▽ moon night
今日は月が綺麗だ。
こんな日は縁側で月見酒でもしたいところだな…
と政宗は考えるが、残念ながら彼は今右目と重要会議中だ。
もうすぐ日の本は本格的に冬に入る。となると、ここ奥州は完全に雪に閉ざされるわけで。
それに備えての話し合いがここのところ絶えない。(ここ数日、政宗含む城中の者が風邪によって寝込んでいたため)
だがそれも今日でやっと片付きそうだ。
そう思い、ふぅと零した溜息と共に、煙管から吸い込んだ煙を吐き出した。
そして、そろそろ話も終わろうかという頃。
「ちちうえ…はいっていい?」
月の光を誘いこむために開いていた障子。
そこから不安げにひょっこりと顔を覗かせたのは、言わずと知れた竜の娘。
こんな夜更けにめずらしいと、政宗は驚きつつもその娘を手招いた。
どうせもうすぐ話も終わる。問題はないだろう。同じように思ってか、小十郎も何も言わない。
「What's tha matter?」
「…ねむれない」
そうポツリと呟いた心愛。
眠れないから来てしまった、ということを伝えるのが恥ずかしいのかその頬はほんのり赤い。
だがそうやって娘が自分を頼ってきてくれたということに養父は喜び、笑みを浮かべる。
そして心愛が「ん」と手を伸ばしてくるのと同時に、腕を開いた。
すぐにそこへ飛び込んでくる存在が、愛らしくて仕方ない。
「わたし、じゃまじゃない…?」
「Of cource.もうすぐ話も終わるからな」
そっか、と政宗の着物を握りしめながら、目を閉じる。
どうやら、眠れないというのは人肌が恋しかったか寒かったからしい。
こんなとこは子供らしいんだな。
小十郎と話を進めながらの政宗の手に背を撫でられていると、彼女はすぐに規則的な寝息をたてはじめた。
子供の体温は高い。政宗の方までその熱が移ってくる。暖取りにいいかもしれない。
「Have a nice dream(良い夢を)…心愛」
やさしく細められた隻眼。背を撫でる手も、もう随分と慣れた手つきとなった。
そんな様子を眺めながら、小十郎は口を開く。
「政宗様…一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「Ah?」
「何故、その子を自らの娘にしようなどと」
戦で孤児になった子供なんぞ、数え切れないほど見てきたじゃないか。
彼の視線がそう語る。
その上でなぜ、今回だけそれを拾おうと思ったのだと聞いているのだ。
「………随分と今更な話じゃねぇか」
「そういえばお話いただいていなかったかと、思いまして」
「………」
確かに、戦で家族や村を失くした子供は今まで散々見てきた。
だが今まで、これほどまでに厚い救いの手を与えたことはなかった。
ましてや、城に連れてくるなどということはあり得ない話だ。
なぜなら、そんなことをしてしまえば切りがないから。
居場所を失くした子供はたくさんいる。
それら一人一人に手を差し伸べることなど到底不可能。
自分には国主としてすべきことがある。国主として出来ることがある。
なればこの己自身の手を差し出すことは、正しいことではない。
国を統べる者として、してやれることがきっとある。
――――今までずっと、そう割り切ってきた。
割り切って、差し伸べようと動く己の手を制してきた。
唇を噛みしめ、拳を握りしめて。
耐えてきた。
それがなぜ急に、と小十郎は不思議なのだろう。
「…こいつはオレの目の前で気を失ったからな。あのままあそこに放置するなんてできなかった。だから連れてきた」
「答えになっておりません。何故、どこかで里親を探すでもなく、あなたの娘にしようと決めたのかと問うております」
「…なんでだろうな」
憐み?同情?気まぐれ?政宗自身にもわからなかった。
ただ、家族やすべてを亡くしても涙一つ見せない少女が。
戸惑いこそすれすぐに気丈に振舞ってみせた少女が。
不可思議であると共に、政宗の興味を誘った。
そうだきっと、初めは興味本位。
不可思議極まりない少女を、手元に置いて見ていたいという…ただの思いつき。
だが今は―――
「今は、こいつがどうしようもなく愛しい」
それだけなら自信を持って言えるぜ。
そう言って、眠る心愛の頭を撫でながら政宗が笑えば、小十郎は一瞬目を丸くする。
だがすぐに、微笑ましげにその双眼を細めた。
変わられましたな、とそう呟く声は非難するものではない。とてもやさしげで暖かだ。
「それにな…こいつは、戦争孤児なんかじゃねぇ」
「?では、一体…」
「そりゃわからねぇ。だが、こいつがそこいらの村のそこいらのガキなわけがねぇんだよ。それを俺は、あの時、あんな薄暗い森の中で、見つけた。見過ごしていたっておかしくなかった。
だが俺は、見つけた。そして連れ帰った」
「…それが、運命だったのだとでも?」
「Ha!さあねぇ。だが…こいつは、間違いなくGodからのpresentだぜ。有り難く受け取っとくべきだろ」
運命
その台詞は、心愛が政宗の養女となる前、心愛自身が彼に言った言葉であった。
自分たちの出会いは運命だと。
神様の仕業なのだと。
心愛が政宗に説いた話そのものである。
あの頃はまったく本気になどしていなかった言葉だが、今ならなぜか信じられる。むしろそうとしか考えられない。
そこまで思ってしまう自分がおかしくなり、政宗は小さく苦笑を零した。
自分は本当に、随分と変わった。運命だなんだ、本気で語るような人間じゃなかったろうに。
つとそこで心愛が身じろぎをし、完全に政宗の胸に顔を押し付けるように首を動かした。
そこでふと腕の中のそれを見下ろした政宗は、あるものを見て「Ah?」と声を出して首をかしげる。同じように小十郎も、不思議そうにそれを眺めた。
心愛の髪の隙間からのぞく、なぜか真っ赤に染まった耳。
双竜は揃って声を殺して苦笑した。
そして更なる追い打ちをかける。
「こいつは、オレの自慢の娘だ」
「そうですな」
ニヤリと笑いながら政宗が呟けば、その腕の中で娘は居心地悪そうにまた身じろぎをする。
心なしか、養父の着物を掴むその手もほんのり赤みを帯びていた。
くくく、と今度は声を殺しきれずに笑う政宗。
やっぱり俺の娘はただ者じゃねぇなと、なぜだか誇らしくなる。
「小十郎、もう下がっていいぜ」
「は。」
小さく頭を下げる彼の口元にも、やわらかな笑み。
そのまま、おやすみなさいませと言って部屋を出た。
先ほどあんな質問をした彼だが、別に今心愛が城にいることに反対なわけではない。
むしろいいことだと思っている。
親から満足な愛情を受けられなかった主。
その主があんな愛おしげな目で娘に愛情を注ぐ姿は、幼い頃からの主を知っている彼にとっては涙ものだ。
主にそんな変化を与えてくれた心愛に、小十郎は感謝してもしきれないと思っている。
先ほども――…
「…やはり、できた娘だ」
苦笑と共に漏れた言葉は、静かな月夜に溶けて消えた。
(Hey kitty.いつまで狸寝入りしてるつもりだ?)
(!?)
(Ha!バレてねぇと思ったか?)
(……うー///)
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