「わりぃ米屋!出水借りるな!」
 そう言って笑った男を見て、心に不穏な雲がかかったのを米屋は感じた。米屋がその正体にはっきり気づく前に、その男は駆け出し、出水もそれを追って行ってしまった。反射的に出た肯定とも否定ともつかない米屋の声は二人には聞こえなかっただろう。
 そうして席に一人取り残された米屋は、頭突きをするように机に突っ伏して、目を閉じた。机にぶつかった時の衝撃が、脳を揺らす。
 脳裏に浮かんだ映像に、米屋はため息をはいた。

 ーーーそーゆーんじゃねえって、わかってんのにな……。

 出水をつれていった男の正体ははっきりしていた。彼は去年まで米屋のクラスメートだった。とっつきやすく人なつっこい性格で、クラス開きから程なく仲良くなった記憶が米屋にはある。確かバスケ部にはいっていて、その部のマネージャーとつきあっている。
 今は米屋たちとクラスは違うが、出水とは選択科目が同じで、その中で彼らは同じ班らしい。授業の課題のために、彼らとほかの班員はしばしば集まって話し合い、資料を作ったりその他細々とした作業をしているようだ。
 月に一度の間隔で呼び出される出水を横目に、米屋は同じ科目にしなくてよかったと思った。思ってもそのくらいのもので、彼が出水を連れ出すことを何とも思っていなかったのだ。……先週がくるまでは。
 先週米屋が見たのは、彼らが放課後に集まっていた時の光景であった。空き教室の窓側を陣取り、机を五つをくっつけていた。しかし、ほかの三つの席は空席で、席に着いているのは彼と出水の二人だけだった。その二人は数枚のコピー用紙を片手になにやら話し込んでいた。並んで座った二人はお互い手持ちの資料を見るためか密着しており、横を向けばすぐにキスできそうなほど近かった。
 米屋はそれを凝視して、手を爪の跡が着くほど握りしめていた。それに気づいてしまうと茶化してその場に入るということも思い浮かばず、なんとなくバツの悪い思いでその場を立ち去ったのだった。
 二人を見ていたとき、沸き上がってきたのは間違いなく嫉妬で、それに加えて行き場のない怒りだった。
 出水と米屋の想いは通じあっており、そこに食い違いはないはずだった。加えて男には彼女がいる。喧嘩したとも別れたとも聞かないので順調なのだろう。出水がとられる心配があるはずがない。そして米屋は知っている。あの男の距離感が誰とでも近いことを。仲良くなった相手にはなおさら近くなる。彼と一年一緒だった米屋はそんなことは知っていて、自分だってそれくらい近づくことは何度もあったはずだ。それなのに、どこに、誰に、怒る要素があるのだろう。
 何度も考えたことを頭で反復させながら、それでももやもやした気分で米屋は昼食を終えた。晴れない心に、バトればすっきりするのにな、と最低三時間は後のことを考える。
 することもなく……正確にはやることはあるがやる気が起きずぼんやりとしていると、同じことばかり考えてしまい、さらに気分が沈んでいく。
 暗くなるばかりの気分に見切りをつけるため、気分転換に飲み物でも買ってくるかと米屋は立ち上がった。

 米屋が一階の端に置かれている自販機にむかうと、先客が二人いた。それも目下米屋を悩ます二人だった。遠目でそうわかり、米屋は少し顔をゆがめる。しかしここまで来て引き返すのも煩わしく、自身が気にしすぎているだけだと米屋は心を持ち直す。そう、普通にしていればいいのだ。何もやましいことなどないのだから。
 どっかいってくれねーかな、と自分でもらしくないと思うことを思いながらのろのろと進む。目的地にいる二人は何かよくわからないがじゃれあっている。
 男が出水の肩に触れる。出水はあきれたように笑いながらそれを受け入れる。男も笑いながら出水に顔を寄せた。
 瞬間。
 考える間もなく体が動いていた。
「は?米屋?」
 足音に気づいた出水が米屋を見て、目を丸くさせる。横にいる男も驚いて出水から手を放し離れる。米屋はずんずんと出水の元へ近寄っていくとその手首をつかんだ。ちょっと、と米屋は低い声で言うと、そのまま出水を引っ張って校舎に戻る。
「おい米屋!!なんなんだよ!」
 米屋は出水をほとんど引きずるようにして階段を登る。後ろから出水の声が聞こえてはいるが、どうにも怒りは収まりそうになかった。むしろ増長しているようで、米屋は腹立たしげに出水の手首を握る手に力を込める。米屋の背後から出水のあきらめたような、いてえよ、ばか、という声が響いた。
 特別教室が集まった三階には、まだ昼休憩の最中であるせいか人気がなかった。米屋は見えてきた突き当たりの壁にひきづってきた出水を投げ出す。ドッと生身と固い壁のぶつかる音がして、出水が顔をしかめた。その顔のままで、出水は米屋をにらみつける。米屋はそれを意に介すこともなく、出水の顔の横に手をついた。いつもと違う米屋の様子に、出水は目を丸くさせてその顔を見つめた。
「お前ら、何してたわけ」
「は、ぁ? 何って、話してただけだけど」
「ちげーよ」
 出水の言葉を遮るように米屋が言った。黒々とした米屋の目がじっと見つめてくるのが居心地悪くて、出水は身じろぎする。すると、それすら煩わしいといわんばかりに壁についていない方の手で出水の腕を握った。強い力で腕を握られ、出水は、だから痛いって、と悲鳴を上げる。
「あんなに近づいて、何しようとしてたのかって聞いてんだけど」
 米屋がねめつけながらそう言うので、出水はぽかんと口をあけた。目を瞬かせて、まさか、という表情を作る。
「は、なに。おまえ、嫉妬してんの?」
「そうだよ」
 吐き捨てるような米屋の言葉を聞いて、目から鱗とでも言わんばかりに出水は目を見開き、そのあとでこらえきれないとでもいうように笑い始めた。いきなり笑い始めた出水に険をそがれ、出水の腕を掴んでいた手の力が抜ける。
「……なんで笑うんだよ」
「だって。お前はそーゆーやつじゃねえだろ」
 そういいながらくつくつと忍び笑いを続ける出水に、米屋はむっとした表情になる。
「そういうやつじゃねえってさあ、誰が決めたの?」
 じ、と米屋に黒い目で見つめられて、出水はようやく笑うのをやめた。ふう、と笑いを収めるように息を吐いて、に、と笑う。
「ん、ごめん。だって、おれ愛されてんな、って思ったからさ」
 米屋は愛、という言葉を聞いて、なんとなく気恥ずかしい気持ちになった。だって、さっきのはただの嫉妬であって、愛なんていうきれいなものではない。改めて考えれば子供っぽいにもほどがある行動が恥ずかしくなってきた。
「そーですよ、いまさら気づいたんですか、出水クン」
 気恥ずかしさを茶化すように米屋がそういうと、出水もいつものように発言を流す。
「はいはい。わかったからそこどけ、休憩終わんぞ」
 出水がそういうとともにタイミングよくなりだした予鈴に、米屋はぱっと出水から離れる。
「やべっ! 次授業なんだっけ?!」
「古典だろ」
「げっそうだっけ!? やべえなんもしてねえ!」
「そりゃ当たらないように祈るしかねえなあ」
 すっかりいつもの調子を取り戻したらしい米屋はさっさと身をひるがえし、廊下を走っていく。おそらくもう嫉妬していたことなど忘れてしまっているのだろう。切り替えはえーな、と出水は笑い、米屋の背中を追う。
 その背中を追いながら、出水はつぶやく。
「おれの気持ちもちょっとは味わいやがれ、ばーか」


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