Oh my little girl !

▽ have a cold


「ごほっごほっ」
「なるなる、だいじょうぶ?」
「う…水…」
「ここにあるよ、はいどーぞ」
「ありがと、心愛ちゃん…」

成実が布団から体を起こすのを手伝い、それから心愛はにっこりと笑う。

ああ、天使ってこんな感じかなー…

などと成実は思った。
彼は熱に侵されている。

「じゃあわたし、そろそろこじゅーろーのほうみてくるね」
「うん、ありがと心愛ちゃん」

どういたしましてと笑って、成実の飲み終わった薬湯の器と水を張った小さな桶を手に立ち上がる。
ちゃんと寝てるんだよと、そう言い残して心愛は彼の部屋を後にした。

この器を厨房に持って行って、次は小十郎の部屋へ行って、また器を回収して厨房へ行って…と、めずらしく近頃の心愛には予定がいっぱいだ。

「こじゅーろーはいるよー?」
「駄目だ、うつるかもしれねぇ…」
「だからうつらないってば」

堂々とそう言い切り、心愛は襖を開けた。

ここ奥州の米沢城では近頃、城全体に渡って風邪が蔓延している。
女中や下男、さらには成実や小十郎といった武将たちにまで。
心愛はそれらの看病に追われていた。

わずかに残っている無事な者は皆、倒れた人間たちの分まで仕事をこなさなければならないため、看病どころではない。
それを理解している心愛は、この役回りを意気揚々と買って出た。
当然、城主の娘にそのようなことをさせられるわけがないのだが。
心愛の強い押しと、猫の手も借りたい状況で、結局彼らは心愛を頼った。
心愛としては、それは非常にありがたいことであった。

なぜなら最初にその風邪を引いたのは、心愛だったから。
季節の変わり目に体調を崩し、心愛は数日熱にうなされた。
そのため政宗を始めいろんな人間が心愛を心配し、看病してくれた。

その結果、誰が一番だったか見事に心愛の風邪をうつされ、徐々に感染し、気づけば城内は病人でいっぱいに。
まぁどう考えたって、原因は自分だった。しかも当の本人はすでに風邪を治して全快だ。

…これが何もせずに部屋で一人遊びなどしてられようか。

「しかし…」
「わたしは、もういっかいこのかぜかかってるんだから、うつるわけないの。びょーにんはおとなしく、かんびょうされてなさい」

ぴしゃりと額に濡れた手拭いを乗せられ、布団に横たわったままの小十郎は小さく眉を寄せる。
もちろんそんなもの、手拭いの下に隠れていて心愛には見えないのだが。
なんとなく、あ、これは怒ってるな、というのは空気でわかる。
だがそんなものに怯む心愛ではない。

「まだおかおあかいよ、ねつひいてないんでしょ。わたしなんかのしんぱいなんかしないで。じぶんのしんぱいをして」
「…ハァ」
「なにそのためいき。いっとくけどわたし、けっこういまやくだってるんだよ?みんなわたしがかんびょうにいくと、げんきでるっていってくれるし」
「…そりゃそうだろうな」
「?」

実際俺も元気が出そうだ。
とまで、基本子供は甘やかさず育てる主義の彼はさすがに言わないが。
呆れた表情のまま、心愛の頭を撫でた。

正直、体が重くて頭に霞がかかってて、腕を少し上げるのでさえ億劫なのだが。
それでも彼は手を伸ばした。ここ数日、小さな体で一生懸命看病に駆け回る彼女を労わる様に。
心愛は少し驚いたような顔をするが、すぐにふにゃんと笑う。
そして自らその手にすり寄った。もっと撫でて撫でて、と言わんばかりに。
そんな心愛に内心小十郎は「かわいいなコンチクショー!」状態である。

もちろん表情は平静を保っているが。
なんだかんだ、彼も彼女の養父同様…親馬鹿だ。

「じゃあわたし、つぎいくね。ちゃんとねてるんだよ?」
「…ああ」
「よし、いいこ」
「お前に『いい子』なんざ言われる日が来るとは思わなかった」

ブスッとする小十郎に笑って、心愛は先ほどと同じように空の薬湯の器と桶を手に厨房へ向かった。
ここ数日、午後はずっとこれの繰り返しだ。朝餉と一緒に配った薬湯を、各部屋を回ってすべて回収する。
手拭いを浸すための桶も一緒に持ち歩いているので一度に器は一つしか持てないため、一回一回行ったり来たり。
器と桶を持って厨房に行って、水を入れ替えた桶を持って部屋に行って、桶と器を持って厨房へ行って。

けれど次の部屋へ行く場合だけ少し勝手が違う。

「心愛様、次は殿のお部屋ですか?」
「うん」
「ではこれを持って行ってくださいませ」
「みかん!」
「ええ。心愛様、みかんの剥き方はご存知で?」
「とーぜん!わってからむくのが、こつだよね!」
「では殿に剥いて差し上げてください。きっと喜びます」
「わかった!」

喜多からみかんを数個受け取り、心愛はにんまり。
これは殿―――つまり政宗のおやつであり、心愛のおやつである。

昨日はりんごで、一昨日は柿。
果物が続くが、それは仕方ない。やはり病人には果物だ。

心愛が寝込んでいた時、一番心配していたのは養父である彼であり、一番傍にいてくれたのも彼だった。
まぁだからというか、当然彼も感染した。
そして何気に一番病状が重い。薬嫌いも相成って一番手間がかかる。厄介だ。

「みかんみかん〜♪」

でも決して看病は苦ではない。
不謹慎だとわかっているけど、普段何もできない分、こうして役に立てるのは嬉しいことだった。

自分が部屋へ来た瞬間に見せる、あの緩んだ顔を見るのも悪くない。
遅くなってごめんねーさびしかったねーとからかってやるのも悪くない。






(ほんとに、せわのかかるちちおやなんだから)

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