CLOWN×CLOWN


失敗×露見×もう自分は守らない


ゴン君もレオリオさんもキル君も、ごめんなさい。
君たちの事を思ってあげられなくて。君たちを応援してあげられなくて。

クラピカ君も、ごめんね。
君の思いをすべて知っていながら、わかっていながら、君だけを選ぶことができなくて。
旅団も君も、どちらも捨て切れない、身勝手な僕なんかと出会ってしまったが故、君は君の悩みをさらに拡大させられることになる。

僕がいなければ、きっと君らと彼らの世界はちょっぴりでも変わっていただろう。
彼らは盗賊になんかならなかったかもしれない。そうすれば君はあの集落で家族と穏やかに暮らせていたかもしれない。

僕一人の存在で世界が変わるだなんて考え、傲慢なことはわかっている。
だけどそんな"もしかしたら"という想像は尽きることを知らない。
ねぇ、僕がいなければ、僕さえいなければ、

僕の大事な大事な君たちは、みんな幸せでいられたのかな。







目を覚ますとクラピカ君が僕の隣で膝を抱えて座り込んでいた。
何故そんなことになっているのかはわからない。どうやら僕は気絶をしていたようだけど、他の状況はまったく読めない。
試合はどうなったのかと周りに視線を配るけど、なぜかみんなこちらにいてリングには異様な体の男が一人倒れているだけだった。
なんだ、何がどうなってる。

考えようにもひどく頭がくらくらして、僕はもう一度自分の意識が飛ぶであろう事を悟った。
その前に、となんとかクラピカ君の方に手を伸ばす。
僕が起きたことに気づいたクラピカ君が口を小さく動かして何か言っているけど、残念ながら聞こえない。

ごめん。
そう呟いて彼の頭を撫でた。彼は驚いた顔をして、また何かを言った。口の動きを見た感じ、たぶん『どうして』だ。
どうして……?どうしてだろう?
とりあえず何か謝らないといけないような気がした。曖昧に笑うとクラピカ君は悲しそうな顔をする。
そして、


「お前の謝罪は聞き飽きた」


そう言ったように思う。
ああなんかそれ、前にシャル君にも言われたことあったな。僕ってそんなに謝ってばかりなのかな。

ちゃんと「ごめんなさい」が言える子供は、偉いと褒められる。
だけど「ごめんなさい」を言い慣れた、謝罪の上手い大人は嫌われる。
僕ってきっとそんな人間だ。

ツキンと頭に走った痛みのせいで、僕はまた気を失った。



次に目を覚ますと、キルア君と明らかにイっちゃってる感じの男性とがリングの上で向かい合っていた。
これが一体何戦目で、今の戦況がどういうものなのかはわからない。
ただ、これを止めなければならないという使命感が僕にはあった。

僕はその場でキル君の向かいにいる男性に向かってナイフを投げた。
男性を右肩を狙った、寸分の狂いもない直球コース。キル君が危ないと思って咄嗟に手を出しちゃったってことにしよう。そう思った。

だけどそのナイフは、キル君の傍を通り過ぎる直前に消えた。
僕はわけがわからずぽかんと口を開ける。なんで?外した?いや違う、ナイフは確かに、消えたんだ。
それから僕が二撃目を構える時間はなかった。キル君が相手を殺して勝負をつけたのだ。

そして僕は、今の勝負が最後のゲームで、ここで僕らの勝利が決まったことを知った。


「姉貴、目ぇ覚めたんだ?平気?」

「あ、うん…大丈夫」

「じゃあこれ一応返すな」


ぽん。ほぼ反射的に差し出した手のひらの上に差し出されたのは、先ほど僕が投げたナイフだった。


「は?なんでナイフなんだ?」

「おっさん見えてなかったのかよ、さっき姉貴があのジョネスとかいうのにこれ投げてきてたの」

「な!んなもんちっとも見えなかったぜ…てか俺はおっさんじゃねぇ!」

「ったく、姉貴マジ心配性すぎ。オレがあんなのに負けると思ったわけ?オレがこれ取って隠してなかったらオレら余裕で勝てるはずのゲームで失格になるところだったんだぜ、気をつけろよなぁ」


あ、あはははは…ごめん。
むなしい空笑いと自分の顔に張り付いた笑顔にちょっぴり泣きそうになった。

一試合目のあの僕の葛藤の無駄っぷりはんぱないな。なんで気絶なんかしたんだ僕の馬鹿。そしてこのナイフをどうしてもっと速く投げなかったんだ。キル君を侮り過ぎた、まさか後ろ手に止められるなんて思いもしなかった。
甘い。甘いなぁ僕。いろんなところが甘すぎた。


「ナッツ、まだ頭痛い?」

「うーん、ちょっとズキズキはするけど、大したことはないよ」

「お前案外石頭だなぁ、殴られたのもそうだが、その拍子に床でもっかい頭打ってたからな。ありゃ頭蓋骨割れてたっておかしくなかったぜ。ほらあそこの床。お前の頭のせいで割れてる」

「…僕の頭の強度があの石床の強度に勝ったってこと…?」


きっと無意識の内に念のガードができてたんだろうな。いやぁ覚えとくもんだね念。便利便利。


「それにしても、元気そうでよかったよ!気絶している間、ナッツすっごくうなされてたから…」

「え…?」

「しきりに何かに謝っていたな。…どんな夢を見たんだ?」

「……忘れた」


まったく、無価値な謝罪ばかりをしたものだよ。

僕が心の中で彼らを裏切ったことに変わりはないのに、そんなふざけたことを思う自分がいた。
本当の謝罪なんて、これっぽっちもできてないくせに。裏切りも謝罪も何もかも、僕は自己満足で終わらせただけだ。

この作戦失敗は、僕が抱いた甘さの結果。だけどきっと、すべてが無意味だったわけじゃない。初めて彼らを本気で裏切ろうとした、いや裏切ったことで、ようやく本当の意味での覚悟ができたと思う。
すでにもう一度裏切った。なら…一回も二回も一緒さ。


それから50と数時間後…再びチャンスはやってきた。


「長い道は早くても50時間はかかる。しかし短い道はたったの3分だ。ただし、短い道を通れるのは3人だけ。多数決で、どちらか選べ」


左右の壁に武器がたんまり飾られた部屋の中で、試験官の男性がアナウンスでそう告げた。
もちろんみんなその言葉に驚いて、息を呑んでいた。
けれど僕の驚きはみんなのそれとは少し違ったろう。彼らは選べない選択に戸惑っていたが、僕は一人、喜びをひっそりと噛み締めていた。

これはなんて素敵な巡り会いだろう。
短い道を選んで進めるのは、3人。そう、ゴン君レオリオさんキル君の3人だけだ!
僕はここで、他の誰も巻き込むことなくクラピカ君を止められる。彼に僕の目的がバレてしまうリスクを孕んではいるが、それはもう仕方ない。僕もさすがにこれ以上贅沢は言わないよ。

これは誰に嫌われても、憎まれても、それでもしなきゃいけないことのはずだ。
なのに自分を犠牲にせずに事を済まそうなんて甘いことを考えたから、50時間前のゲームでは負けた。とんだ笑い種だ。


「僕は短い方を押すよ」


僕が笑って言った台詞にみんなはさらに戸惑いを見せた。たぶん、一番それを言いそうにない人間だと思われてたんだろうな。
そして僕に続いてレオリオさんとキル君も短い方を押すと言ってくれた。そりゃそうだ、長い方を選べばもれなく全員不合格決定だもの。


「俺は長い方を押すよ!」

「!」


…ゴン君なら、そう言うだろうなと思ってはいた。


「ゴン君、長い方選んだってみんなで合格なんてできないんだよ?全員不合格になるだけだ。それならさ、三人だけでも合格できる方がいいに決まってるよ」

「ううん、みんなで受かる方法が何かあるはずだよ!一緒に考えよう!」

「…ま、どのみち今多数決とれば短い道に決まるんだけどね。さ、時間がもったいないしボタン押そうか。はい、せーのっ」

「待って!!」


ボタンを押そうとした僕の人差し指をゴン君に掴まれた。へし折られるのかと思ってそこそこびびった。
聞き分けのない子供をどうにか言いくるめてやろうにも、彼の目を見る限りその意志は固そうだ。

僕は親切心で短い道を選ぼうとしているのに、何たること。
僕は別に長い道だっていいんだよ、ここで言い合いし続けてタイムオーバーになっても別にいいんだよ、なんにしろクラピカ君を不合格にできるから。
それでもあえて短い道を選ぼうとしているのは、君たちには合格してもらいたいと思ってるからだ。それが何とか伝わらないかな、ねぇ。僕が気持ちよくこの試験を終えられるように大人しく短い道へ進んでくれよ。


「ゴン君、君はハンターになってジンさんに会いに行きたいんだろう?」

「うん!」

「なら短い方を押して合格しなさい。僕はここに残るから」

「「「「!」」」」


僕はやんわりとゴン君の手を指から外した。
四人はそれぞれ驚きに目を剥いている。なるほどそういうことか、とレオリオさんが声を上げた。


「端から自分が犠牲になるつもりだったのかてめぇ…!ふざけんな、そんな自己犠牲されたって誰も喜ばねぇよ!」

「へ…」


え、そうなの…?
そんなあからさまにいい人!って感じの台詞を吐かれると戸惑ってしまう。普段僕の周りにこんな人間はいない。

にしてもそうか、そういう意味で取るよな普通。僕はこれが目的なわけだから、決してみんなの犠牲になるわけじゃないんだけど…
まずい、失敗した。もしかしたらこんないい人代表みたいなレオリオさんは、今ので短い方を押してくれなくなるかもしれない。近頃そういう義侠心とかいうものからあまりにも遠ざかり過ぎてきたせいで、その類の人が持つ感覚ってのを忘れてた。


「…あーもうめんどくさいなぁ!そもそもごちゃごちゃ考えたりするのは嫌いなんだよ僕。いいでしょ、あなたも素直に短い方進んでくださいって」

「な…何勝手にキレてんだよ!あのなぁ言っとくが、お前が勝手に犠牲になったとしてもどうせもう一人誰かが犠牲にならなくちゃならないんだぜ!?進んでくださいっつったって…」

「あーあ…姉貴、どーせオレのことここで引き止めればいいと思ってんだろ?オレこの試験受けたのただの暇つぶしって言ったし。他の3人の事は応援したいみたいだし」

「そんな…!待ってよナッツ、俺はまだキルアとも一緒に…!」


やばいなんでかキル君失格フラグが立ってる。
しかもそのキル君はといえば「姉貴がその分遊んでくれるならまぁいいかなー」とかわけわからんこと言ってる。よくないでしょ、本当はゴン君ともっと遊びたいんでしょ君も素直になんなさい。
僕はクラピカ君以外の3人を進ませたかっただけなのに何故かそこから大きく逸れて不本意な円満解決がなされそうになっている。なんでこう何もかも上手く進まないんだろう。
長く長くため息をついた後、僕は仕方なく否定の言葉を口にした。


「…誰がキル君を僕の道連れにしようなんて言った?」

「え?」

「そんなことしないよ、それじゃ僕の目的は達成できない」


目的?とレオリオさんは首を傾げた。
彼は気づかないんだろうか。消去法で考えれば、もう僕のその目的とやらは見えてしまっているのに。


「…目的は、私か」


それまで黙っていたクラピカ君が呟いた。


「ヒソカが言っていた…ナッツは私に会うために試験を受けた、というのが不自然なことは薄々わかっていた。正確には私に会うためではなく…私を試験不合格にさせるために、お前はここに来たんだな」


もう誤魔化しようなどどこにもない。
いやそもそも、聡明なこの子相手に秘密を貫き続けるのは無理があったか。
僕をまっすぐに見つめてくる彼を同じように見据えた。大きな笑みを浮かべる口を携えて。


「お、おいおいおい!ちょっと待てよわけわかんねぇ!なんでナッツがクラピカを不合格になんかさせるんだよ?お前らの関係はよく知んねーけどよ、なんかお互い大事には思ってるんだろ!?」

「その通りだよレオリオさん。僕はクラピカ君が大切だ。とってもとってもとってもね」


唾を飛ばしながら必死に話をするレオリオさんは僕の答えに唖然とした。
隣ではキル君もわけがわからない、といった顔をしている。


「…クラピカ君、僕が3年前、あのお別れの日にベッドの上で言った言葉を覚えてる?」

「…"君には復讐なんてしてほしくない"…か」


はっと誰かが息を呑んだ音がした。

…これを打ち明けるにあたって、いい人代表のレオリオさんといい子代表のゴン君は僕に賛同してくれるんじゃないかと、僕は少し期待していた。
良識ある彼らなら、出来ることならクラピカ君に人殺しになんかなってもらいたくないと思ってくれるだろう。
普通、部外者がそんなことを口に出すのは容易なことじゃない。
だけど今はそれを切に願う人間(ぼく)がいる。彼らの後押しには十分なはずだ。
短い方のボタンを押し、どうぞ僕らを残して進んでくれ。


「そうだよ、今でもその気持ちは変わらない。君を…旅団と同じ、人殺しになんかしたくない。だからハンターにだってならせない!」

「ならどうしてあの時私から離れた!!」

「!」


緋く光る目が僕を射抜いた。


「私は…私はお前さえ傍にいてくれたら、この憎しみもいつか、風化することなく昇華させられるのではと…いやむしろ、風化したって構わないんじゃないかとさえ思っていた」

「………」

「なのにお前は突然姿を消した!私にはもうナッツしかいなかったのに!お前を、信じてたのに…!あの時の私の絶望がどれほどのものかお前にわかるか!?」


知ってる。よく知ってる。
大事な人が突然目の前から消え、自分だけが取り残される絶望。
僕はそれを君に二度も味わわせてしまっていたのか。

何も言えない僕の胸倉をクラピカ君が両手で掴みあげる。こんな時でも僕の口元には笑みが浮かんでいるのかと思うとあまりにも予想通り過ぎて、やっぱり滑稽で笑えた。


「今更現れて勝手なことを言うな!私はハンターになる!そして必ず復讐を果たしてみせる!それを邪魔するというのなら、私は今ここでお前を…」

「やめなよクラピカ!」


僕を、どうするんだろう。
聞く前にそれはゴン君に遮られた。ちょっと聞きたかったのに。
ゴン君は僕らの間に割って入ってきて僕を庇うように背にして立った。


「クラピカだってわかってるでしょ、ナッツは本当にクラピカのことを大切に思ってるよ!こんなところで争いになるなんておかしい!ちゃんと二人で、お互い納得いくように話をしないとダメだ!」


うん、そうだね、それはとてもすばらしい解答だねゴン君。


「クラピカには悪いけど、俺…ナッツの気持ちすごくよくわかる」

「ゴン…」


うん、君ならそう言ってくれると思ってた!
じゃあわかるよね、僕の意を汲んでくれるよね、僕らをここに残して行ってくれるよね。


「けどクラピカもそれはゆずれないところなんだよね、それもわかる。だからちゃんと話をしよう。そのためにも、みんなでとりあえず合格しなきゃ」

「…………えええ!?」


ぐっと胸元で拳を握って明るくそう言う彼に度肝を抜かれた。
なんだこの子、頑として長い方選ぶ気か、そんで全員で合格する気か!
呆気に取られている僕へ彼はくるりと振り返る。底の見えないセピア色の瞳とまっすぐぶつかった。


「ごめんねナッツ、ナッツはせっかく俺たちを合格させようと思って打ち明けてくれたのに」

「はあ…」

「でもね、ナッツの気持ちはわかってるけど、今俺らがナッツに協力したりクラピカの邪魔をしたりするのはなんか違うと思うんだ。俺はとにかくここをみんなでクリアしたい。だから長い方を押す。みんなも長い方を押そうよ」

「でもよぉゴン…」


レオリオさんがわずかに渋る。「俺はナッツに一票って感じだぜ…?」と控えめな主張をした。
だけどゴン君は静かに言い切った。


「復讐をするかしないかはクラピカ次第だよ。ハンターになってからクラピカが決めることだ」


しんと場に静寂が広がる。僕はといえば呆気に取られて固まっていた。
いい子の模範解答しかしない子かと思っていれば、そうじゃないらしい。とんでもないダークホースだった。僕は完全にこの子の中身を読み違えていたようだ。

この子が物事を計る物差しは、これぐらいの子供が普通に持っているものとは随分異なる。
善か悪かとか、正しいか間違ってるかとか、そんな二択は存在しないんだ。この子は一般的なそれらを置き去りにした、どっか別のところでものを考えてる。
僕がそれ以上の何かを言えるわけもなかった。

さらにその子が「大丈夫、俺いい案を思いついたんだ」なんて言えば多数決の結果は4対1で僕の惨敗。
軽く飼い犬に手を噛まれた気分だ。

だけど意に反してじんわりと温かくなる心を僕は無視できなかった。
このゴンって子は本当になんて眩しいんだろう。

できることなら僕だって、今君が言った言葉をクラピカ君に言ってあげたかったよ。




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