黒猫徒然


高貴な囚人(2)
2013/11/18 17:45

王の後宮のなかでも、比較的広い部屋をたまっているサリーナの主は、部屋からあまり外出することはない。専ら本を読むか、気が向けば弦楽器を奏でている。
楽譜なしに、様々な曲をひきこなすことができる聡明な主だ。


「サリーナ、散歩に行こうか」


悲しげな音色を奏でていた主は、サリーナをそう促した。
軽装で部屋から、後宮内の内庭に出た主は小さな池にもうけられた噴水の程近くでベンチに腰を下ろした。
ぼんやりと噴水を眺める主の傍らに控えたサリーナは、かまびすしい甲高い声と足音に首をすくめる。
侍女をひきつれ、姿をあらわしたのはここのところ、王の寵愛を一身にうけている側妾の一人だった。
サリーナが思わず主の傍らにすりよるとその側妾は大きな瞳を見開き、ついでその瞳には残虐な色が宿る。


「いやだわ。ここは陛下の後宮のはずなのに、男がいるわ。何故かしら」


あからさまに眉を潜め、傍らの侍女に問いかける。
主の権勢をかさにきた侍女は、本当に、と主に同調する。

「ああ、けれど男ではなかったわ。わざわざ去勢をしてまでこの後宮に来たのよ。いくら国のためとはいえ、よくもまあ後宮にとどまっていること。陛下のご寵愛もないのに」


「元は王子だそうですから、自尊心がたかいのでしょう。御方様の足元にも及ばぬ容姿ですのに」


あからさまな謗りに、主は目を伏せただけでサリーナ、行こうかとサリーナに声をかけ静かに立ち上がった。
緩やかに波打つ癖のある髪を揺らし、その所作はサリーナがついみとれてしまうほど、優雅で上品だった。
ふとした仕草一つをとっても、尊い血を汲むという優れた主自を感じさせる。
側妾らに軽く目礼をした主は静かな足取りでその場をあとにする。
サリーナもそのあとに続きながら、未だに何事かを口にしている側妾らをふりかえり、あの、と穏やかな表情をする主に向き直る。


「よろしいのですか、ルカ様。あんな酷いことを言われているのに」


ふ、と主は目元を和らげサリーナの髪を撫でてくれた。


「良いのだよ、私が男でありながら男ではないことも、いつまでも後宮にとどまっていることも事実だから」


「でも」


サリーナの抗弁を主はゆっくりと首を横に振ることで遮る。
主の穏和さは仕えるサリーナには喜ばしいが、こんなときには歯痒く思う。
主は王が即位し後宮が出来た時分から、この後宮で部屋を賜っている。元とはいえ、王子であった方なのだ。身分とて高い。
王の訪れがないのは確かだが、だからとはいえ無礼な振るまいが許されるはずはない。
それに、主の権勢高くないせいで仕えるサリーナまで後宮で肩身の狭いおもいをしているのだ。側妾らをもう一度ふりかえったサリーナは、身に付けた衣装とまばゆく輝く宝石の豪奢さに目を奪われる。
そもそも性別が異なるのだから、仕方ないが主の身の回りの品はいたって質素だ。
サリーナの手の届く品ではないが、主が少しでも着飾ってくれるなら。サリーナもそれを手にできるのに。
緩やかに波打つ髪を揺らしながら、優雅な足取りで主は部屋に下がっていく。
瑕疵一つない主だとは思っていたけれども、今となっては別の側妾に仕える侍女らが羨ましい。




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