「ねえ西蔭、あれみて」
 そういって野坂が視線を向けたのは、口づけをかわす男女だった。だいぶ暗くなってきているとはいえ、道端で堂々と、他者など目に入らないといった様子で、長く口づけあっている。それだけ認識して、西蔭は表情を少しゆがめた後さっと視線を前に戻した。
「こんな路上で、あまり好ましくありませんね。」
「そうだね。あまり褒められた行為じゃない。でも、あんな風に周りが目に入らなくなるほど気持ちいいものなのかな」
 野坂がそういいながら西蔭を見る。その視線に、西蔭は目をそらした。
「なぜ自分に聞くんですか」
「だって経験ありそうじゃない、君」
 当然のようにそういう野坂に、西蔭は言葉に詰まる。野坂の推測は当たりで、西蔭はその経験があった。西蔭の脳裏に当時の記憶が浮かぶが、背伸びしたがる子供がテレビを真似てしたそれにこれと言って特別な感情はなく、その感覚の記憶もなかった。
「そんな、大したものじゃないですよ」
 西蔭がそう答えると、ふぅん、と野坂は心持楽しそうな声を出した。
「やっぱりあるんだ。ませてるんだね。ねえどんな感じだった?」
「だから、そんなに大したことなくて、あんまり記憶もないです」
「どんな子としたの? 詳しく聞きたいなぁ」
「ソイツがしたいっていうからしただけなんで、」
「特に特別な感情もない子としたの?」
 野坂は楽しそうに、まさしく根堀り葉堀り聞かんと質問してくる。西蔭はそんな野坂に驚きながら、その居心地の悪さにそわそわする。
「まあその……そうです。というか、昔の話はいいじゃないですか。」
 西蔭は野坂の追及から逃れようと、少し歩くスピードを速める。
 あのね。
 野坂が急に目の前に立った。ぶつかりそうになって、西蔭はあわてて足を止める。
「僕はね、したことないんだ」
 突然の告白に、西蔭は、はあ、と声を漏らす。野坂は西蔭を見つめていた視線をふっと外すと、自身の唇に指先を当てた。
「キス。だから興味あるな」
 野坂は再び試すような視線を向けて、口元だけに笑みを浮かべてそういう。脳裏に浮かんだ予測に西蔭は息を詰めた。
 まさか、キスしろ、と言っている、のか……?
 野坂の全く予想外の言葉と行動に、脳が適切な処理をできなくなったとしか思えなかった。大体そんなことは言っていないのだから、自身に都合よく解釈しているだけに違いない。自分がそうしたいから、そう思ってしまうだけなのだ。
 西蔭は、野坂との距離を一歩詰め、その肩に両手を置く。それからたっぷり十秒、目を閉じた。騒いだ心を十分に落ち着けて、野坂に微笑みかける。
 
「いい人がみつかるといいですね。」

 西蔭がそういうと、野坂は目を瞬かせた。
「あれ?伝わらなかった? 僕は西蔭とキスしたかったんだけど。」


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