Oh my little girl !

▽ tea break


「心愛殿はどうされたでござるか、政宗殿」

部屋に朝餉が運ばれてきたが一向に現れない心愛を不思議に思い、幸村は政宗にそう尋ねた。その政宗はというと、既に朝餉に手を付けていた。

「あいつぁ飯食ってる余裕なんかねぇとよ」
「余裕がない?」
「何をしておるのじゃあの娘は」
「まぁまぁ信玄公、お楽しみってやつだよ。待っててもたぶん来ないし、食べた食べた」

もう少しで心愛自身の出汁が取れるところであった吸い物を啜りながら、成実が言う。
普段はこのような場には現れない成実だが、今は小十郎が心愛に付いているためそれの代理だ。
渋る武田組を促しながら尚も片っ端からガツガツと飯を口に運ぶ。
するとやたらでかい葱が口内に侵入してきた。当然、心愛が切ったものである。

「…うん、早く食べなって。心愛ちゃんの頑張りが伝わってくるから」
「「?」」
「うめぇよな、成実」
「うん……まぁ…「う め ぇ よ な ?」
「うん!超うめぇ!」

ここで親馬鹿を発揮された。

口いっぱいの葱の辛みに若干涙を滲ませながら、成実は何度も大きく頷く。
そして「なら俺のこれもやるよ」と器に放り込まれたほんとに素材そのものな感じの葱やら人参やらに項垂れた。

娘が可愛いならお前が食えよ。



***



朝餉の後、一行は政宗に案内されながら城を歩いていた。
そこで心愛が待っているという。だが今自分たちはどこに向かっているのか、そこで心愛が何をしているのかなどについて彼らは何も聞かされていない。
頭に疑問符を浮かべながら、心なしかウキウキしている様子の政宗に続くだけだ。

「政宗殿、一体何があるのでござろう」
「これから心愛があんたらにdessertを振舞うんだよ」
「でざあと?」
「ほらついたぜ」

一つの部屋の前で立ち止まり、政宗は襖に手をかける。
しかしそれが開かれる前に中から声が飛んできた。

「ま、まってまさむね!まだだめ!」
「Ahn?」
「ちょ、もうちょっとだからふわぁぁあ!」
「!?如何した心愛殿!」
「な、なつめたおれた!」
「は?」
「あああ!ちょ、心愛ちゃん動かないで!片づけるから、踏まないように!」
「ほら心愛、手ぇ拭いてやるから」
「ふぁい…」

部屋の外の一同、訳が分からずただ沈黙。
政宗・成実には中で何が起こっているかの予想がつくが、如何せん何故そこに猿飛佐助までもがいるのかわからない。信玄・幸村にいたっては何もかもちんぷんかんぷんだ。

ちなみに心愛の言った『なつめ』とは『棗』のことである。
これの漢字変換が脳内で施されれば、武田組にも中の様子が理解できたであろうが。
心愛の舌っ足らずな日本語でそれは不可能であった。

「……もういいか、心愛」
「う、うんいいよ」

しばらく廊下で待った後、中が落ち着いたようなのを見計らって声をかける。
返って来た不安げなその声が気になったが、とりあえず政宗は襖を開けた。

一行の目に入ったのは、先ほどまでとは違った着物を身に纏い、緊張した面持ちで正座している心愛。
それと彼女の両サイドに座る佐助と小十郎、そして彼女の前に置かれた茶道具だった。
小さな炉を切ったその部屋はそう、城内に据えられた茶室だったのだ。

「よ、ようこそ。おまちしておりました」

ちょんと畳に手をついて、ぺこりと礼。
その精一杯感溢れる作法に、一同きゅんきゅん。

「とはしめずにあけていてください。このへやからみえるにわのけしきを、おたのしみください」

小十郎に教え込まれたのであろう台詞を言い、微笑。
それはいつものにっこりとした笑顔とは程遠く、若干目が笑っていないようにも感じられた。

心愛は、正直いっぱいいっぱいだった。緊張で手が震えている。
この世界に来てから何度かお茶の稽古を受けたが、こうしてちゃんと人に振舞うのは初めてだ。
ちゃんとしなきゃ、とそう考えるだけで先ほどまで、茶は零すわ茶筅は折るわ棗の中身はぶちまけるわ、かなり大変だった。主に小十郎が。

皆未だ戸惑いながらも各々席に座り、緊張でがちがちの心愛の様子を伺う。
『でざあと』とは茶のことでござるか、と幸村は間違った英語を覚えた。

「まだまだおさほうもおぼえたてなんですが、きょうここをさってしまうみなさまのために、おちゃをたてさせていただきます。よろしくおねがいします。…ええと、それでは…」

その前のいろいろな作法をすっ飛ばして、心愛は茶を点て始める。
一つ作業を終える度に、小十郎の方を伺っておろおろ。「あってる?あってる?」と目が語っている。しかし小十郎は、それに気付いていながら無視。
なかなかシビアな教育法である。

「え、ええと…た、ただのおちゃかいなので。みなさんもっときがるにどうぞ」

それは言外に『なんかしゃべれよ空気重いんだよ』と語っていた。

「…こ、このようなところに茶室があったとは、驚き申した」

そして心愛のそんな無言(?)の訴えに応えたのは、めずらしく幸村である。
袱紗をどうにかこうにかしながら、心愛はほっと小さく息をついた。

「ああ、堅っ苦しいのは面倒だからな、露地は設けちゃいねぇんだ。ここから見える庭で十分だろ」
「うむ。手入れの行き届いた良い庭じゃ」

色鮮やかな紅葉が広がるその光景は、世辞抜きで本当に綺麗だ。
心愛もこの風景は気に入っている。

「…心愛ちゃん、心愛ちゃん」
「ん?どうしたの、さすけ」
「あれ」
「?…ああっ!え、ええと、おかし、どうぞ」

既に心愛は棗に茶杓を突っ込んでいる状態であった。
菓子を勧めるにはいささか遅いタイミングである。
幸村は待っていましたと言わんばかり。待て≠されていた犬さながら。
それを見て心愛は笑った。いつもの笑顔である。

それまでは内心はらはらしながら(外はもちろんポーカーフェイス)娘の様子を見守っていた政宗であるが、緊張もほぐれて来た様子の心愛に一安心。
紅葉を模したこなし(竜田川と呼ばれる。白餡の菓子)を口に含んだ。

「…わたし、あさごはんつくるおてつだいしようとおもったんだけど、できなくて」

丁寧に茶を点てながら、心愛は苦笑する。
鍋に落ちかけたあの瞬間を思い出した。よく考えればあれって、死にかけてたって言っても過言ではない。

「でもおやかたさまやゆっきーになにかしたいって、わがままいって。そしたらちちうえが、ここのじゅんびしてくれたの。めしがむりなら、でざーとでいいだろって」
「いやぁでも心愛ちゃん、飯作りも頑張って手伝ったんだろ?大丈夫、ちゃんとわかったよ」
「え!ほんと!?なんでなんで?なんでなるなるわかったの?」
「…愛が感じられたからかn「黙れ成実きもちわりぃ」

点て終えた茶を置いて、心愛はきょとん。
彼女は知らない。
自分のまともに切れてなどいない食材が、そのまま料理に投入されていたことを。
そしてそれを投入したのが、今成実を斬り捨てんばかりに娘を溺愛する養父だということも。

点てられた茶は小十郎の手によって、正客である信玄の元へと運ばれる。
心愛が選んだその茶碗は、白地に紅葉が散りばめられたものである。
そしてよく見れば、心愛の着物も、紅葉柄。当然菓子も、心愛が選んだもの。
今回心愛は、とことん紅葉にこだわった。

それに気付いた信玄は興味深げな笑みを浮かべる。
ここまでの配慮は、到底三歳児では成しえない。
毒見が必要かと佐助が立ち上がろうとするが、信玄はそれを制す。
そしてその後茶を受け取った幸村も、信玄と同じ行動をとった。

それから政宗に成実、そして佐助に小十郎と、全員に茶が渡り、全員がそれを飲み終えた。
心愛はというと先ほどから、再び戻って来たドキドキに襲われている。
誰も感想を言うような無粋なマネはしないため、静かな空間が不安で仕方ない。

そしてとうとうそれに耐えきれず―――――

「…ど、どうでしたか…?」

聞いてしまった。
聞くもんじゃないと、わかってはいる。
けど聞かずにはいられなかった。

ドキドキドキドキドキ…!

美味しかったかな、濃かったかな、薄かったかな…!
初めて点てた時は頑張って混ぜ過ぎて抹茶カプチーノ風になってしまったが…今回は大丈夫なはず!無意識にやってなきゃ!

「うむ。心の籠った、よい茶であった」
「結構なお手前でござりましたぞ!」
「うん、美味しかったよ心愛ちゃん。俺様の分までありがとね」
「ちゃんと作法も覚えてたな。よかったぞ」
「さすがは俺の妹!」

誰がいつ妹になったというのだ成実。

…まぁそれはこの際置いといて。一同からの言葉に、心愛はほっと胸を落ち着かせると同時、ふにゃあと蕩けるように笑った。
その蕩け中の生物の隣に座っている小十郎は、思わずその頭を撫でる。
誰かが「ずるい」と呟いたそうな。

「えへへ、よかったぁ…」
「That's impressive ! Good job kitty !」(さすがだ!よく頑張ったな!)
「ふぉあ!?」

ひょいっと、政宗に抱きあげられた。
今まで黙っていたと思ったら、どうやら感動を噛みしめていたらしい。
それからもいろいろ褒め言葉のようなものを叫んでいるが、聞き取れたのはここまでだ。
大事なことは日本語で言うべきだ、と心愛は思う。
けれど結局、たとえよくはわからなくても笑ってしまう。

なんだかんだ、この人に褒めてもらえるのが一番嬉しいのだ。

「うん、ありがとう、ちちうえのおかげだよ」
「Ha!Your welcome.」

…本人に自覚はないが。
先ほどから蕩けたままの心愛の顔同様、養父の顔もとろとろだ。


それからしばらくして武田軍一行は奥州を去った。
次会うまでに、もっとお作法上手になっておくから。だからまた、お茶飲んでね。

―――という、心愛との約束を交わして。








(政宗殿ー!某にも心愛殿を抱かせてくだされ!)
(あ、俺様もー)
(Reject!!)
(…今竜の旦那なんて?)
(『ことわる!』だって)
(ケチでござるぅ!)
(ケチじゃねぇ!)

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