菅原が短刀を鞘から抜くと、きらり、と刃が光った。きらきらと太陽の光を受けて輝くそれは酷く鋭利そうに見えた。
 影山はそれを見て、前に及川が自分に振り下ろした短刀を思った。及川が自分の魔力で出来ているのだと言ったあれは、真っ黒でとても自分を切り裂く物のようには見えなかったが、影山はあれが酷く恐ろしかった。それに比べるとどうだろう。銀色の、明らかに鋭そうなそれがこれから心臓を貫くというのに、心は静かに凪いでいて、恐怖はなかった。いっそ奇妙なほどに落ち着いていた。
 菅原が影山にそっと笑いかけた。影山はそれにこくりとうなずく。それをみて、菅原は祈るように目を閉じた。銀の刃が薄く光を纏いはじめる。ほの黄色の、柔らかな光だ。
 菅原はゆっくりと目を開ける。刃に光が纏っているのを確認して、影山を見やった。
「それじゃあ、いくな。」
 その声に、今度は影山が目を閉じた。
 銀の切っ先が、影山の衣服の開かれた胸に触れる。その、体の中心にちくりと鋭いものがふれる感覚に、影山の身が固まった。
 それから、徐々に力が加えられて、ぶつ、と切っ先が影山の胸を切り裂いた。
「っ…!!」
 喉がひきつりそうなほどの痛みを感じる。ゆっくりと進んでいく刃は、切り裂いた傷を治しながら進んでいるようで、刃が奥に深く入り込んでいくのが感覚としてよく分かった。刃が身を切り裂いているというよりは、まるで鉛を体に強く押し込められているようだと影山は思った。
 薄らと目を開けると、影山の目に銀の短刀に力を込めている菅原が目に入った。額にうっすらと汗をかいて、じっと手元を注視している。
 影山が自分のほうを見ているのに気が付いたのか、菅原が影山の方をみた。すっと影山に菅原の顔が近づいて、唇が軽くふれあう。二人の目があって、菅原が心配するなというように微笑んだ。それに影山は胸に突き刺さる痛みとは別の痛みをかんじた。
 唇が少ししょっぱい。でも、幸福の味はきっとこうなのだろうと思った。一瞬感じた温もりが幸せだった。このまま死んでもいいとすら思った。だって、もう温かい。身体の芯まで冷えるような痛みに勝ってしまった。幸せだった。
 影山はぐっと下唇を噛みしめる。
 でも、まだ死ねない。まだ。
 欲張りだ。強欲だ。そうかつて言われたことを思い出す。その通りだと思った。だから、まだ死ぬわけにはいかない。俺は強欲で、もっと欲しいと思うから。もっと幸せを感じたいから。
「っ…ぐ、ぁ、!」
 ぐっと短刀を押し込まれて、影山は息を詰める。どくんどくんと普段よりも少し早く流れる血液の音を影山が二十ほど聞いた後、菅原が一気にそれを引き抜いた。しばらく動かさなかったことによって治っていたその身を一気に切り裂かれて、影山は声無き悲鳴を上げる。菅原は短刀を引き抜いたその胸にすぐに回復魔法を施す。それにより短刀が突き刺さっていた場所の傷はすっかり消えたが、影山は眉を寄せて苦しそうにうめくだけだ。
「あ……ッ、ぐあ、ぅ、ぎ、っ」
 身体の中心をかばうようにして、影山は身体を捩る。
 身体が、燃えるように熱かった。そして、同時に身体の芯から冷えていくような冷たさも感じる。中で何かが、ぐるぐると巡っているのを感じた。しかし、それが影山にとって悪いものでないことはなんとなく分かった。
 底冷えするような冷たさと、ほとばしりそうな熱さが、身体の中でせめぎあっている。あつくて、つめたくて、いたくて、くるしい。はきたい。にげたい。目の前が白む。
 ああ、もう。
「影山!!しっかりしろ!!まだ終わってないぞ!!」
 菅原の声に、影山はうめきながら菅原に手を伸ばす。感覚のあまりない手は、菅原の手に掴まれた。その手を痛いほど握られて、その暖かさに、影山は嬉しそうに笑った。それに、菅原は顔を引きつらさせる。
 かげやま、と自分を呼ぶ菅原の声を、影山は最後に聞いた。


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