愛lovesister! | ナノ




「ごちそうさまでした!」
「…あれ、春奈ちゃん、おかずは?」


いつものように隣の彼女が手を合わせてそう言った。ちらりと視線を向けると、皿にはから揚げやブロッコリーなどのおかずが残っている。春奈ちゃんは今まで、苦手なものでもきちんと食べ、残そうとはしなかったので、今回は少し驚きながらそう聞いた。少しは食べた形跡があるので、嫌いだから、という理由ではないのかもしれないけれど。もしかして味付けが悪かっただろうか、調理過程を思い出しつつ首を捻っていると、春奈ちゃんは小さく首を振った。


「いらない」
「なんで?」
「う…」
「こらこら莢君、そんな仏頂面だと言えるものも言えなくなるわ」


間を置かず聞き返した俺に彼女は箸をくわえたまま硬直して、先に食べ終えていた母さんはため息をつきながら俺を咎めた。仏頂面…この部屋には鏡はないから確認は出来ないが、母さんがそういうくらいならそれぐらいの表情だったのだろう。自分ではそんなつもりはなかったので少し落ち込みつつ、出来るだけ表情を緩め(たつもりなのだが何故か母さんは頬をひきつらせた)もう一度聞いた。


「お、おなかいっぱい…なの」
「そうなの?」
「う、うん!そう!」


お腹がいっぱいなら仕方はない。そう思ったけれど、どうにも春奈ちゃんの残し方が「カロリーが多そうなもの」ばかりを残している感じがして、少し気になった。そこで、少し鎌をかけてみる事にする。丁度今日は、と冷蔵庫の中身を思い返し、口を開いた。


「今日のデザートは杏仁豆腐だよ」
「え!…わ、私はたべない…」
「いいの?さくらんぼつきだけど」
「わーい食べるたべ……で、でも食べないのー!うわーん!」


最後の方は少しやけになっていたような気もしなくはないけど、春奈ちゃんは食器を持って台所へと走っていった。「何がどうなった」「さあ」いつもの彼女なら俺の分まで平らげてしまうほどなのに、よりによって大好物であるさくらんぼを目の前にしてあんなことを言うだなんて思いもしなかった。冷や汗を流す俺を、既にスプーンを杏仁豆腐につきたてている父さんが流す。そんな俺たちを、杏仁豆腐のトッピング用に買ったさくらんぼのパックをそのまま食べている母さんがあざ笑った。


「ばっかねーウチの男性陣は。あれはどうみてもダイエットしてるんでしょ」
「だいえっと」


最近の小学二年生は随分ませているというか…いやませすぎだろう!?誰に対してか分からない一人ツッコミを脳内で強制終了させて、俺は頭を掻いた。俺たちの会話が聞こえていないらしく、春奈ちゃんは台所から出て直ぐに二階へと駆けていった。


「…ちょっと話してくる」
「がんばー」
「……さくらんぼは一人3個まで」
「ケチ!莢君のケチ!」


恐らく本気の涙を流している母さんを視界から追いやり、俺は食器をまとめて持ち上げた。



_________




春奈ちゃんの部屋のドアをノックすると、がさごそと何かを片付けるような音がした後に「いっいいよ!」と声がかけられた。たいして気にもとめずにドアノブをまわす。


「莢君…」
「何してたの?」
「えっ?う、ううん!なんでもない」


まだ万全ではなかったらしく、机の引き出しに何かを押し込みながら彼女は引きつった笑みを見せた。何も終わってからで良いのにとは思ったが、まあ恐らく今回のことには関係ないだろうと思い、ドアを閉めて壁に背中を預ける。


「それで、どうしたの」
「ダイエットしてるんだって?」
「ふにゃー!?」


いや猫か。そう突っ込みをすると春奈ちゃんは握りしめた手を口元に当てて押し黙った。まあこの反応を見ればわかるが、母さんの言葉は当たっていたのだろう。そういえば思い当たるふしがない訳ではない。夕飯を作る俺を彼女は凝視していたし、調味料を使うたびびくびくと体を震わせて不自然な挙動を見せていた。カロリーが高そうなものばかり残していたのも納得がいくし、だとしたらなぜ、こんな唐突にダイエットなんぞを始めてしまうのかという疑問にいたる。まあそれも、この頃起きた出来事と照らし合わせてみると。


「学校か」
「ぎくうっ」
「クラスメートに何か言われたのかな?」
「ぎくぎくっ!?」
「そういえばもう夏だし、水泳の授業もあるんだよね」
「ぎくぎくぎくっ!!」


まあまあ、なんというか。漫画的表現を口頭で表してくれる人がいるとは世の中広しといえど思わなかった。今にも泣きそうな春奈ちゃんが、ううと唸る。


「…莢君はメイタンテーですか」
「…これを推理と言ったらかの名探偵シャーロック・ホームズに申し訳ないと思うんだ」


初歩の初歩の初歩な気がする。二乗三乗。…とまあそれは置いといて。


「だってみんな、ダイエットしてるみたいなんだもん」
「いや、小学二年生がね、そんなことする必要はないんだよ?」
「でもー」


まあ年頃(果たして小二を年頃と分類するかは別として)の女の子は殊更体系を気にしてしまうと言うし、理解できなくはない。俺の同級生にも、カロリーメイトを昼食として食す人がいる。本人はダイエットをしているつもりだが、カロリーメイトは別にダイエット食品ではないので普通に意味はないということをいつ教えたら良いのだろう。


頬を膨らませて服の裾をぎゅっと握る春奈ちゃんを見て、二、三葛藤し、ため息をついて歩みだした。彼女の前で立ち止まり、ひょい、と脇の間に手をやって持ち上げる。「ひぎゃっ!?」驚いた春奈ちゃんは慌てて俺のTシャツを握って、目を瞬かせた。


「莢君!?」
「ほーら、軽い軽い」
「きゃはははーっじゃなくて!」


大抵の人が幼少期に経験のあるだろう、高い高い。視界の高さに春奈ちゃんは無意識なのか俺の腕を掴んだ。


「春奈ちゃんはダイエットしなくてもいいよ」
「うー…で、でも皆は」
「変なことしたら逆に体調悪くなるし、今の君にはまだ早い」
「で、でもー」
「え?言うこと聞かないなら落とすよ?」
「ぴぎゃー!」


春奈ちゃんを持ったままめいっぱい掲げ、首を傾げる。それに本能的な恐怖を感じたらしい春奈ちゃんは首をぶんぶんと振りながら「もーしませんもーしませんいやああ!」と足をばたつかせた。俺、言うこと聞いてくれる子は好きだよ。そう言って優しく地面におろす。多少強引な手段ではあったが、ただの忠告に終わると尚も同じようなことを繰り返すだろう。恐怖につけこむことは手段こそ手荒だが効果はある。息を整える春奈ちゃんの頭に手をのせていつものように撫でる。


「良い子だね、春奈ちゃんは」
「…うん」


涙目になりつつも、彼女は頬を赤くして頷いた。


「で、杏仁豆腐食べる?」
「の、残ってるの?」
「…もしかしたら母さんが食べちゃってるかもしれないけど、大丈夫だと思うよ、多分」
「もしなかったら作ってね!」
「君はなんて鬼畜なんだ」


苦笑しながら、俺も頷いた。


甘々杏仁




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