Oh my little girl !

▽ be a reconciliation …?


「ち、ちちうえ…」

佐助の言っていた通り心愛が城を飛び出した時とまったく同じように縁側に腰かけていた政宗。
その顔はどこか真剣で気のせいかその周りの空気は重くて。
声を掛ける第一声をどうしようかと迷い、結果こうなった。

「心愛!…な、なんだ戻ってきたのか?幸村の娘になるとか言ってたんじゃねぇのかよ?」
「…ちょっとさんぽにいってきただけだもん」
「Ha!そうかよ」

小馬鹿にしたような政宗のふてぶてしい態度。
いつも通りの態度のはずだが、心愛は今無性に腹が立って仕方なかった。

だけどここで怒ってはいけないと、己の心に言い聞かせる。
自分は何をしにきたんだ?そう、決して喧嘩をこじらせるためじゃない。仲直りをしにきたんだ。

「ちちうえ、あのね」
「めずらしいじゃねぇか」
「え?」
「他に誰もいねぇのに『ちちうえ』か?」
「………」
「ご機嫌取りしようとしてんだろ。ったく、猫かぶりも大概にしやがれ」

そう言って彼はわざとらしく肩をすくめ、やれやれと首を振って見せる。
外国人なら似合う仕草だが、純日本人である彼にははっきり言っていささか不自然。
それに若干引きながら、この男は…と心愛は顔を歪める。
どうしてわざわざ人の神経を逆撫でるようなことを。
こちらが下手に出ていれば調子に乗りやがって。

彼女のリミッターは今にも崩壊寸前。

「…じゃあまさむねってよべばいいの?」
「Ah?『父上』に決まってんだろうが」

超矛盾!
猫かぶりとか言って否定したくせに!

「じゃ、じゃあちちうえ、はなしが…」
「オレにゃ話なんかねぇな」
「………」

プッツーン。

ありえないその態度に、心愛のリミッターはあっけなく崩れた。

「ばかむねのあほぉ!」
「What!?いきなり馬鹿とはなんだ!しかもさらに阿呆までかぶせるかfool girl?!Don't make fun of your own father!!」(父親を馬鹿にするな)
「ばかをばかにしてなにがわるいのさ!」
「Ah!?一体オレのどこがfoolだ!」

いきなりものすごい喧嘩腰。
仲直りをしようと、短い足で精一杯駆けてきた娘だとは思えない。

「ばかだもん!ばかじゃなかったらなんなの!?むすめのこときずつけてたのしい!?」
「…!」
「いきなりおこりだしてわけわかんないし!たけだのむすめになっちゃえとかいうし!おしろでてもおっかけてもこないし、いまだって…」
「………」

今怒ってるのは確実にお前のばかむね発言のせいだが。

そう思いながらも、あえて言わない父親のやさしさ。
心愛はそれに気付かない。

それどころじゃなかった。

何だかボロボロと零れてくる言葉を整理することもできなくて。
もやもやする頭の中の異物を取り払うこともできなくて。

ぶんぶんと頭を振るが、それでなんとかなるわけもなく。
何してんだろうと自分に呆れ、思わず俯いた。

「…心愛」

先ほどまでと打って変わったやさしい声。
驚いて顔を上げると同時に、いつのまにか自分に近づいてきていた政宗に、両脇に手を差し込まれてひょいと抱きあげられてしまった。

ふいにやってきた不安定さから、心愛は無意識に政宗の着物を掴む。
それにくすりと笑った政宗は、少女を安心させるようにその体をやさしく抱きしめた。
驚きに完全に固まって、息すら詰める三歳児。
そんなことは露知らず、抱きあげた子供の頭を満足げに撫でる養父。
客観的に見てみると、割とシュールな光景である。

「え、えと…ちちうえ…」
「悪かった」
「―!?」
「悪かったな、不安にさせちまって。よその子供になれなんて、思っちゃいねぇよ。虎のおっさんにも、幸村にも、お前を渡したりなんかしねぇ」

そうして少しだけ強く抱きしめられる。
それから徐々に緊張が弱まり、強張っていた体が柔軟性を取り戻す。
それと同時に心愛は思った。

そこまで言い切るならなんであんなこと言ったんだこの人―――…

政宗は何か満足気だが、心愛の方は到底腑に落ちない。
だがそれをツッコんでいいところなのかわからない。
だって普通なら、

『ここあのほうだってごめんなさい!わたし、ほんとうに、すてられちゃうかと、おも、ひくっ…う…』
『ばか、泣くなよ。お前を手放したりなんかできるわけねぇだろ…!』

なんてドリーミングなお砂糖展開が待ってるんだと思うから。
だけどごめんなさい。心愛にはそんな愛らしさがありません。
なぜか心愛は心の中で謝った。

「…なんで…」
「?」
「なんで、おこってたの?」

いろいろ言いたいことはあるけど、それらは黙って飲み込んで。
最低限聞いておきたいことだけ問いかけてみた。

もう今は全然怒ってなどいないようだが、あの時は確実に怒っていた。
だが心愛にはそれに対する心当たりがないのだ。
ならば、何か無意識に怒らせてしまったに違いない。

となれば同じ失敗を繰り返さないためにも、原因は聞きだしておかねば。

「…別に怒っちゃいなかったさ」
「そのうそがとおるとおもってる?」
「………」
「まさむね、ほんとにおこってた。すっごくこわいかおしてた。つめたいめしてた。だからわたし、ほんとうにびっくりしたし、こわかったの。もうあんなの、いや」

舌っ足らずな言葉を必死で紡ぐ。
自分の着物を握る手に力を込めた義娘を見、父は息をのんだ。

憎まれ口のようなことばかり言う少女。
その少女が、こうも素直に話をしている。

そして『怖かった』と、自分に告げている。
猫かぶりでもなんでもなく、本心からの言の葉で。

「おしえてくれたら、つぎからちゃんときをつけるから」

向き合おうとしながらも不安げに視線を泳がせるその姿の、なんと愛らしいことか。

父は、数刻前の自分を殴り飛ばしてやりたくて仕方なかった。
この少女にわずかでも恐怖≠ニいう感情を持たせてしまった、自分が憎い。

だが言えない。
怒っていた理由など今思えば、どうしようもなく情けない理由だ。救いようがない。

「まさむね」
「知る必要なんかねぇよ。オレが勝手にキレただけのことだ。」
「…まさむねがここあのこといじめるってこじゅーろーにいいつけてやる」
「What!?」

ボソッとつぶやかれたその発言。
子供という立場を最大限に利用した作戦だ。
所謂チクり。

「おーろーせーこじゅーろーのとこいくー」
「絶対行かさねぇよ!いじめてなんかいねぇだろうが!」
「だってそんなの、こじゅーろーをおこらせるためのうそなんだからとうぜんじゃん」
「おま、さっきまでの素直さはどこいった!?」

養父の腕の中、早く離せと娘が暴れる。
これじゃ離すどころか落っことしてしまうと、養父はそれをなんとか抑えつける。

無駄な攻防だった。






(はーなーせー!)
(むーりーだー!!)

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