■ 世界なんて所詮小さなものだった


「美結」
「んー?何、青木くん」
「俺…お前のこと好きなんだわ。付き合ってくんねぇ?」
「…いいよー」
「え、マジ!?ぃよっしゃぁ!ヤバい、すっげーうれしい!」

野球青年青木君は、感極まって思わず美結を抱きしめた。美結は笑ってそれを抱きとめて、子供をあやすかのようにぽんぽんとその背を叩く。
そして一応彼のためを思っての嘘をついた。

「私も青木くんのこと好きだよ」

…少し棒読みだったかな。



***



初めて土方とキスをした、あの日以来美結は土方とまともな会話をしていなかった。美結が土方に一番懐いているのを知っている周りの人間たちは、あの二人が喧嘩なんかめずらしいなと思っていたが、もちろん状況はそんな簡単なものではない。

美結はあの時の自分の行動を、今までずっと兄として自分を守ってきてくれた彼に対する、最大の裏切り行為だと思っていた。だからあの時あの人は、あんなに辛そうな顔をしていたのだろう、どれだけ謝っても許してもらえないかもしれない…と。
だけどわかってほしいとも思っていた。あの美結の行動に、決して他意はなかったのだということ。ただの興味本位といたずら心。それだけで、後先も考えず動いてしまったのだと。
それだけはわかってほしかった。裏切ったのではない。今まで土方を、兄として見ていなかったわけではない。

だから少女は告げた。ただ今まで通りの日々を取り戻したい、その一心で。

「十四郎さん、私、彼氏できたんだー」
「…は?」

あのキスは、ほんの出来心。ちゃんと恋心は別のところにある。そう、思ってもらいたかった。
若気の至りとしてすべてを終わらせたい。無かったことにしたい。
なんだよびっくりさせやがって。と、そう言って笑ってほしい。

「お前、何考えてんだ…?」

だけど予想と希望に反して、土方はひどく傷ついた顔をした。
それがどうしてなのかわからず、美結は戸惑う。

「だ、だって私、その子のこと前から好きだったから…そ、それで、今日その子に告白されてね、だから…」

しどろもどろな言葉を繰り返し、わけがわからない内に泣きそうになった。
土方の顔が見れない。スカートの端を握り締めた手が震える。

ただ、この関係を壊したくない。それだけが願いだ。
なのに、どうして。まっすぐ前を向いて、笑ってそれを伝えることが出来ないのか。

顔を上げれないまましばらく黙り込むと、ふと煙草の香りが漂ってきた。
驚いて思わず顔を上げると、真っ白な紫煙が目に入る。

「た、煙草…」

いつもなら、美結の前では絶対に吸わないのに。

「出てけ」
「…え…」
「出てけ。しばらく俺に顔見せるな」
「…!」

少女は血の味がするほど唇を噛み締める。そして裸足のまま庭へ飛び出し、走って屯所を出て行った。
短いスカートが翻る。狭い世間しか知らない女子高生には、わからないことが多すぎた。



 
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