俺がまだバスケを知らなかった、今よりかはまだ幾分か純粋だった頃、俺にはずいぶんと好いていた奴がいた。
 俺の家は、言うなれば華道の家元という奴で、小さい頃からしっかりと躾と教育を施されていた。礼儀正しく、つつしまやかに。人を立て自分は影に努めなさい。…まあずいぶんと時代錯誤で、とても男にするような教育では無かった気がするが、それは家が女系一家であったことや、母親が本当は女が欲しかったことだとかが原因だろう。
 幼い頃の俺はそれに従い、その通りに生きてきた。今ではそれは猫を被るときに出てくるくらいで、その他では反動かなんなのかさっぱりだが。
 それはともかく、そんな教育を受け、女が多い家では女に感化されるのは当然で、そして俺が母親似であったこともあいまって、小さい頃の俺はよく女に間違えられた。
 どれくらいかというと、まず一目で俺を男だと見破れた奴はいないレベル。それに例の教育のせいで外でも女より女らしかったから、たぶん、いや確実に、俺のことを女だと勘違いしたままの奴もいるだろう。
 小学校へ上がったばかりの頃の俺は、人を騙すことに愉悦を覚えていた。悪戯が大好きで、この頃の自分は正しく悪童だったと思う。このころは、まだ単に人が騙されている様を見るのが好きだったのだ。
 そして、自分の性別を偽って仲良くなるのが、自分にとってその様を簡単に見られる方法だった。簡単にばれてはおもしろくないから、わざわざ母親が小さい頃着ていた和服まで着た。幼い頃に正月なんかで人が集まると着せ替え人形のように女物の服を着せられていた俺は、(今は死んでもゴメンだが)女物のものを着るのにさほど抵抗はなかったのだ。
 それに対して母親や周りは何も言わなかったし、むしろそれを面白がっている様な節もあって、なにか黙認の様な感じだったと思う。一応俺は母親たちにバレないように行動していたのだが、たぶんバレていたに違いない。
 そんな訳で、俺は主に母親が月一のペースで開かれる花の展覧会で人を騙していた。相手は、主に母親や祖母祖父に連れられてやって来た同い年くらいの子供。たいていの子供は綺麗に飾られた花になんて興味ないから、つまらなそうにしている子に声をかけた。よく覚えていないが「お花、みるのたのしい?」とか、大人しい少女が勇気を振り絞って声を掛けた風を装って。そのあとは、俺のペースで、さりげなく手を握ってみたり、寄り掛かってみたり、服の裾を握ってみたり、まるで気があるようなそぶりを見せた。それで少しどきまぎしている姿を見るのが一番楽しかった。そして、最後に、自分の性別をバラしたときの、相手の驚いた顔。意味が分からないとでもいうような顔で俺を見つめる姿はとても滑稽で愉快だった。と言っても一ヶ月に一回会えるか会えないかくらいのものだから、連続して何度も会うことは中々なく、俺は深い仲になったあとにバラすほうが楽しいと思っていたので、そうしたのは片手で余裕で足りるほどしかいないのだが。
 まぁそれで、俺が好いていた奴というのは、小学四年生の時に出会った。ソイツは展覧会の常連だった爺さんと婆さんの孫で、詳しくはよく知らないが最近こちらの方へ引っ越してきたらしかった。俺がソイツと関わる様になったきっかけは、その爺さんと婆さんについて来たソイツが、「この花の名前ってなんだ?」と、話し掛けてきたことだった。人懐っこそうな笑みを浮かべるソイツは俺よりも身長が五センチほど大きかったから、最初は年上なのだと思っていたのだが、三回目に会ったときに自分と同い年だったことが判明した。
 話し掛けられたとき、俺はいいカモをみつけたと思った。見た瞬間にわかる善人オーラとでも言えばいいのだろうか。コイツを騙すのは面白いだろうなと、直感的に感じた。
 だから俺は、その問い掛けに快く応じ、いつものように振る舞った。
 のだが、ソイツの鈍感なことっていったら!もう何をしても、何を言っても通じない。ついでに病じみた天然持ちで、せっかく俺が作ったムードを一言でいとも簡単に壊してくれた。心の中でもう察しろよ!と叫んだことは一度や二度ではない。
 完璧主義の俺としては狙いを定めたのに目的を遂行出来ないのは許せなくて、絶対に落とすと心に強く決心したのだ。だから、爺さんたちに必ずといっていいほどついて来るソイツを、俺はいつも待っていた。今日こそ落とす、と。丁度難易度の高いゲームでもプレイするような感覚で、夢中だった。
 そうして月日が経っていくうちに、何故だか俺はソイツに惹かれていて、落とすだとかそういうことを抜きにして会うのが楽しみになっていた。落とすことにあまりにも必死になり過ぎて、一種の錯乱状態だったのかもしれない。
 かもしれないが、錯乱状態でなかったとしても、やっぱり嫌いではなかったのだと思う。あの鈍感加減と天然に腹をたてることは常だったが、気遣いは出来る奴だったし、一緒にいて苦ではなかった。むしろ、楽しかった。そうじゃなきゃ、あんなに執着なんてしない。
 まあ俺達の関係は最後まで、展覧会であって遊ぶだけ、たったそれだけの関係だったのだが。俺はソイツに名前くらいしか教えなかったし、ソイツも俺に名前くらいしか教えなかった。そしてそれ以上をお互いに聞かなかった。空気は読めないくせに、俺とはここでしか会えないことを察していたのかもしれない。
 あんなに人を振り向かせようと必死になったのは後にも先にもあれっきりだろう。その、俺が落とそうと躍起になった、ソイツの名前は、
 きよし、てっぺいといった。




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