CLOWN×CLOWN


筋書き×葛藤×人の夢を潰すということ


先に三勝した方が勝ち。
ありがちなゲームだった。後には引けない、勝たない限り先にも進めない、この状況は絶好のチャンス。
ここで僕が彼を敗北に導こう。

…いや彼じゃない。
僕がここで陥れるのは彼ら≠セ。



迷いがなかったとは言い切れない。
僕がこの試験で不合格にしたいのはクラピカ君であって、他の人間を巻き込むことは本意ではない。
だから散々悩んだ。他の機会を探すか、このチャンスをモノにするか。
ここでこの機会をスルーしておけば、本意ではない妨害なんてものをしなくて済む。だけどこの先また、こんなチャンスがあるとは限らない。

どちらを選ぶのも簡単だ。
きっとこの場合、どうせ僕はどちらを選んでも後悔する。こういう二択を迫られた時の僕の運命はいつもそう決まっている。

そして僕は選んだ。ここで戦うことを。
何もしない後悔よりする後悔をする方がマシだって言うし。
大丈夫だ。僕はした後悔もしなかった後悔も、今までたくさん味わってきた。


「俺は相手が死ぬか負けを宣言するまで戦うデスマッチを提案する」


ムキムキお兄さんが僕の想像通りの言葉を言ってくれたので、僕は思わず笑った。
端から常に笑顔は作っているんだから、その変化に気づかれることはないだろうけど。
そうだ、いいね、デスマッチ。それをやろう、ぜひやろう。
けどそれをするには舞台がまだ不十分だ。


「却下」


僕は続ける。前もって用意をしていた台詞を。


「僕は人が殺せない」


言ってやった。
この時点で、僕の間抜けな敗戦は確実だ。
こうして僕はいつも優柔不断な自分のために、退路を絶った。


「というかそもそも勝負事にぽんぽんと軽い気持ちで命を賭けるなんていう浅はかな考えが好かない。よって却下。もっと平和的で楽しいゲームを考えよう」


今年クラピカ君を不合格に導いたとしても、それは所詮一年しか有効期間のない話だ。
けれどクラピカ君が復讐を願い続ける限り、僕の計画は一生掛かりのものになる。
今後のことも考えると、僕の目的はなるべく明かすべきではない。
信頼されている僕のままなら、来年もその次も、容易に彼に近づける。そして彼のその信頼を利用することは、僕の目的達成の近道になるだろう。
それに何より…そうすれば僕は、大事な大事なあの子に嫌われるという恐怖を知らずに済む。


「デスマッチだ」

「にらめっこも楽しいですよ」

「デスマッチ」

「仕方ない、いっそ運任せのじゃんけんでも」

「デスマッチしか認めない」

「それはあなたの最初のルール説明と食い違うからおかしい。あ、早着替え勝負とか僕得意なんですよ」


僕は僕の願いを悟らせることなく、あくまで誠意を持って戦ったのだという芝居を演じながら、彼を導く。道化の僕にとっては、さして難しくもない仕事のはずだ。
僕が場を和ませるフリして煽りに煽ったムキムキお兄さんの怒りはまさしく頂点。
僕の前にはやりたくもないデスマッチをやるしかない¥況ができあがった。

さて舞台は整ったかと、僕はここでやっと彼の言葉に了承の意を示す。
あと僕がするのは、無様に逃げ回るなりなんなりした後に負けを宣言することだ。
それで試合は一戦一敗。それから残り四人のうち二人が負けてくれればこの試験は終了。
もし万一勝ちそうになっちゃえば実力行使。かわいい子供たちが心配だったとかなんとか言って試合乱入なりなんなりしちゃえばいい。

今日こそこの勝負、僕がもらった。


『わかったか、世の中金金金だ!俺は金が欲しいんだよ!』


レオリオさん、巻き込んじゃってごめんなさい。
だけどこんなチャンスを僕はみすみす見逃せない。


『俺、立派なハンターになって父さんに会いに行くんだ!』


ゴン君もごめんね、君の事、本当は守ってあげたい。合格させてあげたい。
でもそれ以上に僕はクラピカ君を止めたい。彼が進もうとしている道を崩したい。


『仲間の瞳を全て取り戻し、そして―――』


考え事をしていたせいか、ムキムキお兄さんの攻撃が少し頬をかすった。
思わず反射的にナイフを彼の首筋に向けてしまう。
ここで大概の人は絶望するなりなんなりしてくれる。でもこの人は違う。彼は僕が人を殺せないことを知っている。

考えるな、迷うなナッツ。
いくらあの子達に対する罪悪感を抱いたところで、同情したところで、お前はもうどうやったってこの人には勝てない。
勝つには殺すしかないんだ。僕は自らそういう筋書きを描いた。


『ダチと同じ病気の子供治して、金なんかいらねぇってその子の親に言ってやるのが俺の夢だ』

「―――っ」


手が震える。負けを宣言するしかないのに、それを宣言することが怖くなった。
夢を与えるのが仕事のはずの僕が、人の夢を奪うのか。
あんな素敵な輝きに満ちた人間の、希望を潰すのか。


『立派なハンターになって父さんに会いに行くんだ!それで父さんみたいになりたい!」



うるさい。うるさいうるさいうるさい。
夢とか、希望とか、ピエロのものさしで作った綺麗ごとばかり並べるな。

僕は自分が嫌われなければそれでいいと思ったはずだ。今更背負うべきではない責任論を振りかざしてどうなる。正義感なんて僕にはいらない。

全員だまれ。だまれだまれだまれ。
大丈夫だ試験は今年で終わりじゃない。また来年も、その次もある。僕がここで不合格にさせてしまったところで彼らの夢が途絶えるわけじゃない。来年、またこのメンバーで集合して―――

…そしてまた僕は、その夢の邪魔をするのか。


「………」


…考えすぎだ。また来年同じような状況に陥るなんてことあるはずない。
彼らは必ず次で合格できる。夢が一年分遠ざかるだけだ。

なんだ、些細なことだ、気にするな。さぁまいったと言え。今ならきっと誰も僕を責めたりしない。人を殺せないがゆえに試合に負けた、そんな所帯じみたやさしさに溢れた道化が自作自演で敗戦を演じたなんて、誰も思いもしない。
言え。お前は自分がかわいいんだろう。自分を守りたいんだろう。

そのためにはクラピカ君の試験不合格が絶対に必要だ!


「ナッツ!もういいよ!」


…ほら、ゴン君だってああ言ってる。
僕じゃない。あの子の夢を奪うのは僕じゃない。彼は今自らその発言を持ってして、まったく勝ち目がないわけじゃないこの試合を僕に放棄させたんだ。

そこで僕の中での責任論は彼にすり替わった。
最低で最悪な僕。あんな子供にまで縋り付いて、心の置き場を求めた。


『もし俺の息子と会うことがあったら、仲良くしてやってくれ』


ごめんなさい。ごめんなさいジンさん。
僕はあなたの息子さんの手伝いをしてあげることすらできない。
それどころか僕はあなたとゴン君の距離を遠ざける存在になろうとしてる。
ここで少しナイフを引くだけで、殺れる意思を少しでも示すだけで、男は負けを認めてくれるだろうに。それをしない僕はなんて卑怯な奴だ。

ごめんなさい、みんなごめんなさい。
どうしてこんなことになったんだろう、なんでこんな苦しいことをしなきゃいけないんだろう。
僕はどこで間違った?
思い当たる節はいっぱいあった。何しろ、した後悔もしなかった後悔も、僕には数え切れないほどある。

した後悔は、あの子達と出会ったこと。あの子達に戦う術を与えたこと。あの子達に再会したこと。クラピカ君に出会ったこと。クラピカ君を世話したこと。
しなかった後悔は、あの子達の傍にいてあげなかったこと。あの子達を止めなかったこと。クラピカ君の傍にい続けなかったこと。

ごめんなさい。
悪いのは全部僕だ。何もかも僕が悪かった。
どこで間違ったにしろ、責任は全部、幼かった彼らにはない。大人であった僕にある。

その責任をほんの少しでも果たすため、僕はここで負けを宣言し、さらに君たちの勝利をも阻止する。
そうするしかないんだ。
そう、これは、仕方のないことなんだ。



……反吐が出る。



こんな糞しょうもない人間他に見たことないわ。いっそ堂々と悪役してる分クロロ君たちの方がまだマシに思えてきた。
こんな僕の尻拭いに、何も関係のない君たちを巻き込んで本当にごめん。

今の僕にはまったくもって不必要な正義感と良心のせいで、息が詰まる。
盗賊だの暗殺者だのと仲良くやってる僕が振りかざすそれは所詮、先人が作った『こうでなければならない』という既成概念の塊で、本来の僕の感情ではないはずなのに。

だって僕は盗みを許容できる。
殺しは嫌いだけど、盗賊のあの子たちも暗殺者のキルア君も嫌いじゃない。
夢を抱けない子供がいることやスラムの現状を嘆くけど、根本的な解決を望んでるわけじゃない。
すべてが輝きに満ちた世界になってしまったら、道化の需要がなくなってしまうと知っている。

道化の正義は誰がどう考えたって偽善の塊だ。

そんな僕の、言えない謝罪は誰に届くの。
この許しは誰から得られるの。
こうして罪に罪を重ね続けて、僕はどこに行きつくの。


『私は必ず旅団を捕まえる』


…そんな僕でも守りたいものが、まだたくさんある。
罪を増やすことで、僕はあの子達を腕(かいな)に抱くことができるのだ。


「まいった」


なんとか言葉を搾り出したその時、頭に予期せぬ衝撃が降って来た。




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