絵本の中の世界は鮮やかな、でも優しい色が広がっていた。どうしてここを絵本の中の世界だと思うのかは分からない。でも、そうに違いないと直感的に決め付けていた。
 青い青い空と、鮮やかな緑の草。そこに色とりどりの花が咲いている。
 そこに俺は座り込んだ。どうすればいいか分からなかった。どこと知れない場所をうろうろするのも、少し怖かった。絵本のような世界だからこそ、怖かった。なんだか恐しい物でも出てきそうで。
 座り込むと、大陽の光は思いの外暖かく、そよそよとそよぐ風が、気持ちいい。それに、うとうととしてきた。
 瞼が重い。眠い、でも寝たくない。怖いから。
 そう思えば思うほど、眠くなる。半分寝るって、こんな感じかなあと心の中のどこかが思った。
「君は、誰だい?」
 その眠気を醒まそうとするかの様に、後から声がした。ぱっちりと目が開く。その声に安心して、そしてなにより嬉しかった。
「風介?」
 喜色満面で振り返ると、やはり風介が立っていた。でも、何故か風介はよく分からないという様な顔をしていた。
「…どうして、私の名前を知っているんだい?」
「えっ、風介は風介でしょう?」
「まあそうだが。…君の名前は?」
「…ヒロト。…風介、わかんないの?」
 変なの、と心の中で呟いた。忘れられたのに、不思議と傷つきはしなかった。どうしてだろう?
 俺がそう考えているとき、風介は風介でなにか考えている様な風だった。
「…ヒロト、お伽話は聞きたくないか?」
「おとぎばなし?」
 風介はこくりと頷いて、一呼吸置いたあと「むかしむかし、」と話し出した。まだ俺何も言ってないのにな、と少し思ったけど、それは一瞬のことで、すぐに風介の話に引き込まれた。

 その話は、まるで人魚姫とシンデレラと白雪姫とをごちゃまぜにしたみたいな話だった。ごちゃごちゃで、おかしいのに、何故だか引かれる。
 話の場面が変わるのにともなって、周りの景色も変わっていく。場面によっては、海の中にだって、お城の中にだって、森の中にだって行けた。そこがまた引き込まれる要因だ。

 風介がまるで魔法使いみたいだと思った。

「そこで人魚は…」
 突然景色が、全く関係のない夜空へと変わった。突然のことに俺は思わず辺りを見渡す。
 それと同時に風介はぴたりと話すのを止めた。
「…ところでヒロト、眠くはないか?」
「…そんなことない」
 そう言われて、さっきまでは眠くなかったのに、突然眠くなってきた。それに俺は必死に欠伸を噛み殺す。
 まだ、物語を最後まで聞いてない。
 風介はそんな俺を分かっているかのように、笑った。
「眠いだろう?寝なよ」
「でも、まだ、」
「起きたらまた続きを話してあげるから」
 瞼が重い。どうしようもなく重い。風介が声をかけてくるたびに重くなる。まるで風介の声が、睡眠薬みたいだ。ああそっか、風介は今魔法使いなんだ。
「…ヒロト、本当は、君のことを最初から知っていたよ」
「…なにそれ?風介ったら、いじわるだね」
「こういうのもいいだろう?…さあ、おやすみ、ヒロト。」
 おやすみ、と言ったつもりだったけど、言えたかどうか分からない。
 もう目が開けられなかった。



 ゆっくりと目を開くと、すぐ横に風介がいた。それはさっきと変わらない。けれど、目に入ってきた景色は見慣れたものだった。少し残念な気持ちになる。
 起きた俺に気付いた風介が、おはようと声をかけてきた。俺はそれに寝ぼけ眼をこすりながらおはよう、と答えた。
 そしてなんとなく、呟いた。
「お伽話の続きを教えてよ、風介」
 それに風介は驚いた様に俺を見たあと、にやりと笑った。
「いいだろう。ヒロトだけに、続きを教えてあげるよ」
 その言葉に俺は嬉しくなった。





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