※捏造過多
※強姦、恐喝描写有
※ほぼモブ影




 かわいそうだ、とよく言われた。最初に言われたのは、幼稚園の頃だったか。遠足中に園の子と喧嘩になって、突き飛ばされた。そうしたら盛大にこけて、地面に倒れた。突き飛ばした本人たちはその後すぐどこかへいってしまった。だから、一人で立ち上がっていたら、通りがかった男の人と女の人の二人組が俺をみていったのだ。あのこかわいそう、って。俺は聞かなかったことにして、立ち上がって走った。
 悔しかった。別に俺はかわいそうじゃない。俺は喧嘩に負けただけだ。
 俺はかわいそうじゃないのに、かわいそうって言葉はふとした瞬間につきまとった。母さんと父さんが夜遅くまで帰ってこないっていったらかわいそうっていわれて、一人でバレーしてたらかわいそうっていわれた。それは一度だって直接いわれたことはなかったけど、俺のいないところでそういっていたのを聞いた。俺は別に何とも思っていなかったから、何をいっているんだろうと思っていた。誰が、かわいそうなのだと。っていうか、かわいそうってなんだ。わかりたくなんてなかった。でも、それも小学校の高学年になってから、その言葉はふっといなくなったみたいだった。
 またそれが現れたのは、中二に上がってすぐくらい、だったと思う。学年が上がってからの、新レギュラーの発表があったとき。そのとき俺は初めて名前を呼ばれた。空気が一瞬ザワッてした。うれしくて、はいって元気よく返事をした。空気はまだざわざわしてて、でもほかの人の名前が呼ばれる度にだんだん薄れていった。俺はその中でこれで試合に出れると喜んでいた。歴代でうれしかったことのトップスリーには余裕で入る。
 その発表が終わった後、部活での練習は終わりになった。俺は嬉しくて早く練習がしたいと思って、いつものより浮かれた気分でボールを取りに向かった。そうしたら、途中で呼び止められた。浮かれて振り返ったら、先輩がたっていた。俺と同じポジションの先輩。
 その先輩が、そのとき笑っていったのだった。

「おまえ、かわいそうだな」

 訳が分からなかった。なんでそんなことをいわれたのかもわからなかったし、なぜそれを今いったのかさえわからなかった。どういう意味かと聞いたら、その人はまた笑った。それだけだった。その後、その人は部活をやめた。
 それに対して俺は何とも思わなかった。俺とその人に特別な関係があったわけでもなかったし、そう悪い関係というわけでもなかったはずだ。だってたぶん、あのとき初めて俺とその人は自分たちの意志で話した。あとで、あの「かわいそう」も当てこすりか何かだと思った。
 そう思ったけど、その「かわいそう」にはいままでにない焦りを感じた。焦って、その焦りを消すためにずっとバレーの練習をした。
 うまくなれば、ここにいることの理由になると思った。コートに立ったときの違和感を消せると思った。決して俺はかわいそうじゃない。意地になった。練習さえしていれば、認められると思った。ちゃんと結果はでた。でも、望んだとおりにはならなくて、もっとやらなきゃと思った。
 でも、それは間違いだったみたいだ。
 結果として、俺は二年から三年の最後の試合まで北川第一の正セッターだった。けど、王様と呼ばれ、最後の試合ではトスを無視された。そのままベンチに下げられて、そこで俺は、やっとずっとここにいてはだめだったのだと知った。
 あんなに練習したのにだめだった。勝てないなら俺は必要ないと思ったから、がんばったのに。俺は、ずっといらなかったんだ。

 いまいち試合後の記憶がなくて、暗い道を歩いていたところまで記憶が一気に飛ぶ。なんとなく歩きたい気分で、バスにも乗らず歩いて帰っていた。もちろん周りに人なんて一人も居なかった。疲れたら乗ればいいと思っていた。たぶん、それも間違っていた。
 ふらふら歩いていたら、いきなり腕を捕まれた。は?と思った。訳の分からないうちに暗いところに引きずり込まれて、両腕を後ろにとられた。反射的に振り払おうともがけば、バチバチッって音がして、感じたことのない衝撃がやってきて、目の前が真っ白になった。
 それで、気がついたらどこかシーツの上だった。自分の部屋じゃない事はにおいから明らかだった。たばこと酒のにおいがした。ぼんやりしていた視界がはっきりしてくると、自分の周りに三人の男が立っているのがわかった。一番に目に入った、唇にピアスをした男が俺に手を伸ばすのが見えて、逃げようと身をよじったけど、その前に肩を押さえつけられた。恐怖で体がすくんだ。そこで、自分が腕を縛られていることにもやっと気づいた。おとなしくしてりゃわるいようにはしねえよって、全く意味の分からないことをいわれながら、ジャージを脱がされた。動く足をばたばたして抵抗したら、腹を殴られた。重くて、何もしゃべれなくなった。
 痛みにうめいている間に、自分でも触ったことのない場所に触れられた。すごく嫌な予感がした。突然ぬるつく冷たいものがそこに垂らされて、男の指がグリグリ穴の縁を触った。身体が動かなくなった。まさか、と思った次の瞬間に、穴の中に指をつっこまれた。あまりの痛さに悲鳴を上げた。コイツら絶対頭おかしいと思った。ショジョがどうのとか中学生がなんだとか聞こえたからなおさらだ。つーかしょじょってなんだ、俺は男だ。二本目、という声を聞いたあたりからの記憶がない。
 ぱちぱちと頬をたたかれて目を覚ました。起きあがると目の前には、あのピアスの男の一人だけが居た。夢かと思ったけど夢じゃなかった。腕を縛っていた縄はほどかれていたけど、下半身の感覚はないし、全身が少しかぴかぴしていた。なにでそうなっているのかとか、考えたくなかった。
 ぼんやりと男をみていると、男はすっと弄っていたビデオカメラを近づけてきた。差し出された画面の中には、尻を突き出すような格好でひどい声を上げている男がいた。気持ち悪い。ぺらぺらと何かしゃべっていたようだが全く耳に入らなかった。

「これ、流出したら大変だよねぇ」

 ただ、その言葉だけはっきり聞こえて、俺は男をにらんだ。男はにやにや笑ってビデオカメラをしまうと、またあそぼうねかわいそうなかげやまくん、といって去っていってしまった。俺は一人部屋に取り残された。


 それから、俺はなんとか家に帰った。我ながらよく帰れたものだと思う。帰りついた家にはいつも通り誰もいなくて、がらんとしていた。すぐにシャワーを浴びた。ずっと水を浴びて呆然としていた。その後すぐベッドの中に潜り込んだ。目を閉じると、誰かの手のひらが身体中をさわっているような感覚がして眠れなかった。ごしごし服の上から何度もこすった。それでも我慢できなくてもう一度シャワーを浴びた。そのあとの記憶がない。いつの間にか眠ったらしかった。
 目覚めたら、もう十時を過ぎていた。時計をみて、バレーと思ったけど、身体はついていかなかった。というか、起きあがろうとしても起きあがれなかった。起きようとしたら腹痛がおそってきた。そのあとからケツの奥の奥がズキズキするような痛みと、頭の重さと、全身のだるさ。
 布団の中でそれに耐えていたら、声がした。母さんだった。
「飛雄、大丈夫?あんた、熱あるわよ。」
 布団から顔を出すと、母さんがベッドのそばにしゃがんで俺の額に触った。冷たくて気持ちがよかった。ほら、と困ったような顔をして俺をみた。
「おかゆ、作ってるからおなかが空いたらでいいから食べなさい。」
 氷枕作ろうか?という問いかけに首を振る。そう、というと母さんは立ち上がった。
「今日はできるだけ早く帰ってくるようにするから、」
 母さんの後ろで一つ結びにした髪が揺れている。背中も声もだんだん遠くなっていく。
 言おうかと思った。かあさん、と呼んだら、母さんはなぁにと振り返った。でも、いざ言おうとしたら口が固まった。まず、なんて言えばいいかわからなかったし、うまく説明できる自信もなかった。それに母さんはこれから仕事だ。引き留めるわけには、いかない。
 だから、なんでもなかったことにして、また布団の中に潜り込んだ。
 その日、母さんは結局帰ってこなかった。


 熱は二日ほどで下がったが、犯された事実は変わらなかった。だいぶ体調が回復してきた頃に、見知らぬメールアドレスからメールが来た。そこには住所が書いてあって、最後にこなかったらどうなるかわかるよね?と書いてあった。さすがの俺でも意味は分かって、俺はそこにいくしかなくなった。それで、また犯された。そういうのが何回か続いて、今度はあの男たち以外の男の相手もさせられるようになった。終わりなんて見えなかった。

「キミ、なんだか顔色が悪いね」
 見ず知らずの男に犯されるようになってから何回目かの行為が終わった後にそういわれた。ふざけんな、と思ったが、そういう気力さえなくて黙っていた。そしたら、何を勘違いしたのか、大丈夫かと、話したら少しは楽になるよと話しかけてきた。俺は話す気なんかなくて、いや、とか大丈夫ですとか繰り返した。
 けど、あんまりにしつこくて、それに疲れてたから、たぶんなんかどっかゆるんだんだと思う。浮かんでくるままに、どうしてこんなことになったのかとか、全部話した。
 うんうんとうなずいて話を聞いていたその人は、俺の話を聞き終わると、その眉を下げて、俺の頭に手を伸ばした。そのまま、二度ほどなでられた。

「かわいそうだねえ」

 そのとき、なんていうか、すとんってきたんだ。ああそうか、俺ってやっぱカワイソウだったんだなって。そう思ったら涙がでた。そしたら、辛かったねえ、もっと泣いていいんだよ、って抱きしめられた。自分もその人も汗と精液まみれだったから、ぐちゃぐちゃべたべたして気持ち悪かったけど、安心した。また、すとんってきて、ああここが俺の居場所なんだなって、思った。その後その人にもう一度抱かれた。

「俺、カワイソウなんです」

 それから、開き直って自分で言うようになった。自分から、いえるときは必ず言った。そのあとで、自分が不幸だと思ったことを並べ立てた。この前のカレーがポークじゃなかったとか、この前体育館が点検で使えなくてバレー出来なかったとか、先輩にサーブ教えてもらえなかったとか、中学最後の試合でトスを無視されたとか、そのあとでやられたとか、いろいろ。それで、その後で、だから、と付け足す。
「だから、慰めてください」
 そうしたら、たいてい、相手は俺のことをかわいそうがって優しくしてくれた。かわいそうだねぇって同情したみたいにいって、頭をなでてくれる。じゃぁそれ忘れられるように気持ちいいことしようねって、結局はやられるけど、少しは優しい…ような気がする。
 でも、それなのに、慰められてるはずなのに、優しくされてるはずなのに、自分もそれを望んでいるはずなのに、満たされなかった。優しくされたいと望むのに、優しくされても、自分がいっそう惨めになるだけだった。
 優しくされたかったから、それをいうのはやめられなかったけど、慰めてくれというと、反対にひどくしてくる人のほうが好きだった。にやにや笑って、心底楽しそうにかわいそうだといって、俺の都合なんてお構いなしに俺を抱く、そんな人がいた。いやがればいやがるほどひどくされた。血が出て、立てなくなることもあった。でも、痛ければ痛いほど、気持ちがよかった。痛い痛いって叫んで、涙を流せたから。好きにしてくれって思った。たぶんそういった。それで、殺してほしかった。それで、起きて生きていることにひどくがっかりする。
 結局、優しくされても、ひどくされても、どんどん生きる気力みたいなものを吸い取られて、何もかもがどうでもよくなっていった。あんなにずっと練習していたバレーも、面倒になった。練習しなくちゃ鈍るって、わかっているのに体が追いつかない。しないと、って頭が思うのに、心がやめとけっていう。
 たぶん、落ちぶれるってこういうことなんだろうなって思った。


 今日はあの男に呼び出されていた。指定された場所に制服そのままで向かう。制服のままのほうがいいらしい。もしくはジャージ。ジャージはしばらく部活に行っていないからありえなかったけど。
 何も考えず無心で足を動かす。最近はずっとそうしてる。そのほうがなにか考えるよりずっと楽なことにきづいたからだ。考えなければいつの間にか終わっている。流す。そっちの方が辛くない。
 今日も、そうやって終わるのだと思っていた。

「影山?」

 唐突に呼ばれて、思わず立ち止まってしまった。そうなってしまったのはほとんど反射で、自分を恨んだ。立ち止まったからには振り返らないわけにはいかない。仕方なく後ろを向く。そこには、想像したとおりの人がいた。

 岩泉さん、だ。

「お久しぶりです」
 早く話を終わらせたい一心で頭を下げる。岩泉さんはおう、と片手をあげた。
 青城今日部活ないんですか、と聞くと、ああ、と短く肯定が返ってきた。今度は岩泉さんに元気か、と聞かれて、はい、と答える。話が続かないのをいいことに、それじゃあと立ち去ろうとした。けど、出来なかった。

「お前、部活は?」

 真顔で尋ねられて、体が固まってしまった。
「な、っんで」
「お前、いっつも残って練習してたじゃねーか。この時間だと、まだ部活やってるよな」
 自分でも気にしていたことを言われて、息が詰まった。くるしい。なんとなく岩泉さんをみていられなくて、視線を下にそらした。岩泉さんが、あきれたみたいにため息をはいた。
「つーか、ここらへんお前んちのほうじゃねーだろ。なんでここいるんだ?」
 かっと血液が沸騰するような気がした。怒りか、なんなんだかよくわからない感情だった。
なにが、何がわかるって言うんだ。ああ言いたい、いってしまいたい、俺はこんなに辛くて大変で、かわいそうなんだって。全部感情のままにぶちまけてしまいたい。
 おれ、と言葉が口をついた。しまった。失敗した。岩泉さんが心配そうにこっちをみている。あわてて目をそらす。おい、って声が降ってきた。もういいや。
 岩泉さんに、一歩近づく。岩泉さんがきょとんとした。俺はその白いジャージの下の方をひっぱる。声が、ふるえた。

「お、俺、かわいそー、で……、だ、から…、だから、な、慰めてください、」

 口のはしを無理矢理持ち上げて笑ってみる。目を向けると、岩泉さんが、なんともいえない顔をしていた。戸惑ってるのと、きもちわりぃっていうの、必死に隠そうとしてる、みたいな。その顔を見て安心した。のどの奥から何かがあふれて、そのままはいてしまいそうになった。
 よかった。今の俺はかわいそうじゃない。きもいんだ。そう思ったら今度は目が熱くなった。
 岩泉さんの服から手を放して、離れる。はは、と笑ってみる。
「なんて、冗談です。」
 そういってから、いかなきゃ、と言い訳みたいに付け足して身をひるがえした。岩泉さんに向って気持ち頭を下げて、そんで、走る。ほの暗い道を、訳も分からず走った。なぜか、岩泉さんの白いジャージが頭に浮かんだ。白かったな、って思って、手を握りしめて走った。
 ふと気づくと、周りには明かりが一つもなくなっていた。もともとここらへんの道なんて知らないから、もう、ここがどこかすらわからない。変に息があがっていた。

 ーーーもう、無理じゃね?

 それが、ぽつって浮かんできて、死にたくなった。
 こんなにつらいなら生きていても意味なんてない、と思ってしまった。だって、もう、バレーしたいけど、したくない。誰も受け取ってくれないトスを上げて、何になるっていうんだ。コートに必要ない俺なんて、居場所がない。あの薄暗くて、汚れたベッドの上が居場所だなんて、耐えられない。
 バレー以上に夢中になれるものなんて、たぶんないし、それがどうでもよくなったんだ。たぶんもっとずっと前からわかっていた。もう無理だ。
 考えながら歩いていたら、何かにつまづいた。あ、と思った時には体が傾いていて、体勢を持ち直そうとしたのに、うまくいかなかった。それで、あきらめて、頭の当たりにでかい石でも落ちてればいいな、と思った。終わってる。
 でも、そうはならなかった。
「影山ッ!」
 くん、と誰かに腕を引っ張られた。それで、両足がちゃんと地面についた。誰が、と思った後でぞっとした。過去の記憶がよみがえってくる。ひぃっとのどの奥から悲鳴がこぼれた。体がふるえる。

 あのときも、暗い道で、いきなり腕捕まれて、バチバチッてして、気づいたら縛られてて、そのまま、そのまま、

「ゃ、」
 笑い声が、頭の中でこだまする。がんがん響く。俺を組みしいた男の黄ばんだ歯とか、周りのたばこのにおいとか、浮かぶ、におう。あと、変な色の光に光ってたピアスと、酒のにおい。小さな赤。カメラのレンズ。猫なで声で、かげやまくん、と。
 一気に思い出して、息を止めた。それでも、においがつきまとってる気がする。喉元まですっぱいものがせり上がってきて、あわてて口元に手をやる。少し、はいた。手のひらからなまあたたかいものが地面にしたたって、すっぱいにおいがする。さらに気持ち悪くなった。
「影山、」
 捕まれた腕から手が肩に上ってきた。ぞぞぞっと背筋が泡立つ。やめろ、さわるな、気持ち悪い。手を振り払って、しゃがみ込む。目を閉じると、浮かんできたのは後で見せられた犯される俺と、俺のあげたトスが落ちていく映像で、考えたくもないのに鮮明に、カワイソウって声がして、ボールが、ばらまかれたくないよねって、画面の中で悲鳴が、下がれって、おちる、笑って、
「っぃ、っふ、ぁ、ぐ、…っ、は、ぁっ」
 このまま死ぬんじゃないかと思った。うまく息を吸おうとすればするほどぜんぜん入ってこなくて、苦しい。耳がきぃんとして、その奥でずっと声が響いている。目を閉じれば過去の映像。それを、胸のあたりをつかんで、耐える。頭がくらくらする。点滅する。気持ち悪い。
 だいじょうぶ。もうちょっとがまんすればいい。

「落ち着け」

 ぐいっと肩を押された。暗い視界にまじめな顔をした岩泉さんが映る。ひゅうって、変な音がした。

 なんで。

 いつの間にか背中に手が回っていて、さすってくれている。あったかい。頭の中が急に白くなって、早く呼吸しないと、と思う。
「ゆっくり、息吐いて、吸え。」
 とん、とんとたたかれる背中のリズムを意識して、がんばって息をすおうとする。けど、うまく吸えなくて、苦しい。何をしているのかわからなくなって、また怖くなった。
「がんばらなくていい。ゆっくり、大丈夫だから。これ、口元に当てろ」
 岩泉さんが白いタオルを差し出してくる。言われるがままそれを受け取って口元に当てた。岩泉さんの、すって、はいてのゆっくりしたかけ声にあわせて呼吸をしようとする。焦りはだんだん落ち着いてきて、しばらくすると苦しくなくなった。
お礼を言おうと思って顔を上げると、岩泉さんがふっと笑った。でもちょっと困ったみたいな顔でもある。ああ申し訳ないなと思った。
岩泉さんが手を伸ばしてきて、反射的に身体がこわばった。

「よく、がんばったな」

 ぽん、と頭に手を置かれてなでられる。今度はびっくりして身を固まらせていると、そのまま抱きしめられた。またびっくりした。けど、離して欲しいとは思わなかった。早く離れた方がいいとは思った。あの、と声をかけようとしたら、耳元で岩泉さんが言った。

「お前はかわいそうなんかじゃない。」

 それを聞いて、また苦しくなって、涙がでた。流れるだけじゃ止まらなくて、次から次へとこぼれた。頬が焼けるんじゃないかと思うくらい熱い。岩泉さんの肩に目を押しつけて、その白いジャージをつかむ。声を押し殺すようにして泣く。胸がきゅうっとして、つらい。痛い。離れないと、っていう気持ちが薄まっていく。離れたくなくなっていく。それはだめなのに。


 泣くことの、すがることの、その全部が苦しいのに、止められなかった。


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