「祭りをやってるみたいだね。」
 次回の対戦相手の偵察を終え、帰宅しているところだった。野坂は急に立ち止まってそういった。西蔭もあわせて立ち止まる。そうして耳を澄ませると確かににぎやかな囃子の音と、人の声が聞こえてくる。そうですね、と西蔭が肯定すると、野坂はちょっと寄っていこうよ、と音の方へ向かって勝手に歩き出してしまう。野坂の中では祭りに向かうことは決定事項になってしまったらしいので、西蔭はそのあとを追った。
 祭りが行われている場所には、案外あっさりついた。音に向かって歩くと浴衣姿の少女や家族連れが現れたので、それについていくだけでよかった。
 たどり着いた場所は人であふれていた。出店が神社の境内に向かう道を作り、その道を多くの人が行きかっている。
 それを見るだけで満足するはずもなく、どうせだから見ていこう、と野坂はいうと人混みの中に進んでいった。西蔭も野坂に否定も肯定もせずそれについていく。何を言っても野坂の意見が変わることはないのは明白だったからだ。それに、心なしか楽しそうな野坂に水を差すことなど西蔭にできるはずもなかった。
 がやがやと騒がしい通りの中で、きょろきょろとあたりを見渡しながら野坂がつぶやく。
「すごいな、全然イメージと違う」
 電球ソーダだって、中で何か光ってるよ。あっちは血液パックに入ったジュースだって。変な飲み物が流行ってるんだねえ。へえ、かき氷も光るの? 面白いな。
 野坂は珍しい出店を見かけるたび、ひそひそと西蔭に話しかけた。内緒話のように話されるたわいのない内容に、西蔭も少し頬が緩む。
「最近は写真映えするものが流行ってるみたいですからね」
「なるほど。だから変わった形のものや光るものが多いんだね」
 野坂は納得したように一つ頷く。と、今度は向かいからやってくる少女たちが持った綿菓子に興味を示した。
「すごくカラフルなわたあめだね。しかも大きい」
「帰ったら夕飯ですからね。やめておきましょう。」
 西蔭がたしなめると、そうだね、と野坂は物わかりのいい返事をした。どうもそれだけで済みそうではなかったので、西蔭は話を逸らす。
「変わったやつも多いですけど、普通のやつもありますよ」
 西蔭はちょうど視界に入ったヨーヨー釣りの屋台を示した。水槽に向かってしゃがみこんでいた男の子が立ち上がって、戦利品のヨーヨーをはねさせながら走り出す。しかし、次の瞬間こけてしまって、ヨーヨーは地面に叩きつけられ割れてしまった。
「あらら。割れちゃったね。」
 男の子はヨーヨーが割れてしまったことを認識すると、火が付いたように泣き出した。騒がしい人混みの中でも、泣き声はよくとおる。男の子のそばに母親らしき女性が駆け寄ってきて、泣き出した男の子を抱きしめた。泣き声がくぐもって遠くなる。
 ほほえましい気持ちで西蔭がそれに注視している間に、野坂はすいすいと人混みを縫うように進んでいった。急に何か目的を持ったかのように行動し始めた野坂に、いよいよ意図が読めず西蔭は一人焦る。
「野坂さん!」
 名前を呼ぶが、野坂は答えない。人の中に飲み込まれていく。人を追いながら人混みを抜ける、というのは難しいもので、西蔭はあっという間に野坂を見失ってしまった。あたりを見渡しても、あの赤髪は見えない。しまった、と思った。あの様子では、おそらく野坂は連絡を入れても答えてはくれないだろう。
 野坂も分別のない子供ではない。はぐれたって一人で帰れるだろう。しかしどうにも、ここで探さなければ二度と会えないような予感がした。取り返しがつかないことが起きる予感が。
 引きかえしたりしてなければ、この先にいるはずだ。それでも見つからなかったら、どんな手段を使っても見つけ出そう。
 西蔭はそう決めると、自身も人混みの中に紛れ込んだ。

 それから十分もしない間に、野坂は見つかった。彼は神社の裏手側の人気の少ない場所にいた。神社の催しからも離れ、浴衣姿のカップルや、たこ焼きやかき氷を食べる子供たちが数人いるだけのその場所で、特に何をするわけでもなくぼんやりとたたずんでいた。その姿を見て、西蔭はほっと息を吐く。
「わざと、はぐれたでしょう」
 西蔭がそういうと、うん、と野坂は悪びれもせず頷いた。彼の後ろにある柵にもたれかかりながら、ふいと顔を背ける。その視線の先には屋台と人混みがある。野坂は表情を変えない。
「どうして」
「どうして……? そうだね、どうしてだろう。わからない。」
 西蔭の問いに首を振って、目を閉じる。西蔭が一歩距離を詰めると、野坂はそれ以上近づかれるのを拒むように西蔭を見た。
「西蔭こそ、どうしてそんなに焦ってるんだい? はぐれたって、どうなるわけでもないだろう?」
「それは、そうですが」
 西蔭は答えに困り、沈黙が落ちる。野坂はもうすっかり夜の比率が高くなった空を見上げた。
「いいよね、ここは。幸せがあふれてる。」
 風が吹いて、木々を揺らす。ざわざわと葉がこすれ合う音がして一瞬周りの音が遠くなる。世界がこんな風だったらいいよね。その声も遠く聞こえた。
 だめだ、と思った。今、この人を一人にしてはいけない。
 西蔭は思わず野坂の右腕を掴む。さすがにそれには驚いたのか野坂はすこし目を見開いて、しかしすぐに元の表情に戻った。
「野坂さん、帰りましょう。そろそろ帰らないとさすがにまずいです。」
「……そうだね。帰ろうか。」
 西蔭の言葉に野坂はうなずくと、寄りかかっていた柵から身体を離した。
「腕、放してくれないの」
「またはぐれられたら困るので」
 西蔭の言葉に野坂は信用ないなあとからからと笑った。


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