Oh my little girl !

▽ an excursion


「ねぇ心愛ちゃんって、紅葉好きなの?」
「え?」

成実にそう唐突に問われ、心愛は首を傾げる。
だがまぁ好きは好きなので、一応「うん」と返した。

「ああ、やっぱり。ほら、この前真田たちが来たときのお茶会、なんだか紅葉にこだわってたみたいじゃん?」
「あーうん。にわのもみじがきれいだったからね」
「そっかそっか。なら、今日は俺と一緒に遠乗り行こうよ」
「とおのり?なんで?」
「もー話の流れからわかんねぇ?あれだよ、紅葉狩り!」
「もみじがり?もみじかっちゃうの?」
「いや狩らないよ!?そうゆう風に言うだけであって、ただ紅葉見るだけだし」
「なるほど。おはなみみたいなかんじ?」
「そうそう。秋の行楽だよ」
「ふーん」
「ね、行こう行こう。ほら準備して」
「それ、にわのもみじでもいいんじゃないの?きれーだよ?」
「駄目駄目。庭のも綺麗だけどさ、野生の紅葉はなんていうか、やっぱ違うよ」
「うーん、わかったぁ。じゅんびしてくる」
「おっけー。じゃあ門のところで待ってるよ」
「りょーかい」

それから二人は、「オレも行く!」と駄々をこねる政宗(執務大量に溜めこみ中)を振り切って、紅葉狩りへと旅立った。



***



のんびりのんびり、一行は山道を進んでいた。
ちらほらと紅葉(こうよう)が見え始めるが、成実曰く向かっている場所はもっとすごい、紅葉の名所なのだという。
そう言われれば心愛も期待する。胸躍るプチ二人旅だ。

「そういやなるなる…わたし、うまのるのはじめてだった」
「あれ、今更?もう小半時ぐらい経ったけど」

なるほどどおりでこんなに緊張するわけだ。
と、ぱっかぱっかと揺られつつ、心愛はようやく合点がいった事実に頷いた。
その後で成実は小さく苦笑。
この子は賢いけれどどこか抜けていると改めて思った。

「にしてもそうかー俺が心愛ちゃんの初めてかー」
「そうゆういいかたは、こどものきょういくにはよろしくないかと」
「いやいや、すぐにこの冗談の意味を察せれる心愛ちゃんはもう十分大人だよ」

片手で手綱を握り片手で心愛を抱える彼は、そう言って笑った。
笑った…が、内心そう笑えていない。
彼にとってその冗談は、一種の鎌掛けであった。
彼女が反応するか、否か。

「あ、ねぇ、どんどんあかいろときいろがふえてきたね」
「ああ、もっと行ったらもっとすごいよ」
「へー」

心愛は黄色が好きだ。そして武田軍カラーの赤が好きだ。
だからというわけではないが、紅葉(こうよう)が好きだ。
ウキウキウキ。
ああ、写真撮りたいなぁ。デジカメ恋しいなぁ。
なんでせめて携帯握りながらトリップしてこなかったんだ私、と心愛は今更悔やんだ。

「…心愛ちゃんさー」
「うん?」
「紅葉(こうよう)好き?」
「うん」
「いつから好き?」
「うーん、いつからだろ。ずっと前から」
「でも心愛ちゃんはさ、多くても今まで三回しか秋を味わったことはないだろ?」
「ううん。じゅうろっかい」

信玄たちと心愛の年齢についての話になった時、成実はその場にいなかった。
だからまさかの十六歳発言に、目を丸くする。
自分の前に跨って正面を見据えたままの子供の表情は見えない。
しかしその声には何も揺らぎなどなく、確固たる意思が込められている。
嘘をついているようには、思えなかった。

「へーそっか、心愛ちゃん十六だったのか。知らなかったな」
「…しんじるの?」
「え、うそなの?」
「いやほんとだけど」

心愛としては、どうせ信じてもらえないだろうと思っての発言だった。
しかし成実の返事は子供を宥めるそれではなく、本心からのものだと思ったから。
心愛は思わず振り向いた。成実は、穏やかに笑っていた。

「なるほど十六かーならそんなに賢いのも頷ける、かな…?いやでも普通の十六の女の子は異国語なんてしゃべれないよな…やっぱ心愛ちゃん普通じゃねぇよ」
「まぁ、うん、そうだろうね。…いやまずじゅうろくのおんなのこがこんなにちっさいってのが、いちばんのもんだいなんだけど」
「だねぇ。なんでそんなちっこいの?」
「ちぢんだの」
「そりゃ大変だ。病気?」
「たぶん…ちがうとおもう」
「わかんないんだ?」
「うん」
「うーん…一応薬師にでも見てもらう?」
「たぶんいみないとおもうけど…てかなるなる、ふつうだね」
「何が?」
「はんのうが」

だって対応がまともだ。

「あはは、だって心愛ちゃん、猫かぶりはするけど嘘はつかないだろ?」
「!」

ね、猫かぶりがバレている!
あ、でも日々ちょこちょこついてる嘘はバレてない。
セー…フ?

「それに心愛ちゃんが三歳だろうと十六歳だろうと、俺より年下ってことには変わりねぇし」
「?」
「俺の妹ってことに違いはないだろ?」

…前も思ったけど、いつから自分は成実の妹になったんだろう。

心愛はあからさまに眉間に皺を寄せた。
成実と政宗は当然親子ではない。従弟だ。
どう考えたって心愛成実兄妹説は成り立たない。

「ま、俺が勝手に言ってるだけだけどさ。俺ずっと妹が欲しかったんだよねー」
「…そうっすか」
「あ、ほら着いた!ここ。ここの紅葉が一番綺麗」
「え!?」

成実の言葉に、心愛はぱっと正面に振り返り、辺りを見回した。
そしてつい息を呑む。
辺り一面、真っ赤っか。

「す、すごいすごい!すっごくこいもみじ!」
「ああ、よかった丁度見頃だったな」
「きれー…」

さぁっと風が吹けば、一瞬にして秋の匂いに包まれる。
そして紅葉が舞い、ひらひらひらひらと揺らぎながら地へ落ちる。
一枚。また一枚。
心愛は飽きもせず、ただそれをじっと見つめていた。

派手な色で自分を主張して、精一杯に秋を演出して。
けれど冬になれば、すべて散ってしまう。
そんな儚さが、心愛は好きだった。

紅葉を儚いと形容することは少ない。
けれど心愛はこの秋の演出家たちを見るたびに、何故か儚さと切なさを感じて仕方なかった。

「…やっぱり、大人なんだなぁ」
「え?」
「ただのちびっこは、そんな風にじっと景色を楽しむなんてことできない」
「ははは、そうだね」

それに…と、成実は心の中で続ける。

―――ただのちびっこは、そんな顔しない。

覗き見た心愛の顔に、一瞬、何かの片鱗を見た。
儚げで切なげな、女≠フそれを。
自分は目がおかしくなったのか、それとも頭がイカれたかと少し疑ったけれど。
心愛ならやっぱり何があっても驚かないなと思った。

「うーん、じゃあ、ここはちびっこらしく…かるか!」
「ちびっこらしく狩るって何!?」
「とうぜんもみじを!かるぞぉ!なるなる、おろしておろして!」
「え、マジで狩るわけ…?」

そう言いながらも成実は、心愛を丁寧に抱き上げて馬から下ろす。
心愛は楽しげに「うん!」と頷いた。

「かる。いっぱい、おみやげもってかえらなきゃ」
「お土産?」
「うん。ちちうえ、きたがってたのにこれなかったから。もってかえってあげる」
「…そっか。きっと梵喜ぶよ」
「うん!」


彼女が誰だろうと何だろうと、本当はどうでもよかった。
ただ彼女が来てからというもの、城内の雰囲気は明るくなり、主の空気はやわらかくなった。

彼が笑顔を見せることが増えた。
彼がいろんな表情を出すようになった。
あの彼が、人を愛せるようになった。

彼――――政宗の、様々な変化。
それは紛れもない事実であり心愛の功績だ。

彼女が誰だろうと何だろうと、どうでもいい。

その事実だけで十分だ。






(あ!なるなる、あっちにはまっきっきのいちょうたちが!)
(よしじゃんじゃん狩るぞぉ!)
(おおお!……まぁかるっていっても、おちばひろうだけだけど)
(…だね)

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