僕はずっとでき損ないだ。何をしても母を煩わせる、不出来なこどもだった。施設に預けられてからもそれは変わらなくて、僕はでき損ないだから、誰よりも努力しなければならなかった。そうしなければ、追い付けない。認められない。居場所がない。また母に怒られる。僕は必死だった。
 本心がどうであれ、口ではどんな清らかなことも言える。恐れなどないように振る舞える。でき損ないの自分を隠すように、堂々と振る舞った。
 僕の口は将来への理想と希望を語った。
 身体はその理想にふさわしいように働いた。
 そうして僕はやっと胸を張れる位置に立てたというのに、僕は相変わらず役立たずなようで、薬がなければ満足に動けない。もしも身体が動かなくなったらどうなるのだろう。母のもとへ送り返されるのだろうか。そうなったら、一体どんな顔をされるのだろう。それを想像すると身体がすくんだ。そして、自分がまだ役に立つことを示さなければと強く思った。
 僕には母一人がなにより恐ろしい存在だったけど、もう一人恐ろしい存在ができた。
 西蔭政也だ。
 彼は僕の行動にいたく感銘を受けたようで、初めてあったときとはまるで別人のようになった。その変化は見ていて面白かったし、僕も悪い気はしなかった。僕が目の前の他人を変えたと思うと、存在を認められた気がして。
 でも、本当に彼を変えたのは理想を語り、その理想のために動く虚像の僕であって、本当の、小さな実像の僕ではない。それがわかっても、彼は僕のそばにいるだろうか。
 だから僕は初め、距離をもって彼に接していたのだ。
 だけど、西蔭が付き従ってくれるのは、気分がよかった。
 いつも、君が僕の後ろにいるのは、君が僕をたてるのは、君が僕の言うことをきくのは、とても気持ちがよかった。
 でもそれと同時に不安だったから、いつ僕を裏切っても大丈夫なように、ずっと予防線を張っていた。その場の思い付きで彼に無茶ぶりをした。「無理です」「出来ません」と言われたかった。いざ裏切られたときのため、心の準備をしたくて。でも西蔭は本当に何でもこたえたので、僕はさらに気持ちよくなって、さらに不安になった。本当の、不出来で、臆病で、どうしようもない自分が暴かれたら。
 
 僕は今、安堵している。僕は自分の危惧していた不安からすべて解放されたのだ。
 裏切られるかもしれないと怯えた彼の腕に抱えられ、母の非難も届かないフィールド上で、僕は役目を終えようとしている。こんなに満ち足りた気持ちなのは初めてだ。あまりのことに、久しぶりに涙が出た。一体なんの涙だと捉えられるだろう。悔し涙だと思われればいい。西蔭の不安そうな、焦ったような顔が僕を覗き込んでいる。
 
 ごめんね、嘘ばかりで。
 ありがとう。君が真っ先に来てくれて、本当の本当に、嬉しかったんだよ。
 
 さあ。
 もう二度と、僕が目覚めることがありませんように。


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