も頷いたことだ。
「わたしたちね、じゅんおねーちゃんに絶望先生の家でこの前お話聞かせてもらったの!」
 ね、おもしろかったよね!と女の子が二人にふる。二人はこくんとうなずいた。それにちび糸色先生はぶすっとした。仲間ハズレにされたのが気に食わないらしい。
「…いつだよ、それ」
「交くんはお父さんに会いにいくって、すぐ帰った日よ」
 マジル、と呼ばれたちび糸色先生はそれを聞いた瞬間ぱっと嬉しそうな顔をした。が、しかしすぐに不機嫌そうな顔を装う。女の子たちはそんなマジルくんをみて笑った。
「な、なんだよ、笑ってんじゃねーよ!」
「あはは、交くんってばおもしろーい」
「素直に寂しいっていえばいいのにー」
「だよなー」
 あははは、と笑った三人にマジルくんが笑うなっつってんだろー!と真っ赤な顔で怒鳴った。ほほえましいなと思う。私もこんなんだったのかな。
「…そういえば、アンタはなんで久藤のにーちゃん捜してんだ?」
 真っ赤な顔で大人の言い方を真似するマジルくんにちょっと笑った。三人はくすくすとまだ笑っている。
「あ、うん、久藤先輩がね、もう会えないって理由も無しにいうから心配になっちゃって」
「お姉さんって、じゅんねえのこと好きなの?」
 ボーッとした感じの少年にそういわれ、えちがうよ!と慌てて否定しようとしたのだけれど、もう一人の少年がじゃあ略奪愛ってやつだなーと言ったことで、自分でも驚くほど冷静になった。

 …りゃくだつあい?

「え?略奪愛ってどういうこと?」
 私がそう尋ねると、女の子はにっこり笑った
「だって、じゅんおねーちゃんは絶望先生のお嫁さんだもん!」


「何者なのよじゅんねえって…」
 昔ながらの駄菓子屋で買ったアイスを食べながら呟く。あのあと私は彼らを質問攻めにしたい衝動にかられたが、なにぶん彼らは小学生だ。私は理性でそれを押し止めて、そうかー略奪愛になっちゃうのかーと軽くいいながらありがとうといって彼らと別れた。
 アイスをかじる。
 いやまずそもそも、だ。糸色先生にはぱっつん髪の女性のことを私に妻だと紹介したではないか。それでいて“じゅんねえ”とよばれる人物も嫁だとか意味がわからない。女の子の口ぶりからすると“じゅんねえ”は久藤先輩にそっくりみたいだし、久藤先輩イコール“じゅんねえ”と仮定しても、まず久藤先輩は男だ。先生とは結婚出来ないだろう。法的に。
 あ゛ー意味わかんない!
 やけくそ気味に残りのアイスを全部食べる。頭にきーんときた。アイスクリーム頭痛というのだったか。訳のわからない今の状況をピッタリと表している気がした。
 それによりキンとする頭を抑えていると、誰かに声をかけられた。
「お前か、久藤を捜しているというのは」
 私が頭を抑える手を退けて声のする方を見ると、ウエーブの掛かった綺麗な黒髪を持つ、正にお嬢様というような雰囲気の女性が立っていた。
「あなたは…?」
「糸色倫。糸色望の妹だ。」
 そういって私を睨みつけるように見つめるお嬢様…糸色さんに、私はなにかしたっけ、と頭を回転させた。…したはずはないのだけれど。
「妹さんが、私になにか御用ですか?」
「…明日だ。」
「は…?」
「明日、お前はこの島から出るのだろう?最後に兄の家を寄れ」
 それだけ言って糸色さんは私から視線を逸らして、後ろを向いて歩きだした。私は慌てて声をかける。
「ど、どうして?!」
「全ては、そこでわかる」
 私は唖然としながら糸色さんの後ろ姿を見つめた。


 結局、なにも掴めないまま三日目の朝が来てしまった。昼まで悪あがきをしてみたが、結局なにも掴めず。
 私は旅館にもどって、荷物の整理をした。
 私はそれだけしてもう一度旅館をでた。するとまあまたお出かけですか、と女将さんに驚いた顔で言われた。
「ええ、少しあいさつしてこようと思って」
 私が運動靴をはきながらそういうと女将さんは昨日のように微笑みながら、いってらっしゃいと手を振った。

「先生、いらっしゃいますか?」
 糸色先生の家の玄関を叩く。しばらくすると、糸色先生が出てきた。
「おや、井因さん。どうかなさいました?」
「いえ、もう本土に帰るのであいさつしておこうと思いまして」
「…久藤くんに、会えました?」
「いえ…」
 私がそういうと、先生はそれは残念でしたねえと私の肩を叩いた。
「あなた、どちらさまでしたか?」
 先生の後ろの方から声がした。私はどきりとする。その声は、前に聞いた先生の奥さんの声ではなかった。それよりも低い、でもまだ声変わりしきってないみたいな、どこか高い声。
 …聞いたことのある、なつかしい、あの人の声にそっくりだ。
 それに私がまさかと万が一のことを考えてしまい固まっていると、先生がどうかしました?と声をかけてきた。家の奥から足音が近づいてくる。
「先生、今の、」
 やっとことで紬だした言葉の続きは、先生に遮られてしまった。先生はにこりと微笑んでいた。
「ああ、あなたには前に紹介したと思うんですけど」
 先生が微笑みながら玄関から身を引く。
「私の、妻です」
 先生が身をひいたその先に立っていたのは、薄紫色で女物の着物を着た、久藤先輩だった。先輩は微笑みながらぺこりと少し頭を下げる。私は動けない。ただ先輩を見つめていた。
「この暑さじゃあ、立ち話は辛いでしょう?上がられてはいかがですか?」
 声が私に追い討ちをかける。先輩だ。どうみても、どう声を聞いても先輩だ。
 でも、先輩じゃない。
 ここにいるのは私の知っている久藤准ではない。骨格だとかそういう部分は完全に男なのに、何と言うか、佇まいや雰囲気が女なのだ。もしかしたら私よりも女らしいのかもしれない。
 私はどうすればいいかわからなくなった。ともすれば叫びだしそうだった。頭の中が真っ赤なペンキをぶちまけられたみたいに赤く染まって、サイレンがガンガンと頭の中で鳴り響く。
 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!こんなのなにかのまちがいだ!
 私は先生にいいたいことがいっぱいあった。久藤先輩にもいいたいことが沢山あったはずなのだ。なのに、私は何故、
「いえ、あいさつしにきただけなので、結構です」
 などといって走りだしてしまった。私、なにしにこの島に来たんだろう。急に涙が溢れてきた。
 私はケータイを取り出して一番最初に表示されているはずの先輩の番号を押す。
 出てお願い出て…!!
 私のその願いが通じたのか、三回ならないうちに先輩は電話にでた。私は泣いたことでひりひりする喉に構わず走りながら叫んだ。
「青山先輩、おかしいです、先輩おかしいです!せんせいもおかしいです!!みんなみんな、おかしいですよう!」
『〜っ!!い、いたい、お、落ち着いて井因さん。僕たち今島にいるから、君の泊まった旅館まできて?ね、そこで詳しく説明するから』
「旅館?わかりましたすぐいきますすぐ!!」
 そこから私は感情のまま、走り出した。そこからどうやって旅館にたどりついたのかの記憶がない。


「せん、ぱいがた…」
 旅館の前には、青山先輩、芳賀先輩、木野先輩が一同に会していた。私は前屈みになって、呼吸を整えようとする。
「なんで…いるっ、んですかぁ?」
 ぜいぜい息をしながらそう問うと、青山先輩が糸色さんから連絡が来たから、とケータイを見せながら言った。
 糸色さん、連絡してたんだ…。あんなこと言っていた手前なにかあるとは思っていたけれど。
「せんぱい、くどうせんぱ、なにあっ」
 私はそこでむせた。普通に喋れなくて苛々する。しかも苦しい。げほげほと咳をしていると、無理すんなよインドア、と木野先輩が私の頭を撫で、芳賀先輩が私の背中をさすった。う、優しくしないでまた泣く。
「まあ、急ぐことでもないから、ゆっくり中で話そう?君の泊まってた部屋でいいよね?」
 私はそれに何度もうなずいた。


「どこから話そうか?」
「最初から全部、お願いします…」
 青山先輩がそれに分かった、とひとつ頷いて話し出した。
「まず、二のへのクラスについて説明する必要がある。あのクラスはみんなが信じていたように、魂を成仏させるためのクラスだったんだ。」
「あのクラスに集められた生徒は、霊たちの依り白だった。」
「最初は、無造作に選ばれたものだと思っていた。けど、それは違った。」
「あのクラスの生徒は全て自殺未遂者で構成されていたんだ。」
 まるで打ち合わせをしていたかのようにすらすらと語られる事実に私は驚いた。先輩たちも…?と目線で語ると、芳賀先輩が違う違うと手を動かした。
「俺達は違うよ?先生のバックアップ」
「ばっくあっぷ…?」
「そ。もし先生が任務遂行出来なくなるような状態になった時の代わり。」
「それだから僕らは違うけど、最初からいた生徒には、自殺未遂者という共通点と、もう一つ共通点があったんだ。」
 これは卒業したあとから知ったんだけど、と青山先輩は一拍おいた。
「全員が、赤木杏という一人の少女から臓器提供を受けていたんだ」
 最初は漠然としたイメージで、よくわからなかった。しかし、よく考えて見ると、特別クラスには、普通のクラスよりは少なかったけれど、結構人がいたようにおもう。最初からいた生徒、ということは、その中の一人二人などというレベルでなく、もっと複数の人間が受けていたということだろう。それはすなわち、アカギアンという人の臓器は、もうほとんど残っていない状態で死んだのだということを意味する。私は考えて、ぞっとした。
 顔を青くさせた私に対して、突然木野先輩が問い掛けた。
「風浦可符香をしっているか?」
「ふうら…?」
 私は首を傾げる。そんな人物の名前聞いたことがない。
「…風浦可符香は、存在しないが、確かに存在していた」
「臓器提供された彼女たちの中に、かつて存在していた赤木杏が現れたんだ。それが、風浦可符香」
「…死んだ人が、生きている人間に現れるの?」
 芳賀先輩が数枚の写真を取り出した。その写真の少女たちは、全員がクロスさせた二本の髪留めをつけている。中にはみたことのある少女もいた。
「これ…?」
「全員、風浦可符香だ。」
 フウラカフカは存在しないが存在していた、という言葉がその瞬間に一つの話に結び付いた。学校七不思議の一つに、こんな話があったのだ。特別クラスにしか認識できない、実在しない人物がいると。その人物がフウラカフカだとすると、私達が認識できなかったのは彼女が演じられていた存在だったから…。
「でも、風浦可符香は卒業とともに彼女たちの中から消え去った。今彼女たちに風浦可符香のことを尋ねても誰もが知らないと答えるだろう。」
 そうですか、と私は俯く。フウラカフカという人物はみたことないが、それは少し悲しいお話なきがした。
「フウラカフカについては、わかりました…でも、それが久藤先輩になんの関係が?」
「…久藤、准は、俺らと同じでバックアップでもあったが、同時に、自殺未遂者でもあった。」
「え、」
 私は目を見開いて、青山先輩と芳賀先輩と木野先輩を見つめる。おもむろに、木野先輩が一枚の写真を取り出した。
 私は、取り出された写真に、目が点になった。
「そして生きながらえ、赤木杏からの輸血を受けていた」
 その写真のなかでは、クロスされた二本の髪留めをつけた久藤先輩が笑っていた。
 なにも起きていないはずなのに、目の前が真っ赤に染まるような感覚になる。
「…嘘、」
「先生は、生前の赤木杏と交流があり、彼女を、愛していた。」
 嘘だ、
「そして、彼女が死んでしまったのは自分のせいであると信じている。」
 嘘だ、
「その責任を取って、先生は彼女と結婚した。」
 嘘だ!
 私はいつになく感情的になって叫んだ。
「でも!そのアカギアン、って人はもう死んでるんですよね!!それなら、けっこん、できないですよ…?」
 そんな私の質問に、彼らは淡々と答える。
「だが、臓器は生きている」
「先生はその臓器を愛した」
 でも、と私は悪足掻く。信じたくない。…信じられない。
「でも…そんなの、おかしいじゃないですか…彼女は…フウラカフカは、消えてしまったんでしょう…?」
「ああ、その通り。成仏したはず。…だけど、彼女たちは七年も交代で演じていたんだ。彼女たちの中に、風浦可符香の人格は染み付いてしまっているんだ。」
「だから彼女たちはいまもなお、風浦可符香…いや、いまは赤木杏を演じている」
「…じゃあ、今日みた久藤先輩は、久藤先輩じゃなくて、アカギアンだった、というの?」
 私のその一言に、三人は一斉に頷いた。
 私は、壁に背中を預ける。疲れてしまった。


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