「…ジャッジスルー」 「ふぎゃー!」
久々に部に参加した九重に容赦ない攻撃を浴びせると、青髪のフォワードは情けない声をあげて倒れこんだ。今日は瞬発力を鍛える特訓なので、三人一組になって技の仕掛けあいを行っている。俺達は人数の関係で、二人一組だが。…ジャッジスルーというのは総帥が考案した必殺技のひとつで、帝国学園では恒例となる超絶ラフプレー攻撃だ。正直、こんな技使って良いのだろうかと疑問に思うのは俺だけではない筈。他校との試合では俺はあまり使わないようにしているけれど(いや確実ファール取られるだろうし危ないし…)、特訓のためとなれば仕方が無い。別に九重に授業中恥をかいたことに対する八つ当たりを行っているわけでは、ない。
「痛い!マジ痛い!手加減してくれよ…」 「手加減していたら練習にはならないさ」 「清々しい顔で言うけど絶対さっきのやつあたいたたた」
倒れこんだままの九重の手のひらをシューズでぐりぐり捻る。「お前って結構そういうの気にするよね」若干涙目になりつつも、彼は立ち上がり転がっていたボールを足で適当に捌いた。
「それにしても、随分と上手くなったな、音無」 「練習したからな」 「ちょっと口惜しいかも」
そうは言うが流石にずっと練習をしていなかった九重なんぞには負けたくはない。事実、俺は有人君と猛特訓した。いや、前提は俺が彼を育てるという名目なのだけれど、実際は俺の方が色々教えられているというか、まあ、年上としては情けない結果となっているのだ。もう大体俺が教えられることはなくなったと思う。
「口惜しかったら勉強しろよ」 「…そ、それとこれとは関係ない、さ」 「テストが酷くて練習に出てなかったお前が何を」 「ぎく」
ずっと話しこんでいると先輩に目をつけられるので、喋りも程ほどに、俺たちは練習を再開した。まあまず、試合とか春奈ちゃんに見せられないよなあ…。俺がサッカーをしていることを知った彼女はしきりに練習試合が見たいと駄々をこねているが、こんなサッカーを見せた途端絶交されそうな気がする。
帝国は無敗伝説を誇ってはいるが、裏では総帥が色々手を回していたり…という噂があるくらいだし、総帥自体なんかそういうことしそうだという雰囲気があるので一概に嘘だとはいえない。有人君はそのことについて知ってるのだろうか。でも、聞けないかなあ…有人君は総帥を偉く尊敬しているし、むしろ、崇拝、といった方が良いかもしれないくらいだ。
「そういえばさ」 「何だよ」 「何で音無は、こう、もっと、「ジャアアアッジスルー!!!」みたいなテンションで言わないの?」 「言えるか!」
技名叫ぶとかそれどんなRPGだよ!
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「え、勉強?」 「あ、ああ」
思わず聞き返した俺に、有人君が頷く。いつものように部活も終わり、いつものように有人君がやってきた、のは良いのだが、いつもサッカーボールを抱えている有人君が、今日は代わりに教科書とノートを手にしていた。
「算数を見てほしいんだ」 「算数…」
そうだよな、小学生なら数学じゃなくて算数だよな。すごく懐かしい感覚に戸惑っていると、有人君は少し目をうるませて「…だめか」と諦めるようなしょんぼりした声音で言い切った。彼はもう、俺の攻略法を掴んでいるのかもしれない。「そ、そんな訳ないだろ!」有人君は大変なものを盗んでいきました。それは俺の心です。
「掛け算の筆算…」 「何勝ちほこったような顔をしてるんだ」
心の中でガッツポーズをおさめる俺を有人君は汚物を見つめるような目で見た。いやだって、サッカーの技術で勝てない俺が勉強で勝った瞬間!…というのは、些か大人げない物だが、少しくらいは優越感を感じても良いと思うくらいは俺は最低な中学一年生である。
「5×4は」 「20」 「そう。2は十の位だから、こっちに付け足すと」 「うん」
素直に言うことを聞く有人君に、感動。歳相応な彼は中々に新鮮だ。
「で、こっちは下の一の位とかける」 「なんで?」 「15×4の答えは15を4倍した数だからな。単純に10と5に4をかければ簡単に解ける」 「そうか。じゃあ、1×4で、4」 「と、ここでさっき計算した5×4の答え、20が出てくる。今の答えは十の位だから、20の2も仲間にいれてやらないとな」 「じゃあ足して、答えは60!」 「よし!良くやったな」
彼が問題を解けたことを素直に嬉しく思い、頭を撫でる。有人君も嬉しそうに微笑んだ。さて、これからが問題だ。一々問題が変わる度に説明していては、彼の応用力が鍛えられない。次の問題をするよう軽く促し、とりあえず眺める。今の子はシャーペン使うのかあ。俺の時はあんまり使っている人いなかったなあ。ジェネレーションギャップ。と、まあ。そんなこんなで。
「出来た!」 「…一度教えただけでこんなあっさり解かれると俺もへこむ」 「?」
最初に教えた後は、もう教わることなんぞないという風に全部解いてしまった。俺とは根本的に頭の出来方が違うのかもしれない。ちょっと悲しい。
「莢さんのおかげだ。ありがとう!」 「それはどういたしまして。…でも、ソレはちょっといただけないなあ」 「……に、兄さん、ありがとう」
頬を真っ赤にしてぼそぼそ呟く有人君に良く出来ましたともう一度頭を撫でた。
優等生へ微笑む
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