▽ admiration
「今日は真田幸村たちが来るぜ」
「え!ゆっきーたちが?」
「ゆっきー…?」
いつもの朝食中の会話。ゆっきーに会える!と心愛は喜んだ。
「真田幸村知ってんのか?」
「う〜ん、しってるっちゃぁしってるし、しらないっちゃぁしらない」
「はぁ?」
ゲームの中の真田幸村は知ってる。でも実物に会ったことなどない。
知ってるっちゃあ知ってるし、知らないっちゃあ知らないのだ。
ここでは奥州と武田領地は同盟国になっているため、政宗に子供ができたと聞いて、お祝いにきてくれるらしい。
つまり、心愛が主役!今日は暇にならなくてすみそうだ。
「真田っつっても一応、オレに恥かかすようなことはしないようにしろよ」
「はじかかすもなにも、わたしちちうえになにもおそわってない」
朝食の席なので、小十郎も待機しているし侍女たちもいる。こんな時は、父上呼びだ。
小十郎は心愛の言葉にそりゃそうだなと思い、隣に座る城主をじと目で見た。
心愛はそこいらの三歳児とは比べ物にならないほど賢いが、それは政宗が教えたわけじゃない。元から持っていたものだ。恥かかすなも何もないだろう。
「Ahー…まぁ、変なことさえしなきゃいいさ」
「おーけーだでぃー。まかしとけ」
ぐっと親指を立てると、政宗もそれを返してくる。
この二人のノリは親子としておかしい。
小十郎は、いつもそう思えてならない。
***
「姫様、城内にお戻りくだせぇ。武田の者たちが到着すれば、すぐにお知らせしますから」
「だってせっかくまってたのに。いまもどったら、いままでまってたじかんがむだになっちゃうよ」
「けれども…」
門番たちを困らせてしまっている。それはわかっているが、もう三十分はこうしてここで待っているのだから、なんだか今から戻るのはすごく損した気分になる。
…どうせ戻ったってぼーっとするしかないんだし。
「姫様、戻ってくだせぇ。風邪引いちまいますよ」
「うー…わかりました…」
これで自分が風邪を引いてしまえば、きっと後々門番たちの迷惑となる。
仕方ないなと心愛は城へ戻ろうと歩きだした。
だがすぐに聞こえ始めた馬の蹄の音。もしやと思って心愛は振り返る。
そして馬に乗ったその赤い人間を見て、ぱぁと顔を輝かせた。
「おお!そなたが政宗殿の娘御にあられるか」
「おお!ゆっきーやっほー!まってたよ!」
同じテンションで返してみた。
「ゆ、ゆっきー?」
だがもちろん伝わらず。
モロに「は?」という表情をされた。だけどそんなことじゃめげない。
「はじめまして!だてまさむねがむすめ、ここあともうします!えんろはるばるよくいらっしゃいました!」
つい最近拾われたばかりの娘だとは思えないほどの準備万端お迎えテンション。
ぺこりと頭を下げられた幸村は慌てて馬から降りて、相手は子供だと言うのに同じように深く頭を下げた。
「そ、某は真田源次郎幸村と申す!わざわざ出迎えかたじけない!」
三歳児の娘にむかって腰を90度に折って至極丁寧に対応する青年。
それでいいのか真田幸村。門番たちは目を点にした。
さらにその門番たちと同様に、軽く呆れた状態でその光景を見ていた人物がいた。
律義なのはいいが、いささか威厳というものが足りない、と。
「旦那、ちょっとしっかりしなさいよ。相手はちっさい女の子よ」
「あ!さすけ!!」
「え?何で俺様のこと知ってんの?」
ひょっこりとどこからともなく現れた迷彩柄の忍。
心愛は心底興奮して思わず声を上げた。
なんせ心愛はゲームの中で武田軍が一番好きだ。
政宗に拾われたことに何も文句はないし無論感謝しているが、ここで喜んではしゃぐことぐらい許してほしい。だって何て言ったって生。
「わー!わー!わー!ほんもの!まじだ!ほんものだ!」
一人浮かれる心愛に、武田の二人はついていけない。
一体なんなんだこの子と、その小さな体を凝視した。
「おいこら心愛。オレとの今朝の約束忘れたのか。馬鹿みたいにはしゃぐな。何がそんなに嬉しいんだ」
音を聞きつけてか、のらりくらりと心愛の養父がやってきた。
その顔は明らかに不機嫌そうだ。だが今の彼女にそれを気にかける余裕はない。
「あ!まさむね!だってほんものだよ!ほんもののゆっきーとさすけだよ!」
「だから何だ」
「え……」
…ちょっと、興奮しすぎた。
父上と呼び忘れたし、ものすごい目で睨まれてしまった。それに少しだけひるむと、興奮が徐々に冷め始める。
ちょっとだけ、先ほどまでの自分の興奮ぶりが恥ずかしくなった。
「ごめんなさい…まさ―――ちちうえにはじかかさないようにがんばります。」
「ああ。さっきのお前のわけわからんtensionとその発言によってもう十分かかされたがな。」
「…すんません」
くそう…まさか自分のテンションがここまで引き上げられるとは思ってもみなかった。
さすが生幸村に佐助。恐るべし。自己は保てると、少々己を過信し過ぎていた。
…ん?そういえば。
武田と言えばもう一人、あの人がいるはずじゃないか。
一体―――
「ふむ…面白い娘御を拾ったようじゃのう若き竜。この二人を知っておるならば、儂のことも知っておるのか?」
「お…おやかたさまぁあああ!!!!!」
なんだ居たんじゃないかごめんなさいゆっきーたちで興奮しすぎて気付きませんでした!
ああやっぱあのモフモフかぶってるんだ。
あのモフモフ触ってみたい飛び込んでみたいモフモフされてみたい!
さながら幸村のようなノリで彼、武田信玄への反応を示した心愛に全員が目を丸くして彼女に視線を向けているのだが、再び舞戻ってきた興奮によって心愛はそれに気付かない。
モフモフしたい。モフモフされたい。と、それしか頭にはなかった。
「ほう、儂のことも知っておるか。良い教養を受けているようじゃな」
「オレが父親なんだ。当たり前だろ、虎のオッサン」
なんかこの人自分の手柄みたいに言った!!!
心愛は面喰って政宗の方を振り返った。
政宗は信玄たちとの会話をし続けていて、心愛には目もくれない。
けれどその表情がどこか誇らしげで、内容が「俺の娘はえらい」的なものだったため彼女自身もさほど悪い気がせず。まぁいっかとあっさり流した。
「心愛ちゃん、だっけ?独眼竜の旦那にはいつ拾われたの?」
「はつかほどまえに!」
「…へぇ…たった二十日間でここまで賢い子に育てあげたの?竜の旦那」
「あ、ああそうだな」
無理に決まってるだろ。
誰も言わなかったが、視線が全員そう語っていた。
(とゆうか心愛殿、ゆ、ゆっきーというのは一体…)
(へへ、かわいいでしょ?)
(む、む?え、いや…え?)
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