けたたましいベルの音で俺は目を覚ました。ジリリリリとうるさく鳴り続けるそれを止めんと布団から手を伸ばして宙をさ迷わせる。冷たい感触が触れたので、それを引っ掴んで上の部分を押す。すると音はチンッと音をたてたっきりぴったりとなりやんだ。
あくびをしながら、うるせえ目覚ましだ、と思って、そこで違和感に気づいた。昨日俺がかけた、というか、いつもかけている目覚ましは、ケータイだ。 
起き上がって、先ほど止めた物体をみれば、俺が高校にはいってから捨てた、もう随分と見ていないベル付き置き時計で。
おかしい。
その違和感から派生して、身体の違和感にも気づく。なんとなく、いつもよりも視界が低い気がする。手も小さいような。周りを見渡せば、かけてあるはずの制服が、青城の白のブレザーではなく、北一の制服だった。もしかしなくても、おかしい。
違和感を抱えながらリビングに向かえば、いつもよりも若々しい気がする母さんが、早くご飯食べなさい、と急かしてきた。
よく回らない頭で用意された朝食を食べながら、目に入ったカレンダーは四月。俺の記憶ではまだ一月半ばだったはずなのだが。
現実なのか夢なのかそれすらもわからないが、とりあえずいつものように行動すればなにか情報は入るだろうと楽観的に考えて、朝食をかきこんで、部屋に戻ると北一の懐かしい制服に腕を通した。
用意の終わっていた通学用カバンとエナメルを、前日の俺を信用して持って玄関を開けると、ちょうど同じように玄関を開けた及川と目が合った。及川は俺を見るとへらっと笑って手を振る。
「おっはよー!岩ちゃーん!同時とか気が合うね〜」
あー、ここは変わんねーな、と思いながら朝っぱらから気色悪いこというなと及川の頭を叩いた。

及川と登校中に探りながら話をして、わかったことが2つ。
1つ。今が中3にあがりたての、新入部員が入ってくる時期だということ。
2つ。スガ、という聞き覚えのない三年が部員だということ。
歩きながら、スガちゃん今日朝練これないって、と及川がさも当たり前のように告げてきたのに、俺は驚かずにいられなかった。誰だソイツは。そう言ったら、及川はぽかんとした表情をしたあと、「ど、どうしたの岩ちゃん?!悪いものでも食べたの?!」とがくがくと俺の肩を掴んで揺さぶった。その勢いに驚いて思わず黙ったら、やっぱりおかしい!と及川はさらに騒ぎ始めた。どうやら俺が叩くなり殴るなりしてこなかったのが不気味だったらしいので、及川のそのお望みどおり脇腹に手刀を叩き込んでおいた。思いのほかいいところに入ってしまったのは謝る。悪かった。

で、その、スガちゃん、というのは、烏野の控えのセッターだった。俺は当然目を剥いた。
どこか違和感を感じる体で朝練を終えて教室に行ったら、中学の時には見かけた記憶すらない白い髪の男に少し申し訳なさそうな笑顔で、今朝は悪いなぁと親しげに話しかけられたのだから。
もちろん、菅原は北川第一出身ではない。少なくとも、俺の記憶では菅原なんて人物は存在しなかった。
その困惑が隠しきれなかった俺の表情をみて、菅原は少し困ったような顔をしたあと、冗談めかして言った。
「どうしたんだよ、岩泉。また及川がなんかしたのか?」
そう言われて、お、おう、だか、いや、だか、しどろもどろに答えてしまった。それほどには混乱していた。
すると、菅原は首を傾げながら心配そうに眉を寄せた。
「なんか…変だぞ?困ったことがあるなら早めに言えよな」
その後で少し笑うと、相談くらいならのれるべ、と俺の肩を軽く叩いてそういった。それに俺は条件反射のように、大丈夫だ、と返した。
それは、言い慣れてるというか、本当に友人を心配しているといった口調だった。これが演技なのだとしたら、軽く人間不信に陥りそうだ。
もしかしたら、菅原も元の時間からやってきたのでは、と思っていたのだが、この調子だと言いにくい。いや、言わない方が得策だろう。
この世界では俺と及川と菅原は友人関係にあるようだ、と推定せざるをえない。それも、結構仲が良い感じで。
…どーゆー世界なんだ、これ。

授業を終えて、なんとなくこの世界がわかってきた俺は、ようやくいつもの調子を取り戻した。いつもの、というか、順応した。菅原がいること以外は、中学時代の記憶と寸分たがわず一緒だ。チームメイトもクラスメイトの顔ぶれも記憶にないものはいないし、逆に欠けたものもいない。
それならばこのタチの悪い夢も、過ごしていればいつかは覚めるだろうし、本当にタイムスリップしたというのなら、もう一度前と同じように過ごすだけだ。だって、俺には過去に戻ってやり直したいことなんてないのだから。もちろんこんなことになったからには前回の記憶を活用させてもらうが。
そうやって考えている間に、いつの間にか及川の先導で集まった新入部員の自己紹介が始まっていた。
思考を現実に戻してなんとなく懐かしい新入部員の顔ぶれを見回す。その中の一人が目に止まった。止まってしまった。
元の世界と変わらず気だるげな表情をした、でも幾分も幼い国見と、緊張に頬を紅潮させている初々しい金田一に挟まれた、目をきらきらと輝かせる黒髪の少年。
金田一のよろしくお願いします!が響いて、一拍置いてからそいつが口を開いた。
どくっと、心臓が一際大きくふれる。
いやな、感じだ。

「秋山小出身、」

記憶よりも高い声が響く。じっと見つめてくるように感じる視線から逃げるように横の及川と菅原を見た。及川は新入部員に対する期待と喜びの表情をしているし、菅原もそれに同上だ。

まだ何もない。

何も知らない。

影山がこれから及川を追い詰めることも、影山が"コート上の王様"と呼ばれることも、影山が烏野にいって菅原が先輩となるはずだったことも。それの本当のこれからを、それを取り巻く違和感を知っているのは、ただ俺一人でしかなく。
顔がひきつる。喉が乾く。
ああ、なんてことだと思う。どうしてなのだ。どうしてこんな、世界を、夢を、見せるのか。

(それは、俺の役目じゃない、俺の、役目じゃ、)

無邪気な目が輝いたように感じる。

まるで、自分を責めるみたいだ。

記憶よりも高い声が頭の中に響く。

「影山飛雄です。バレーは小2からです。」

この世界の鍵は、きっと影山だ。


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