▽ mental preparedness
あれから心愛の足に合わせて幸村達に歩いてもらうと、日が傾いてしまった。
赤くなる空を見つめ、そして目の前の城門を見つめ、小さな少女は新たに焦りを覚える。
「ゆ、ゆっきーやっぱり、わたし…」
「心愛殿。怯えていては何も解決しませんぞ」
城門の前まで来て、足が竦み始めた心愛。
もしかしたら政宗は完全に自分が嫌いになってしまったかもしれない。もしかしたら仲直りはできないかもしれない。もしかしたらこの門をくぐった向こうに、もう自分の居場所なんかないかもしれない。
そんなもしかしたら≠ニかもしれない≠ホかりが脳内を駆け回る。
だが、
「行こう、心愛ちゃん」
右手は佐助に。左手は幸村に手をひかれ。
「大丈夫でござるよ」
逃げ場はないと腹をくくって、小さく歩を進めた。
「た、ただいま…」
「ああ、お帰り心愛」
そう言って城門をくぐってすぐの心愛に微笑みかけてくれたのは、たくさんの採れたて野菜を抱えた野良着姿の小十郎。
どうやら彼は、心愛と政宗のいざこざについてはまだ知らないらしい。好都合だ。
知っていれば何を言われるかわかったもんじゃない。
そのうえ、彼の説教は長い。
「今日はいい牛蒡が採れたぞ。腹減っただろう?すぐにこれで夕餉にしよう」
「…うん!」
まだ土の付いたままの牛蒡を心愛に見せながら、そう言って笑みを零す彼。
お団子買ってきたから今からこれ食べるんだよ、とは言えない。
彼の好意を邪魔したくはなかった。お団子は夕餉のデザートにしようと思う。
ああでもそんな計画をする前に、あの父親と仲直りをしなくては。
じゃないときっと呑気に牛蒡もお団子も食べられない。
「…そういえば心愛はどこに行ってたんだ?供は?まさか真田たちだけか?」
「え、いや、その…えと、」
まずい。
勝手に城を出るなとは、ここへやってきた初日から耳にタコなほど言われている。
それこそその言いつけを破ったとなれば何時間説教を食らうことになるか…!
答えない心愛に、小十郎の鋭い視線が突き刺さる。
心愛の隣で幸村が何かを言おうと声を出しかけるが、それは逆効果だと思い、繋いでいる手に力を入れて制した。
だがその行為に気づいた小十郎の視線がさらに鋭くなる。
心愛は自分は結構肝の据わっている方だと自負しているが、この極道バリの視線に耐え抜けるほど図太くはない。よってあっさりと限界はきた。
「も、もももももももちろんくろはばき(※政宗が創設した忍者集団)もいっしょだもん!」
そう言うや否や駆け出した。
小十郎が怖かったし、何より嘘を言ったから。
罪悪感どうこうではないが、嘘がバレた時が怖い。だから逃げる。
ってゆうか我ながらどもり過ぎたと心愛は後悔する。あれじゃ嘘もバレバレだ。
だがそれをわかっているからと言って立ち止まるわけにはいかない。
捕まれば終わりだと思え。
そしてもちろん幸村たちも道連れ。
全員、訝しげな小十郎にすっごい睨まれた。
「わっ心愛殿っ」
「はやくまさむねさがしにいこ!」
「じゃあまだ縁側にいると思うからそっちいこっかー」
「え、でももうかなりじかんたってるしへやもどってるんじゃない?」
「大丈夫大丈夫。絶対一歩も動かず待ってるよ」
心愛ちゃんが戻ってくるの。
自信満々といった笑顔。
どうしてそんなに自信があるのか、心愛にはわからなかった。
「じゃ、がんばるんだよ」
「へ?い、いっしょにきてくれないの?」
「ああ。某たちは邪魔でござろう」
「そ、そんなこと…!」
「はいはい怖気づかない。心愛ちゃんの正念場だよここは」
三歳児に正念場とか言ってどうする。
三人が三人そう思ったが、誰もそうは言わなかった。
ただ心愛はゆっくりと頷き、幸村は拳を握ってエールを送る。
なんだかそんな感じでいいらしい。
「いってきます!」
「「いってらっしゃい」」
駆け出しますは、養父の元へ。
その小さな後ろ姿から感じ取れる気迫は、まるで戦へでも向かうようだった―――
と、後に真田幸村は語る。
(や、やっぱりふたりもいっしょにこないー!?)
(えー…心愛ちゃん…)
(ゆっきー!きてくれたら、わたしがこっそりかくしてるおいしーおまんじゅうあげる!)
(参りましょう!)
(旦那!!!)
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