「好きだ、花宮」
 そういって抱きしめられて、一瞬思考がとまった。
 稚拙で、単純な言葉だと思う。たった三文字の、簡単な一言。なのに、俺の脳は考えるのを止め、胸がジンとしてしまう。それは惚れた弱み、という奴なのだろう。ああ単純。
 伝わる体温が、痺れた脳内をどろどろにとかして、通常の思考回路ではありえないことを思い出す。そしてその、甘い甘い考えが、頭の中を占めていく。
 うん、俺も好き。好き。好き。だいすき。
 そんな柄にも無いことを口走って、自分からも抱き着きたい衝動に駆られる。いや、そうしても、いいかな、なんて、

 馬鹿か俺は。

 急に戻ってきた冷静な自分は、呼び出しに返信をしたときからずっと思っていた言葉を反復させる。
 はっといつの間にか止められていた息を吸って、自分に冷静になるように呼び掛ける。
「…ふはっ、バレバレ過ぎて笑っちゃうよ、木吉ィ」
 俺はいつも通りにそういって、先ほどまでの甘い考えは全て払い捨てる。自分に甘さなんてものは似合わないし、そもそも好きじゃない。
 どん、と抱きしめている奴を強く押せば、簡単に自分はソイツから擦り抜けた。離れていく体温を名残惜しいと思った自分に寒気がした。
「なんだ、やっぱりばれてたのか」
 俺をあっさりと離した木吉は、悪びれるでもなくいつも通りの笑顔を浮かべてそういった。
 …寒気がする。
「当たり前だろーが。いきなり抱き着くとか気色わりぃことしてんじゃねえよ。」
 そりゃあ、最初から分かってたよ。なんか仕掛けてくるつもりだろうなってことくらい。それがどんなことなのかってことも。そうじゃなきゃ、ここに来てない。
「でも、嫌じゃないんだろ?」
 笑顔で紡がれた言葉に俺は眉を潜める。
 ああ本当に嫌いだ、コイツ。
 そう言われるとなにも言い返すことのできない自分が腹立たしい。そんなわけないだろ、と言うことは簡単だが、どうせコイツには意味の無いことだし、何よりも白々しい。だって、本当に嫌でないのだから。…もう、半ば諦めている。
「…俺が知ってる中で、お前が一番最低だよ。死ねばいい。」
「へえ、認めるのか?」
 意外だという様に目を開いた木吉に、俺は顔をしかめる。知ってる癖に。本当にコイツは死ねばいいと思う。
「ホント、最低過ぎ。マジで死ね、てか殺していい?」
「はは、最低とか、お前にだけは言われたくないな。」
 笑顔で言い切った木吉にそりゃあそうだ、と俺は心で呟く。
 ただコイツは、俺がした“最低なこと”への仕返しがしたいだけなのだろうから。それくらい承知で、むしろコイツのそれが見たくてそうしたはずなのに、俺が知らず木吉に対して弱みをつくって、それに気付いてしまったのがこの状況の一番の原因だ。その弱みさえなければ、こんな風に考えることも、自分が壊されかけているこの状況もうまれえなかった。自分が人生で冒した最大の間違いは、惚れたことを自覚してしまったことだろう。死ぬまで一生、気付かなければ良かったのに。
 コイツは俺の気持ちを見抜けたから、それを利用している。それだけのことだ。そんな弱みを作ってしまった自分が悪いのだ。もし俺がコイツだったら俺だってそうしただろうから、最低だとか言えた口ではない。言えた口ではないし、それを割り切っている自分もいる。なのに、それなのになぜだか自分はしっかり傷ついている。ああ本当にいみわかんねえ。いっそ、人の心なんて捨てられたらいいのに。
「あいしてるよ、真」
「っ!!」
 なんの脈絡もなくそういわれて耳を塞ぎたくなった。がっと顔に血液が集まる様な感覚がして、脳内で勝手にその言葉が繰り返される。頭が痺れたようにぴりぴりする。それだけでなにも考えられなくなるのだから、本当に単純だ。
 しかし、愛してもいないのによくまあそんなことが言えるもんだ。普段の木吉からは全く想像できない。お前みたいなやつ、なんて決めつけるんじゃなかったよ。そんなこと、全然なかった。
 ああそうだ、全部全部俺のミスだよ。
 変わらず笑っている木吉に、俺は掌を強く握り締めて、思わず呟いた。


「…本ッ当に、最低だよ、お前」




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