夢を、見た。
 その夢は、青峰くんが出てくる夢だった。ボクと青峰くんが屋上で笑いあっていて、それをボクは映像を見るように眺めていた。ボクたちはぎゅっと手を握っていて、二人とも…すくなくともボクは、幸せそうだった。
 だけど、突然青峰くんの顔が曇って。ボクはそれに気付いて戸惑って。さっきまで晴れていた空もどんよりして。ボクはどうすればいいかわからなくて黙り込んで。
 青峰くんが、曇った顔のままゆっくり目を閉じた。

「わかれよう」

 それだけ告げて、彼はボクから手を放した。
 ボクはそれに、絶望と諦めが入り交じったような顔をして彼を見つめている。彼は放してからこちらを一瞥すらせずに背を向けて歩きだしてしまった。
 ボクは引き止めようと遠ざかる背に手を伸ばそうとしながら、それを実行にはうつさなかった。ゆらゆらと空中で、降ろすでもなく腕がゆれている。
 彼の背が完全に見えなくなった頃、ボクはやっと腕を降ろした。そして、ボクは膝から崩れ落ちた。それと同時に曇天の空からひた、ひたと雫が落ちてきた。雫の量はどんどん多くなっていって、ついに土砂降りの雨になってしまった。
 それにボクのなかのなにかが切れたのか、ぼろぼろと泣き出した。雨に降られていても解るほどに激しく。
 手から離れていって冷えていく温もりを、惜しんで。
 惜しんだって、戻ってくることなんて、ないのに。


 まだボクは引きずっている。青峰くんのことを、まだ忘れられない。日常の何気ないもののなかに潜む彼の影を、見つけては悲しくなって、ボクは立ち止まる。彼のいない場所を探していたはずなのに、あまりにも彼がボクのなかに入り込んでいたものだから、そんな場所ないのではと思える。
 ボクは彼を引きずって、前に進めない。立ち止まっていると、涙が溢れてきて、それでも進まなきゃなんて義務感が押し寄せて、滲んだ視界の中をボクは走る。そうしたら、当然のように躓いて、転んで。また惨めな気分になって、ボクは泣き出すのだ。
 それを繰り返していたら、火神くんが現れた。
 青峰くんにそっくりな彼に、ボクは青峰くんを重ねた。ああ最低だなんて思いながら、ボクは止めなかった。火神くんは火神くんであって、青峰くんとは違うのに。本当に、最低だ。
 ボクは火神大我という人間に何故惹かれなかったのか。いや、正しくは、青峰大輝という人間をぬきにして惹かれなかったのか。火神くんのことは確かに好きなはずなのに、この感情は青峰くんがいなかったら思わなかったのではないかと不安になる。ボクは結局どちらが好きなのだろう。わからない。
 火神くんは、そんな最低なボクに、それでもいいという。キミは優しいですね。でも、その優しさはボクにとって凶器だ。最低だと罵ればいいのに。そうしてくれた方が楽なのに。それでも俺はお前が好きだから、なんて、もうやめてほしい。苦しい。苦しい。
 ボクは、そんな火神くんに甘えて、彼の手を握っている。温もりは、おかしなほど昔にそっくりで、またボクを苦しめる。キミを見つめるということは、過去を見つめるに等しいのかもしれない。また別れがやって来るなら、辛くなる前に離してしまいたい。


 でも、心の奥底ではこの温もりを失うのがどうしても怖くて、手を離すことが出来ないボクは、やはり最低だ。



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