Oh my little girl !

▽ family love


「まさむねー入るよー」
「OK. My kitty」

襖を開けると予想通り、彼は緩んだ顔をしていた。
数日大人しくしていただけあって、そろそろ元気を取り戻しつつもあるようだ。
寝込んだ初日は、そりゃあもう…なんかかわいかった。

思い出すとつい笑いがこみ上げてくる。
朝餉を食べさせてくれと言ったり、眠るまで手を繋いでろと言ったり。こいつは案外寂しがり屋なのだと知った日だった。

「…何笑ってやがるんだ?」
「いや、べつに?」

ぶふふと漏れ出す思い出し笑いを堪えつつ、政宗の枕元に座る。
そして水を張った(みかんが浮いてる)桶を隣に置いた。
それから政宗の額に乗っていた既に温くなっている手拭いを桶の水に浸して、絞って、額に乗せ直す。(フルーティーな香りになった)
慣れた作業だ。不器用ながらにも、これは畳を濡らさずにできるようになった。

「きょうのおやつはみかんですよーあまくておいしいよー」
「…お前もう食ったのか?」
「いや、そんなきがするだけ。とゆうかがんぼう?」
「…そうか」

甘かったらいいなー。てか甘くなれよー。
そんな願いを込めながら皮を剥く。
実まで削いだらしくボタボタと汁が滴っているが。その汁が心愛の膝と政宗の部屋の畳と政宗の布団を汚しているが。

コツだのなんだの、理解してても実行できなきゃ意味がない。
しかし心愛は鼻歌混じりに皮を剥き続ける。
というか他者から見ればその行動は、みかんをただぐじゅぐじゅにしてるようにしか見えない。横たわっている養父にも、そうとしか見えない。

―――これはなんだろう、新手のイジメだろうか。
昨日も、何故かめった刺し状態でスプラッタな林檎を差し出されたっけ――――
と、昨日のあの可哀想な林檎を思い返してみるも、

「はいまさむね、むけたよ。あーん」

そんな考えはすぐにどこかへやって、大人しく可哀想なみかんを口にしてしまうのが、この養父である。

「おいしい?」
「…Yes」

中身がすべて絞り出されたみかん(人はそれを薄皮と呼ぶ)においしいもへったくれもないのだが。
もぐもぐと咀嚼しながら、政宗は額の上の手拭いがずれない程度に頷いた。
その反応に娘は喜び、せっせせっせとさらに剥く。
剥いては養父の口に入れ、たまに自分の口に入れ、また養父の口に入れ。
だんだん飲み込めなくなってきた彼の口には、薄皮がいっぱいだ。

…とゆうか綺麗に剥けたのだけ自分で食しているように見えるのは、気のせいだろうか。

「(気のせいだと思いたい…)」
「あ、そういえばまさむね、きょうはおくすり、のこさずにのんでるね」

空っぽになっている器を覗き、心愛は政宗に笑いかける。
皮が邪魔して言葉を発せない政宗はこくこくと頷いた。

「うん、えらいえらい」

嬉しそうに。政宗の頭をなでなでなで。

思わず彼は目を丸くした。
今まで、人に頭を撫でられるようなことがあっただろうか。
そんなことをやってのける人間がいただろうか。

「ねつもさがってきたみたいだね。よくがんばりました」
「…お前のおかげだ」

ようやく皮を飲み込んでから、政宗は心愛の手を握った。

ふよふよとやわらかい、子供の手。
けれどその指先は、城の姫とは思えぬほど荒れている。冷たい気温の中冷たい水を手に、城中の人間の看病に回っていたせいだ。
手拭いを浸しては絞って、額に乗せて。また別の部屋でも、浸しては絞って、額に乗せて。
一日に何度、それを繰り返したんだろうか。

そして自分も、この手にどれほど世話になってしまったろう。
どれだけのものをもらったろう。
こんな小さな手に。

「Thank you…心愛」
「ゆあうぇるかむ、ちちうえ」

…つい忘れていたが、みかんをぐじゅぐじゅにしていた心愛の手はべったべただ。
娘の手を握った後で手を洗うなどということはしたくなかったが、仕方なし、政宗は桶の水で手を洗った。
そして心愛は、当然のごとく、何とも思わない顔で、平然と、洗った。

「………」


ちょっと愛の差を感じた養父であった。







(きょうもねるまで、てつないであげようか?)
(………ああ)
(え、まじで?きょうは、もういしきもまともなのに?)
(…………)
(あーうそうそうそ。すねないすねない)

prev / next

[ back to top ]


- ナノ -