出水が佐鳥の部屋に入りベッドに腰掛けてから数分。すぐそばにお互いがいるにもかかわらず大した会話もなく微妙な沈黙に包まれた部屋の中で、出水は落ち着かない気持ちをなだめようとしていた。そわそわと落ち着かない隣の佐鳥を横目で見ていると、こちらまで落ち着かなくなってくる。出水は佐鳥から意識を逸らそうと、ふーっと息を吐いていままでのことを思い浮かべた。
 こうして出水が佐鳥の部屋で気まずく過ごしている理由は、一週間前にさかのぼる。
 一週間前、佐鳥から連絡がきた。父は出張で、母と妹は祖母の家に里帰りするために、土曜日曜と家が無人である。だから泊まりにこないか、と。まとめればそれだけの内容を、特に後半の内容に入るまでに数十分かけて佐鳥は連絡してきた。
 出水は家の話題を出された時点で、佐鳥がなにを言いたいのかわかった。
 が、出水は自らそれに触れることをせず、のらりくらりと佐鳥のメッセージをやり過ごしていた。そうやって佐鳥が本題を切り出すまで待っていたのは、出水も佐鳥と同じ気持ちだったからに他ならない。早く言えよ、と思うと同時に、先延ばしにしたい気持ちに。
 佐鳥と出水が付き合い始めてから、約三か月がたつ。その間に何度かそういう気分になっていたが、本当にそうするには至らなかった。それはお互いの知識や用意の不足ももちろんあったが、何よりお互いに覚悟が足りなかったからだ。
 一か月ほど前だろうか。佐鳥に「先輩に突っ込みたい」と言われたとき、正直出水はドン引きした。しかし、しょうがねえな、と思えたのは、その時の佐鳥が眉を八の字に下げぎゅっと両手を握りこんで、まるで子犬がおびえるように震えていたからだ。それで、畳みかけるように小声で、お願い、と続けたから。
 年下を全面に出されると、出水はどうも弱い。気が付くと出水はいいぜ、と特に何でもないように告げていた。佐鳥はそれを聞いて顔をあげて、目をまんまるくしたかと思うと、急に視線を落として、本当にいいの? と続けた。それに出水が、いいっていってんじゃん、となんでもなさげに肯定すると、佐鳥は眉を下げて、そっか、といった。その日はそれだけで何もなかった。
 その時にしてしまうべきだったのだ、と後になって出水は思う。男同士でどうやるかなんて、出水はうすぼんやりとしか知らなかった。尻の穴を使う、ぐらいのものだ。知らなくったってよかったのだから。
 しかし、いざその立場に立てば知らなくったっていいなんて言ってはいられない。出水は佐鳥が帰った後調べてみた。少し調べれば情報は雑多にあふれ、調べれば調べるほど絶望的な気分になった。こんなことをしなければならないのかと思えば羞恥が襲う上に屈辱的だったし、本当にできるのかという懐疑的な思いも沸いた。出水が自分の尻に佐鳥のイチモツが入るところが想像できるかと問われれば、答えはノーだった。
 それでも、出水は一人やり方を調べて、必要なものをそろえて、“下準備”をした。一人でそういうことをしていると佐鳥に理不尽な殺意がわいてきたが、それでも出水はやめなかった。いつその時が来ても大丈夫なように。受け入れてやれるように。
 佐鳥に、突っ込みたい、なんて言われたからには、応えてやりたいと思うのは、出水にとって自然であった。それだけ、出水は佐鳥のことが好きだった。そんなことをいうつもりは本人にはさらさらなかったが。


「いずみせんぱい、」
 突如聞こえた声に出水は回想をやめ、佐鳥の方を向く。緊張した面もちの佐鳥が出水に向き合っていたので、思わず出水も背筋を伸ばした。
「なんだよ」
 出水が何でもない風を装ってそう聞くと、佐鳥は体の横に投げていた出水の右手を上から握った。ぎゅっと強く握られて出水は顔をしかめたが、顔を赤くさせてこちらを見つめる佐鳥を見て、開きかけた口を閉じる。それからたっぷり五秒の沈黙の後、佐鳥が意を決したように口を開いた。
「ちゅ、ちゅー! してもいい?」
 ようやく出てきた佐鳥の一言に出水はその場でずっこけそうになった。そんなん聞かずにしろよ! と怒鳴りたくなった出水であるが、そこはぐっと押さえて、いいぜ、と答えてやる。それからついでに目を閉じていわゆるキス待ち顔までさらす出血大サービスだ。
 しかしそれから五秒十秒と、いつまでたっても佐鳥はキスするどころか近づく気配もない。それに出水は薄く目を開くと、なぜかオロオロしている佐鳥が目に入る。
 出水の堪忍袋の緒は、ここで切れた。
「だーっ!!! おいこら佐鳥ィ、テメェどういうつもりだ!?」
 衝動のまま出水は佐鳥の胸ぐらをつかむ。佐鳥はぐえっと悲鳴をあげると、すぐさま弁明を始めた。
「だ、だって!先輩があんなに素直にいいよっていうから罠かと思っちゃったんだもん!」
「はぁああああ?!!?!ここでお前ハメておれになんのメリットがあるって言うんだよ?!」
「は、ハメられるのはせんぱい…」
「あ゙?! いますぐテメーをハメてやろうか?ァア?!」
「ヒィッ!!なんでもないです!!!」
 顔を青ざめさせた佐鳥に、出水は佐鳥の胸ぐらをつかんだまま、興奮のままに畳みかける。
「お前、なんでおれを家に呼んだんだよ!!言ってみろよ!!」
「……る…めです…」
「あ?!よく聞こえねえよ!!」
「セックスするためです!!!!!」
「そうだろ!!!!セックスするためだろ!!!!」
 言い切った後で、我に返った出水は取り合えずつかんでいた胸ぐらを放す。興奮で荒くなった呼吸を整え、目を閉じて一度深呼吸をした。
「……で、やるの? やらないの?」
 出水がそういうと、胸のあたりに両手を寄せて身を守るようなポーズをとっていた佐鳥がしゃきっと背を伸ばして、やります!と返事をした。しかしそれも長くは保たず、佐鳥は不安そうに背中を丸めた。
「で、でも、こーゆーときってどうすればいいの……?」
「しるか!! オラッ、まずは脱げ!!」
 言いながら出水は佐鳥のTシャツを引っ張る。それに佐鳥は慌てて出水の手を上から押さえ、自分で脱ぐから!と抵抗する。
「せ、先輩も脱いでよ……!」
 若干涙目になりながら佐鳥に言われて、出水は佐鳥の服から手を放した。佐鳥を睨みつけながら出水は一思いにTシャツを脱いだ。それをみて佐鳥もTシャツに手をかける。
「ねぇ……あのさ、もしかして先輩も、初めてなの…?」
「当たり前だろうが。付き合うのだってお前が初めてなんだから」
 出水がそういうと、佐鳥は服を脱ぎかけた状態でぽかんとしたあと、ふにゃりと力が抜けたような笑いをこぼした。締まりのない笑みを浮かべる佐鳥に怪訝な顔を出水は向ける。
「なんだその笑い」
 出水がそういうと、佐鳥ははにかみながら答えた。
「だって、先輩、オレが突っ込みたいって言っても、普通にいいよって言ってくれたじゃん。だから、経験あるのかなって思ってた」
「は?」
「先輩の初めて、もらえて嬉しい」
「うるせーばか。早く脱げ」
 言いながら出水は脱いだTシャツを佐鳥に投げつける。佐鳥は避けもせずそれをそのまま顔面に受けた。


 パンツ一枚を残して服を脱いだ二人は、ベッドの上で正座して向かい合っていた。仕切り直してもこれか、と自分も正座していることは棚に上げて出水はあきれないでもなかったが、まあさっきので佐鳥の腹も決まっただろうと寛大な心持でいることにした。おれはもう言ったからな。今度はお前から動けよ。
 じっと出水が佐鳥を見つめていると、佐鳥はおずおずと膝の上で握っていたこぶしを開いて、出水ににじり寄った。
「え、っと、触っていい……?」
 様子を窺うように佐鳥が言って、おずおずと出水の腹に手を這わせる。ぺたりと生暖かいものが張り付くような感触に出水はぴくりと身体を震わせる。
「お前、手汗ひどいな」
「もう! なんでいうの?! しょうがないでしょ、初めてなんだもん!」
 緊張してるの!と言って、佐鳥はぴたりと出水の腹に這わせた掌が浮かせる。軽く触れているゆびさきが、出水の薄い腹をなぞる。普段人に触れられることのない場所を触られる違和にぞわぞわとした感覚が出水の背中を走る。
「先輩って、乳首感じるの?」
 そういえば、とふいに佐鳥が出水の乳首に触れる。予想外に触れられて、腹をなぞられた時とは比べ物にならない不思議な感覚が込み上げた。
「っひ、」
 思わずあげてしまった声に、佐鳥が自分を見ているのがわかる。出水は顔が熱くなるのを感じた。
「〜〜っ!! でんき!! 電気消せ!!」
 言いながら出水が佐鳥の手を掴んで胸から無理やり引きはがす。その様子は毛を逆立てた猫のように見える。手首をつかまれた佐鳥は、にやにやと笑った。
「先輩だって、手汗すごいじゃん」
 痛いところを突かれて、出水はぱっと佐鳥の手を離す。そうしてバツの悪そうな顔をして目をそらした出水に、あれ?と佐鳥が顔を覗き込む。
「……おれだって、初めてなんだよ」
 出水がそうぼそぼそとそういうので、佐鳥は顔を赤くした。


 その後、電気を完全に消せ、と言い張った出水と、見えないのは怖いから付けておきたいと言い張る佐鳥で一瞬緊張が走ったが、お互いに目的を思い出して冷静になった。
 ふたりの折衷として常夜灯に落とした照明の下で、佐鳥は真新しいローションのふたを開け、自分の手に垂らす。そしてしばらく掌の上で温めたそれを出水の尻へ伸ばす。
「先輩、いくよ」
 佐鳥はそういって指先を出水の穴の中へもぐりこませる。すると思いのほかすんなりと指が入り、佐鳥は首をかしげる。
「先輩……もしかして自分でした?」
「……お前が頼りないからな」
「うぐ……否定できないところがつらい……」
 一本から二本に指を増やして、出水の穴をほぐしていく。ローションが粘った音を立て、部屋に響く。かすかに漏れる出水の苦しそうな声に佐鳥は若干焦りながら、探るように指を動かす。
「っうぁ!」
 佐鳥の指がある一点をかすめたとき、出水から一際大きな声が上がった。それに佐鳥はにんまりと笑みを浮かべる。
「先輩のいいとこ、みーっけ」
 佐鳥は重点的にそこを責めだした。這い上がってくる快感に出水は両手で顔を覆い、悶えることしかできない。佐鳥は手で顔を隠されたことは不満だったが、出水の色づいた上半身がみだらで、余裕を失った出水にたまらない気持ちになった。
「ば、っ、も、しっつこい!!」
 佐鳥の責めに耐えかねた出水が、佐鳥を蹴る。そこではっと我に返った佐鳥は、指を引き抜いた。
「ごっ、ごめん!! 気持ち悪かった?!」
 急に焦りだした佐鳥に、出水は面食らうと同時に安心した。勝手にうんうんうなりだした佐鳥を横目に乱れる呼吸を整え、うろたえる佐鳥の手首をつかんだ。佐鳥は時が止まったかのように出水を見た。
「もう、いいから。いれろ」
 出水のその言葉を聞いて、佐鳥は出水に覆いかぶさった。急に視界が佐鳥の陰で暗くなり、出水は驚く。
 出水は佐鳥を見つめる。オレンジの光を背に受けて陰になった佐鳥の顔は、はっきりとは見えない。しかし、その表情が真剣なことはよくわかった。
「うまくできないかもしれないけど、優しくする、から。出水先輩、オレのこと信じて」
 少し潤んだ、それでいて真剣な緑の瞳が出水を貫く。それに出水はきゅうっと胸が苦しくなるような感覚を覚えた。加えてじわじわと顔に血が集まるような感覚も出水を襲う。羞恥に耐えられなくなって目を逸らし、出水はちっと一つ舌打ちをする。
「さとりのくせに、なまいき」
 視線を逸らしながらつぶやいてそれから出水は再び佐鳥の顔を見た。真剣そうな顔。射貫くような緑の瞳に、出水は、ああ好きだなあ、と白旗を上げたい気持ちになった。
「……信じてやるから、こいよ」
 いいながら頬を染めた出水に、佐鳥はこくんと頷いて出水の膝裏を抱えた。露わになった後孔は縁が膨らんでおり、出水の呼吸にあわせて収縮している。常夜灯の光に照らされて妖しく光るそこに、佐鳥は唾液を飲み込んだ。
 継ぎ足したローションでぐずぐずになった出水の後孔に、佐鳥は自身の先端を押し当てた。ぬぷ、と音がして、狭い輪を先端がくぐる。その質量に出水は顔をゆがめ、佐鳥もその狭さに眉をしかめる。顔をゆがめた出水を見て佐鳥は一瞬動きを止めたが、それを出水は睨みつけた。佐鳥は出水が何を言いたいのかを察し、出水の膝裏を持ち直してゆっくりと動きを再開させた。ずちゅ、というような濡れた音、獣のような呼吸と呻きが部屋に響く。佐鳥の額に浮かんだ汗が、出水の身体に落ちる。出水はそれにすらびくりと身体を震わせた。
「は、いった……」
 その言葉を聞いて、出水はほ、と息をつく。本来なにかを入れる場所でないところに何かが入っている強烈な違和感と、本当に佐鳥のものが入っているのだという不思議な達成感とで、気持ちがないまぜになっている。
「せん、ぱい… うごく、ね」
 しばらくなじむのを待っていた佐鳥がゆっくりと抽迭を始める。ずるる、と大きなものが抜けていく感覚に、出水はシーツを握りしめて、歯を食いしばる。
「ぁぁ、っう、」
 それでも殺しきれない声が出水の口からこぼれる。
 何度か動きを繰り返していくと、動きがスムーズになっていく。肌と肌がぶつかる音がして、汗が散る。もうほとんど本能で腰を動かしていた佐鳥だったが、ふと思い出したように、出水の陰茎に手を伸ばした。
「ぁっ、ば、っか、触んな!」
「やだ。せんぱいも気持ちよくなってほしいもん」
 先走りを絡め、出水の陰茎を佐鳥は扱く。痛みで萎えていたそれは、直接的な刺激によって硬さを取り戻していく。後ろと前から責め立てられて、出水はわけがわからなくなる。気持ちよさと痛みとぐらつく視界に、確かなものがほしくて、出水は佐鳥に腕を回す。
「さ、とり、」
 出水がずっと伏せていた視線をあげれば、佐鳥と目が合った。夢見心地のような、とろけそうな目をしているくせに、こちらを見ていることは相変わらずわかって、出水は気恥ずかしさとうれしさでないまぜになる。いずみせんぱい、と甘ったるい声で佐鳥が呼んだので、首に回した腕に力を込めて、引き寄せる。
 キスぐらい、聞かずにしろよな。まったく。
 


「せんぱい、ありがと」
「ん」
「あのね、おれ、先輩がおれのこと大好きなとこ、大好きだよ」
「……いってろ、ばか」
 出水は寝返りを打って佐鳥に背を向ける。えへへ、という声とともに、佐鳥が出水に抱き着いた。背後で佐鳥が締まりのない顔で笑っているのが容易に想像できて、出水も笑った。


prev next

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -