Oh my little girl !

▽ I want only you


心愛が目覚めると、そこには自分の体を抱き枕よろしく抱えて眠る政宗がいた。

ああそういえば昨日はなんだか眠れなくて、この人の部屋押し掛けて寝たんだっけ。
心愛はぼーっと養父の寝顔を見つめながら、未だ覚醒しきらない頭で記憶を探っていた。

そしてそれからだんだんと頭が冴えてくると、今のこの状況に普通に驚いた。
何かというと、自分がこの養父より先に目覚めたということだ。

こうしてこの布団に潜りこんだことは、幾度かある。
だけど自分が先に目覚めたのは、初めてだ。
なんせ心愛は寝起きがよろしくない。散々揺すられ文句を言われ、渋々起きるというのが常である。

そんな彼女が、こうもすっきりと朝を迎え、父の寝顔を至近距離で眺めている。
本人にとっては、そんな些細なことがどこか感動的でさえあった。
更に…

「がんたいしてないまさむね、はじめてみた…!」

この前彼が風邪で寝込んだ際、寝顔を見ることはあった。
けれどその時は眼帯をつけたままで。外した方がいいんじゃないかなーなんて思ったものだ。

でもそんな彼も、さすがに夜の就寝時にはそれも外すらしい。
そんな無防備な寝顔は、寝坊ばかりだった今まででは見られなかった。これはつまり早起きの特権である。
心愛はニヤリと笑った。レア政宗げっと。

「…やっぱり、めつぶっててもわかるもんなんだなー…」

右目のその瞼の下に、眼球が存在しないことが。
不自然に少しだけ内側へ沈んだそれ。いつも政宗が隠しているそれ。

「………」

心愛は何気なくそこへ手を伸ばしてみた。
そしてそっと触れる。
何かがあるわけじゃない。
ただそこに残る無数の傷跡が、何故か無性に愛しくて。繰り返し何度も撫でた。

それから少しもしない内に政宗が目を覚ます。
わずかに開かれた左目と目が合った。

「おはよう」
「…おう」
「きょうは、わたしのほうがはやおき」
「ああ、やっちまった」

にかっと笑みを浮かべる心愛を見て政宗は苦笑した。

「平気か」
「なにが」
「この目だ」
「へいきって…なに?なにかあるの?」
「…いや」

人に己の一番見せたくはないものを見せ、その上触れさせてまでいると言うのに、政宗の心は自身が驚くほどに穏やかだった。
わかっていた。自信があった。この娘は自分のこれに怯えたりなんかしないと。

それでも今までこれを隠してきていたのは、わずかばかりの恐怖心。
もし、もし拒絶でもされてしまえば…自分はもう、確実に立ち直れないと考えていた。
結局それは気鬱であったが。

「…まさむねのしんぱいしょー」
「なんだよそれ」

心愛は笑っていた。ニコニコではない。ニヤニヤだ。

病で失った右目が、この伊達政宗最大のコンプレックスであることはもちろん知っていた。
だからこそ、自分が先に起きたとわかれば一体どんなリアクションをされるだろうと、先ほど少しだけ考えたりもした。
そして導き出した心愛の第一予想は『慌てふためきながら眼帯をつける』だ。

けれど予想は大きく外れ、今尚眼帯を外したままの政宗が目の前にいる。
つまり心愛は、本当の本当に受け入れられているのだ。
そこまで心許されているのだ。この伊達政宗という人間に。
その事実に、ニヤニヤが止まらない。

「何笑ってんだ気持ち悪ぃ」
「うるさい」

政宗は心愛を頭から抱え込んだ。
心愛はそれに答えるように、きゅっと彼の着物を掴む。

「…いまからなれとくといいよ、それひとにみせるの」
「?」
「いつかまさむねもけっこんするでしょ。おくさんのまえで、がんたいはずさなきゃいけないことだってあるでしょ。そのときのために…こころのじゅんびしとけば、いいんじゃない」
「…奥さん、なぁ…しばらくはいらねぇよ」
「…すでにこんきのおくれてるばかとのが、なにをえらそうに」
「うるせぇ。とりあえずは、お前がいればそれでいいんだよ」
「…くどいてるの?」
「阿呆、誰がお前なんか口説くか」

わかってるよと心愛は笑った。

「うん…まぁしばらくはわたしも、おかあさまなんていらないよ。おとうさまだけで、てがかかってしかたないから」
「手がかかるとはなんだ」
「それに…」

さすがに、ちちうえがだれかにとられちゃうのは、さびしいとおもうし。

そう小さく呟いた娘を、誰が愛しいと思わずにいられよう。
うっかり泣きそうにまでなった父は、さらに強く娘を抱きしめた。


―――嗚呼俺は一生、こいつが傍にいれば、それでいい。






(…まさむねって おれさまなくせに、
 むだにせんしぶる だからこまっちゃうよね)
(無駄とか言うな、泣かすぞ)
(そんなことできないくせに)


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