Oh my little girl !

▽ enjoy party


幸村たちがやってきたその日の夜、伊達軍の人間全員も集めての酒宴が開かれた。

主役は心愛と武田の人間たち。
だが当の本人である心愛はおもしろくない。それも当然。
なんといっても心愛は、酒が飲めない。

つい先ほどまでは普段より少し豪華な夕餉に舌鼓を打っていたが、食べ終わってしまえば暇だ。
周りは酔っぱらいしかいない。でも酔っぱらいの相手はしたくない。

「…わたしがしゅやくなのに、わたしがたのしめないなんておかしい!」
「Ahー…sorry、今回は堪えてくれ。客が来てんのに酒出さねぇわけにはいかねぇだろ」
「ならなにか、わたしもたのしめるようなものをじゅんびすべきじゃないのちちうえ!」
「お前が楽しめるものって何だよ」
「…………」

そう聞かれると困ってしまう。
三歳児のこの体でできることで、十六歳の自分が楽しめること。
はっきりいって何も思いつかない。
それは心愛にとって、ほぼ毎日ぶち当たるがいつまでも解決できない超難問なのだ。

「じゃ、じゃあせめてきれいなおんなのひとにおどってもらうとか…」
「それで楽しめるのか?お前思考がオヤジだな」
「……うぅ…」

自分で言っておきながら、正直楽しめる気などしない。
舞といったものの良さというのはいまいちわからないし、心愛は別に女の人が好きなわけでもない。

「む、むすめがどうやったらたのしめるか、それをかんがえるのもちちおやのつとめじゃないの!?」
「!」

娘に諭された。
ぶっと、幸村は笑った。

「な、ならオレが唄でも」
「やだ」

主にJ-pop等を聞いて育ってきた年代だ。この時代の歌を楽しめるとは思えない。
伊達政宗が自分のために歌を歌うなど、スルーしてしまうにはもったいないシチュエーションな気もするが。

「じゃあ何か話でも―――」
「やーだ」

どうせ聞かされるのは、政治や時勢の話。もしくは彼自身の武勇伝か成実の恥ずかしい話。そんなもの聞いたってつまらない。(成実の話にいたってはいつも結構楽しんで聞いているが。特別な日には何か特別が欲しいものだ)

「ちちうえなにかいちげいとかないのー?」
「芸!?」

かの伊達政宗に一発芸を要求するとは。
周りの人間たちは皆、やるはずないと心の中で呟く。
だが同時に、娘の頼みとあればやるかもしれない、と淡い期待を抱いた。

「な…!てめーら何見てやがる!やらねぇぞオレぁ!」
「えーやらないのー?」
「やれよ梵ー」
「やらねぇ!」
「やってほしなーちちうえーおねがいー」
「う……」
「やれよ梵ー」

キラキラキラー。
心愛の瞳は輝いている。
父としてはその輝きを保ったままでいさせてやりたい。
だがしかし。政宗は芸など持ち合わせていない。

「心愛…それ以上政宗様を苛めないでやってくれ…。成実はもう飲むな」
「こじゅーろー…もう、しかたないなぁ。つぎのきかいまでにはいちげい、できるようにしといてねちちうえ!」
「え」

助かった。
と、そう思ったのも束の間。すぐに次の課題を言い渡されてしまった。

…次の機会なんて来なけりゃいい。
切実に。

「じゃあゆっきー!なにかやってー!」
「そ、某でござるか!?」

完全なる無茶ぶりにほかならない。
ターゲットが移って来たことに幸村は戸惑った。だが心愛の瞳は期待に満ちている。
どうする真田幸村。

「ふ…布団がふっとんだ」
「………」

しーーーーーん。

「…ゆっきー…それいちげいっていうか、いっぱつぎゃぐ…しかもさむい」

がーん。

「ぶっ!く、くくく…!」
「う、うるさいぞ佐助ぇ!」

天井裏でくぐもった笑い声をあげる忍に、幸村は半泣きで叫びをあげた。

布団がふっとんだ―――
使い古されたにもほどがあるその親父ギャグが、彼の精一杯。
なんだか可哀想なことをしたと、心愛は少し反省した。

「kitty…お前の言動は危険だ。武器だ。扱いに気をつけろ」
「うん…わかったよだでぃー」

だがこれはこれでなかなか楽しかったかもしれないと、心愛は考える。
なんせ大好きな真田幸村の親父ギャグが聞けたのだ。こんな機会きっと二度とない。たぶん。
心愛は満足した。

「…ちちうえー…」
「Ah? What's the matter?」

満足と同時にやってきたのは、子供の身では逆らうことが難しい睡魔。
十六歳の自分なら決して眠くなどならなかった時間だが、三歳児にはもう限界だ。

手を伸ばして、とてとてと養父に近づく。
先ほどまでとは打って変った甘ったれた声に、ごしごしと瞼をこする仕草。
政宗は一旦外を見、もう子供は寝る時間かと判断する。
そして、黙って手を広げて我が娘を迎え入れた。

「ゆっきーたち、あしたもいる…?」
「ああ。何日かはいるそうだ」
「そっか…よかった…あ、おやかたさま…」

今にも消えそうな声で紡がれた言葉に信玄は振り返る。
どうしたんだと尋ねると、心愛は養父の腕の中幸せそうに笑った。

「おやすみなさい。きてくれて、ありがとうございまし…た…」
「…ああ、よう眠るがよい」

頭を撫でてもらって目を瞑る。
するとすぐに心愛の意識は眠りの世界へと堕ちた。

「政宗殿…」
「Ah?」
「そうしていると、本当に父親のように見えますな」
「…見えるじゃなくてオレは父親なんだよ。てめー馬鹿にしてんのか」

そのようなわけではござらぬが、と幸村は苦笑する。

無意識なのだろうか。
眠りやすいようにと、娘の背を撫でるその手は。

「う…ん…ばかむね…」


ぎこちなさすぎて、逆に眠りにくそうではあるが。






(…おいこいつ今寝言でばかむねっつったか?)
(はて、小十郎には聞こえませんでした)

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