Oh my little girl !

▽ Let's cooking


「おやかたさむぁぁああ!!!」
「おお心愛」

さながら幸村のような声を上げながら、武田信玄の懐へバフンと飛び込む心愛。
ここ数日の朝の日課である。ちなみに信玄に対するこの行動を養父である政宗が羨ましがっているということを、心愛は知らない。
そして信玄に撫で撫でされている心愛を、今まさに幸村が妬ましげに見ているということも、彼女は知らない。

「心愛はいつも元気じゃな。良いことじゃ」
「ありがとうございます!だいすきなおやかたさまがいてくれるから、ここあはげんきです!」
「うむ。儂もお主が気に入ったぞ。どうじゃ、共に甲斐に来ぬか」
「うきゃーおやかたさまからきゅうこんされた!よろこんで「誰が許すかfool kitty」

満面の笑顔の心愛の襟首を掴み上げて、娘の興奮を鎮めるは彼女の養父・伊達政宗。
幸村が慌てて女子にそのような扱いをするものではないと言うが、政宗は問題ないと答える。
実際、うわーと言いながら手足をブラブラさせる心愛は、邪魔をされたにも関わらずなんだか楽しそう。

そう言えばこの親子はこんなんだった。
呆れると同時に、幸村は何とも言えない溜息をついた。

「けどちちうえーみんなもうおひるにはかえっちゃうんだよー?」
「だから何だ」
「ちょっといちゃいちゃするぐらいいいじゃん」
「いいじゃん」
「ちょ、オッサンまで乗ってくんな!」

まさかのお館様の『いいじゃん』発言。
政宗並びに天井裏の佐助はどん引きだが、心愛は一発KO。
そんなお茶目なお館様も大好きぃ!と再び彼の懐に飛び込んだ。

「…オレぁお前のシュミがわからねぇ」
「しつれいな!おやかたさまのこのみりょくがわからないちちうえのほうこそ、きがしれない!」

いやそこに政宗が信玄の魅力を感じてしまったとしてもそれはそれでいろいろ問題だ。
全員心の中で総ツッコミ。
だがもちろん心愛はそんな空気に気づきはしない。

「…そうでござるな…もう心愛殿とはお別れか…」
「ゆっきー…さびしがってくれるの?」
「もちろんでござる!」
「ゆ、ゆっきぐへぇっ!」
「Hey kitty…お前はいつから抱きつき癖ができたんだ」
「げほっごほ、ぐへっ!」

本気で喉絞まった。今のはヤバかった。
涙目心愛。
仰天幸村。
対する養父は不機嫌全開。

「ゆっき〜ちちうえのしっとがこわい〜!」
「Shut up!ったく…よし、お前もこい」
「は、え!?ちょ、どこへ!」

襟首を持たれてプラーンと宙づりにされたまま、心愛は焦る。
今日がみんなと一緒にいれる最後の一日なのだ。
いちゃいちゃ…ってゆうかとりあえず一緒に遊んでいたい。

「今日の飯は少し豪勢にしようかと考えてる」
「?昨日も豪華だったよ」
「…今日もなんだよ」
「あーじゃあもしかして、ちちうえもつくるんだ?」
「That's light.お前も手伝え」
「ふお!?」
「無駄に時間を潰すより、オッサンたちのために何かをする方がいいとは思わねぇか?」
「………」

きょとんと心愛は大きな瞳で政宗の顔を見つめる。
その瞳には『いいの?』という疑問が込められていた。

心愛が厨房に入ったことはない。
それはそもそも#心愛#が厨房に入りたいと言ったことなどないからなのだが、それというのもこの時代において厨房というのは、警備面で城の中でも重きを置かねばならない場所だろうし、政宗自身も厨房に立つような人間なのだからそれは他一倍だと心愛が考慮してのことだった。
異端分子である自分が、容易に入っていい場所ではないだろうと。

「オレの娘が厨房に入れない理由なんかあるか。どうすんだ?手伝うか?」

数秒の間。

だがその後、コクリと。
心愛は大きく頷いた。
その様子に信玄も幸村も頬笑みを浮かべる。当然、政宗もゆるりと表情を崩した。

三歳児らしからぬこの子供が、どこかで妙な線引をしているのには当然気づいていた。
いつもその線を取り除く機会を窺っているわけだが、ここでもまた、その作戦に成功したようだ。

「You are Good girl.」

襟を掴み上げていたのをきちんと抱き上げる形に変え、頭を撫でる。
心愛は少しびっくりしたような顔をしたが、それでもすぐに、ほわぁっと花開くような笑みを見せた。

途端政宗が人目も憚らず彼女を抱きしめたというのは、言わずもがな。



***



「いったぁっ!!!!」
「あってめっ!またか!マジで不器用極まりないな」
「だって…」

この体だし。
包丁によって指にできた三つ目の傷に布を巻かれながら、心愛はムスッとふくれっ面だった。
料理をしたことがないわけではない。十六ともなれば、その経験も少なからずはあった。
だが…この小さな体では、何事も上手くいかないものだ。

朝餉作りの手伝いをすることにはなったものの、鍋の中を混ぜるには台を置いても全然丈が足りないし、それでも無理に覗こうとすれば中に落ちかけるし、米を炊こうとすれば慣れないせいで煙を吸ってむせるし、包丁は重くて上手く扱えない。
それに元来の手先の不器用さが加わって…
今の心愛は、役立たず以外の何者でもなかった。

「Ahー…お前、もうあっちに座って見てるだけにでもするか?オッサンたちにはお前も頑張ったって言ってやるよ」
「やだ!まだがんばる!」

火傷やら切り傷だらけの手を握りしめながら心愛は養父に訴えかける。そんな嘘の頑張りを信玄たちに褒められても嬉しくない。本当に頑張って、堂々と、心愛頑張ったよと言いたいのだ。

そんな思いの込められた瞳の奥には、めらめらと炎が燃えている。
これ以上怪我をさせたくないと思う養父だが、その炎が見えてしまう以上、娘の訴えを蔑ろにもしたくない。
どうしたものかと頭を掻きながら思案する。

そんな二人の様子を、忙しく動き回る女中たちは微笑ましげに眺めていた。
…着々と朝餉の準備は進んでいる。

「ハァー…なら、そうだな………ああ、アレはどうだ?」
「あれ?」

ひらめいた!の顔の政宗。心愛から見てそれは、どう見ても只の悪人面でしかなかったのだが。効果音は『ニヤリ』が似合う感じの。
しかしここで機嫌を損ねると面倒くさいから黙っている。

「あれならお前にもできんだろ。ほれ、準備しろ」
「まずなんのじゅんびをするのかをおしえるべきです。」

ついて来いとばかりに歩き出す政宗は、そのまま厨房を出てしまった。
首を傾げつつも心愛はそれを追う。

何にしても、なんだか作戦変更な予感。






(心愛殿は料理まで出来るのでござりまするな…)
(うむ…ほんに興味が尽きぬ)
(はははーほんとに出来るのかねー)

prev / next

[ back to top ]


- ナノ -