■ もう二度と戻らないとは知っていても


何が駄目だったかな。何を失敗したかな。
顔も見たくないと言われるほどの、どんな罪を私は犯してしまったんだろう。


裸足のまま近所をぶらついていると、すぐに日が暮れた。
街灯も少ない薄暗い道は危険が多い。ガラスか何かで足の裏を切ってしまった。

「いたい…」

制服を着た少女が、人通りの少ない道を血だらけの足でふらふらと歩く姿は誰がどう見ても尋常ではない。
しかし幸か不幸か、その異常さに気づく人間は誰もいなかった。
ふらふら、ふらふら。気づけば美結は、友達―――いや今日から彼氏の青木君の家に来ていた。使っている通学路が一緒なだけあって、ここまでの距離はそう遠くはなかった。
だけどここまで来たはいいものの、美結にこのインターホンを鳴らす勇気は無い。散々泣いたせいでひどい顔をしているだろうし、足は汚いし、何よりここを訪れる理由も無い。
美結は家の前で一度立ち止まったものの、通り過ぎようと再び歩き出した。

「あれー?おい、美結ー?」

上から声が降ってくる。見上げると、青木君が二階の窓から顔を出して手を振っていた。

「どうしたー?もう暗いから危ねぇぞー家まで送ってこうかー?」
「………」

彼は紳士で、やさしい。本当にこの人のことが好きならよかったのになぁ。青木君の姿を見ながら、美結はぼんやりとそんなことを考えた。
それなら私だってあんな出来心は起こさなかっただろうし、『好きだよ』なんて嘘に心苦しくなったりしなかったのに。
ふいにまた涙が溢れてきた。青木君がやさしいのが悪い。

「美結ー?…待ってろ、すぐそっち行く」

異変を感じ取ったのか、青木君はすぐに階段を駆け下りて外へ飛び出してきた。そして涙を流す美結を見て驚き、とにかく落ち着けと美結を家の中へ入れた。
玄関に座り、美結は家の中に青木君以外の人の気配がないことを確認した。女物の靴もあるから一人暮らしではないことは間違いなさそうだが、出かけているのだろうか。
足が汚れているから、ここから先は行けない。美結がそう言うと青木君は彼女の足を見てから血相を変えて奥へ走っていき、救急箱を手に戻ってきた。

「ほら、足出して。大丈夫俺、部活で自分がしょっちゅう怪我するから手当てすんのも慣れてる」

そう言うだけあって彼の手際はよかった。包帯が巻かれ終わった頃には痛みも大分引いていて、美結は安堵の息を吐く。

「美結」
「ん?」
「何があったんだ?」

美結はその質問に答えなかった。その代わり、ぎゅっと彼に抱きついてから首を横に振った。

「言いたくねぇ?…まぁ、言いたくなったらいつでも言えよ」
「…うん」
「美結には悪いけど、俺今すっげーうれしいんだ」
「え?」
「だって美結、どうしようもなく困って、俺のとこ来てくれたんだろ?好きな女に頼られるのって、やっぱうれしいじゃん」

美結の体を強く抱きしめ返して、悪びれもせずそう言って笑う青年に、美結はまた泣きそうになった。
ごめんなさい、頼ったとか、そういうのとは、たぶん違う。ごめんなさい、私はあなたの好意とやさしさを、利用してるだけなの。ごめんなさいごめんなさい。

「…美結、行くとこないなら、今夜泊まってく?…親、旅行行ってていないんだ」
「…うん」

言いづらそうにそれを告げる青木君に、美結はぼんやりと『このやさしい人でもそういうことは考えるんだなぁ』などと考えた。まぁ彼は男子高校生で私はその彼女なんだから、当たり前かな。

「いや、だから……うん、美結は俺の部屋のベッドで寝ろよ、俺リビングのソファーで寝るから」
「え…?」

青木君の葛藤はどうやら理性が打ち勝ったらしかった。
こんなぼろぼろの人間に手を出そうなんてことはさすがに良心が許さなかったのだろうか。
美結はふっと笑った。こんなにやさしい人なんだから、私はきっと本当にこの人を好きになれる。
だから今は十四郎さんのことなんて思い出したくない。全部忘れたい。全部全部、なかったことにしたい。

美結は唐突に青木君にキスをした。
驚きに彼は目を瞬かせる。そして美結はもう一度彼の首に縋り付き、呟いた。

「…しよ、青木くん」

痛みでも苦しみでもなんでもいい。
今のこの思いに、上塗りができるなら。




 
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