▽ They have a lover's quarrel
「…で、なんでおこってたの」
数分後。
無駄な動きで疲れ切った心愛は再度尋ねた。
…言うまで引きさがりはしないんだろうな。政宗はそう思い、観念して口を開く。
もう馬鹿にされることは覚悟の上。
「…お前、オレに大好き≠ニかかっこいい≠ニか言ったことねぇじゃねぇか」
「…はい?」
ボソッと呟かれた言葉を、いやいやたぶん聞き間違たんだと心愛は心の中で否定。
わんもあぷりーず、と今度は笑顔で問いかけてみた。
「…オレには憎まれ口ばっか叩くくせにあいつらのことをcoolだって言うのがムカついたんだよ!」
「…はぁぁぁぁぁ!?なにそれいみわかんない!しかもぎゃくぎれですか!?」
「Shut up!!だから言いたくなかったんだ!」
なんだこいつこれでほんとに父親やってるつもりか!?
心愛から軽蔑の眼差し。政宗は怯んだ。
まさかそんな理由だとは思いもよらなかった心愛。
呆れてそれ以上言葉も出ない。
「わたしがどんだけきずついたとおもって…!」
「だから悪かったっつってんだろ!」
「それがひとにあやまるたいどー!?」
「うるせぇ!大体お前がオレにそんな憎たらしい態度ばっかとんのが悪いんだろうが!」
「うわっせきにんてんかもはなはだしい!そんな、まいにちちちおやにあいをささやくむすめなんて、きしょくわるいじゃん!?」
「誰が愛を囁けと言った誰が」
政宗の胸に手を当てて力の限り突っ張り、抱き抱えられながらも上半身を彼から離してなんとか向き合って会話をする。
だがそこは三歳児の短い腕。結局会話はすべて超至近距離。
中庭で何やってんだあの人ら、と傍を通り過ぎる家臣たちは呆れor微笑ましげな視線を二人に向ける。
つまり、その光景はかなり滑稽だった。
だがそんな自分たちの姿など到底見えていない二人。
意味があるのかないのかいまいちわからない会話は、未だ続く。
「オレは、あれだ、単に…その…」
「『ちちうえってかっこいい』っていわれたかった?」
「!」
確かに、彼に対してそんな褒め言葉を言ったことはない。
けど、それを要求する父親ってどうなんだ。
だが同時に、それも仕方ないのかもしれないなと心愛は考える。
自分は今、三歳の幼子だ。年頃の娘ならまだしも、まだこれぐらいの年齢なら『パパだいちゅきー』とかなんとか言ってたって何の不思議もない。
そして、まだ若い政宗が娘≠ニいうものにそういう期待をしていたっておかしくはない。
間違ってるわけではないのだ。
おかしいのは、年齢に合わない身体に魂を宿してしまった、心愛自身のみなわけで。
「…ごめんね、わたし、きたいされてるようなこどもじゃなくて」
「…?心愛?」
政宗の言い分は何一つ間違ってはいなかった。
それに気付いた途端、心愛は何かものすごい罪悪感に囚われた。
悪いのは自分だ。
こんな器に入ってしまった自分だ。
だがそれを責めたところで仕方ない。心愛が望んでこの体になったわけじゃない。
だから今日はとりあえず、彼のために…
少しだけ、子供らしく――――素直になってみることにする。
「…What's the matter?My kitty…」
「…ほんとは、いつもおもってるよ」
「?」
「まさむねは――ちちうえはかっこいいって」
「!」
心愛は、知っているから。
政宗が、国のみんなから頼りにされている殿様であること。
誰よりも民を思い、民のために平和をもたらそうとしている天下取りであること。
心愛に寂しい思いをさせないように、忙しい中少しでも時間を作ろうとしてくれる父親であること。
子供じゃないからこそ、わかってる。
伊達政宗はすごく格好いい。
「けどわたしは、いつもいつもそれをすとれーとにつたえられるほど、こどもじゃないから。だから、きょうだけとくべつだいさーびすなんだからね」
だってほんきのおもいをつたえるのって、はずかしいんだもん。
そう言って心愛がはにかめば、政宗はめずらしくもにわかに頬を染めた。
隻眼は言わずもがな、驚きに見開かれている。
対する心愛もその思わぬ反応にポカン。徐々に彼女の顔にも朱が差し始めた。
「な、ななななにてれてんの!?こっちまでてれるわ!」
「お、おおお前がいきなり変なこと言うから…!」
「へんなこと!?なにそれわたしのゆうきをふみにじるき!?」
「そ、そうじゃねぇよ!ただ、なんか…Ahー…」
慣れてねぇだけだっつの…
そうして居心地悪そうに逸らされた視線。
しばらくきょとんとした後、心愛は噴き出した。
「あは、ははははははは!」
「…何笑ってやがる」
「あはは、わかんないかなーおやのめずらしいいちめんをみてよろこぶ、このこどもごころ!」
「楽しんでるだけじゃねぇか」
否定はしない。
けどこんなめずらしい一面を見せてくれた≠ニいうことがなんだか嬉しいというのは本当だ。
心愛が笑うのと比例して、政宗の眉間には皺が刻まれていく。
それに気付いた心愛はそこに手を置き、その皺を引きのばすようにぐいと無理やり皮膚を引っ張った。
顔にはそれはそれは楽しそうな笑顔を浮かべて。
「てめぇ何しやがる…!」
「そんなこわいかおしてたら、せっかくのかっこいいかおがだいなしだよー」
「…!」
そうか、と瞬時に大人しくなった政宗。
…心愛は政宗の操り方をまた一つ得とくした。
「よかったー仲直りできたみたいだねー」
「!さすけ!ゆっきー!」
どこかでダイミングを見計らっていたのか、安堵したような笑顔で二人が歩いてきた。
それに心愛は嬉しそうに顔をほころばせ、政宗は嫌そうに顔を歪める。
まったく違うその二つの反応に幸村たちは苦笑した。
「ふたりともありがとね。しんぱいかけてごめん」
「いやいや、俺様心配なんてしてなかったし」
「ほえ!?」
「だってねぇ…あんだけ忍が付いてりゃ、心愛ちゃんが大事にされてるんだなってのはよくわかるし」
「?」
何を言われているのかわからず、心愛は首をかしげた。
そしてどうゆうことかと政宗に尋ねる。だが彼にはふいと顔を逸らされた。
「心愛殿は気付いておられたのでは?」
「はい?」
「黒脛巾が一緒だと、片倉殿に言っておったではござらぬか」
「………」
…ほんとにいたんですか。
ぎんっと、未だ顔を逸らしている政宗の横顔を睨みつけた。
聞いてない。そんなの聞いてない。黒脛巾はお城を守る忍たちだって言ってたじゃないか。いつから心愛の護衛係になっていた。
そういう意味を込めて彼のその横顔をペチペチと叩いてみたりもするが、相変わらずその顔は逸らされたまま。でもその額にはわずかに冷や汗。
「いつから?なんにん?いまもいるの?」
「…I don't know」
「もしかしてわたしにいちにちじゅうついてるの?そうゆうのってわたしにいっとくべきじゃないの?わたしがしろからでてったときも、そのひとたちがついてるからおっかけてこなかったんだね?」
「…I don't k「しらないわけないよねぇ?だってまさむねがめいれいだしてんだもんねぇ?」
…まずいことを言ったのかもしれない。
佐助と幸村は今更ながらに少し後悔した。
後で政宗が五月蠅く文句を言ってくるに違いない。
「…だってお前、一日中十人護衛付けるぞなんて言ったら嫌がるだろ」
「じゅうにん!?そんなにいるの!?そんなのいやがるにきまってるじゃん!!!」
「だから言いたくなかっ「そんなもんだいじゃない!!!」
なんでそんなにごえいがひつようなの!
お前を守るために決まってんだろ!
そんなにこのしろはきけんなの!?
んなわけねぇだろうが!
じゃあひつようないじゃんか!!
念には念をって言葉をしらねぇのか!!
ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃーと…目の前でおっぱじめられた争いに、当然幸村たちは呆れの表情。
なんかもうこの親子はこれでいいんだろうな、と。
そう思うと同時に、ちょっとばかしは心配もしていた幸村は過去の自分を殴りつけたくなった。
もし心愛が本当に自分の娘になったら…などとくだらない妄想をしていた自分も。
「まぁ…喧嘩するほど仲がいいってことでね」
「うむ」
完全に蚊帳の外な二人。
飯いただきますかと、未だ言い合いを続ける二人を放置して歩き出した。
(ほらちちうえのせいでゆっきーたちにあきれられちゃったじゃんかー!)
(オレのせいじゃねぇ!)
(ばかむねのせいだーあほー!)
(馬鹿って言うな阿呆って言うな!)
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