CLOWN×CLOWN


多数決×一番手×勝てないデスマッチ


別に特に障害もなくオレたちは多数決の道とやらを進んで、そのうち途中で道の途切れた広い空間へ出た。
なんか向かい側から出てきた変な奴らと戦わなきゃならないらしい。よかった、やっとそれらしくなってきたな。ずっとしょうもない多数決ばっかやらされたらどうしようかと思った。


「こちらの一番手は俺だ!そっちは誰が出る!」


向こう側でガタイのいい男がそう言って、こっちではゴンが最初名乗りを上げた。
でも結局ゴンには無理だとかいろいろモメて、決まらない。


「ビビってんならオレが行くぜ」


クラピカやおっさんたちは相手の力量を気にしてるみたいだけど、あんなのオレからすれば別にたいしたことない。
まぁちょっとした運動にでもなればいいかな。
黙ったおっさんたちを見て、オレで決まりだなと一歩踏み出した。けどそれを、


「待ってキル君」


姉貴が止めた。


「何、姉貴」

「ごめん、ここ僕に行かせて」

「!」

「お前が!?一番非力そうなくせして何言ってやがる!」


おっさん馬鹿だな、このメンバーで一番強いのは姉貴だよ。
だけどこんなところで姉貴が前に出るとは思わなかった。姉貴は実力は申し分ないけど、こんな好戦的じゃないはずだ。
姉貴なら『5人で3勝すればいいってことは僕以外の4人のうち3人が勝てばいいってことだし、なんだ僕何もしなくていいじゃんよかったー』ぐらいに思ってそうなのに…一体何を考えてるんだ?


「だって別に勝負の方法が殴り合いって決まってるわけじゃないよね?方法は好きにしていいって言ってたもの」

「ま、まぁそりゃそうだけどよ…」

「にしてもなんでわざわざ一番手買って出たわけ?別に5人で3勝すればいいんだから、姉貴が何もしなくたって済むこともあるんだぜ?」

「そうだねぇ…その場合もあるけどそうじゃない場合もあるよね。何もしなくていいじゃーんとかって調子乗ってたら、2勝2敗で僕に回ってきちゃうとか」

「うん、なくはないよね!」

「それ僕絶対嫌だし」

「「「「え」」」」


つまり…面倒な場面で絶対回ってこないように、責任も少ない今のうちで自分の番を済ませとこうって?
…臆面もなく堂々とそういうことを言えちゃう姉貴はある意味すごいと思う。


「っかー!どんだけヘタレなんだよピエロのくせに!」

「ピエロ関係ないし。てか僕ピエロじゃなくてクラウンだし」


でもそれでわざわざ先鋒やるって言うんだから、ただのヘタレとも言い切れねぇよな。
先鋒ってそれなりにプレッシャーはあるだろうし。一番それがなさそうなのは二番手あたりだと思うんだけど、それを選ばないってことはまだ理由があるんじゃ……


「というかレオリオさん、僕は別にあなたが行くって言うなら止めませんが」

「は!?なんで俺?」

「なんでって、あなたはあのいかつい男性の前へこんなかわいらしい子供たちを送り出すことを何とも思わないんですか!?」

「はあ?」

「僕には無理ですそんなの!この子達が十分強いことは知っているけど、もし万が一があってあの人にフルボッコにされちゃうようなことがあったらと思うと…!ああ、考えるだけでもおぞましい!!」


…それが本音か。
オレは呆れてため息をつく。クラピカはもう慣れてるといった様子で姉貴を見てる。ゴンだけは「ナッツやさしいねー」と笑顔で、レオリオは頭を抱えていた。


「…わかった、もういい…言いたいことは、よくわかった」

「ね、そう思うでしょ?」

「思わねぇがお前の考えは理解できた。さっさとどこへでも行って来いこのショタコン」

「なんですかショタコンって!僕は紳士なんです!フェミニストなんです!」


間抜け面としか言いようのないピエロメイクで紳士を主張する姉貴。
結局彼女はクラピカに「うるさい」と一蹴された挙句リングへ放り出された。


「決まったようだな」


こことリングを繋ぐ道が消えて、姉貴は退路を絶たれる。
そして相手が試合方法を告げた。


「俺は相手が死ぬか負けを宣言するまで戦うデスマッチを提案する」


それに対して姉貴は凛として返す。


「却下」


隣でレオリオがずっこけた。
それまで好戦的な笑みを見せていた相手の方も目が点になっている。
…まぁ、姉貴だしな。オレはおどろかねぇけど。


「僕は人が殺せない。というかそもそも勝負事にぽんぽんと軽い気持ちで命を賭けるなんていう浅はかな考えが好かない。よって却下。もっと平和的で楽しいゲームを考えよう」

「な………」

「あ、しりとりとかどうですか?ババ抜きでもいいけど。トランプならありますよ」

「却下ぁ!!!」


この雰囲気の中あの男と道化でしりとりとか始めたりしたらオレ笑い死ぬっつの。
姉貴の持つ独特のゆるさが先ほどまで漂っていた緊張感をぶち壊した。
相手はそれが気に食わないらしく、額に血管を浮かび上がらせながら依然としてデスマッチを要求。姉貴はそれを飄々とかわし続けた。


「デスマッチだ」

「にらめっこも楽しいですよ」

「デスマッチ」

「仕方ない、いっそ運任せのじゃんけんでも」

「デスマッチしか認めない」

「それはあなたの最初のルール説明と食い違うからおかしい。あ、早着替え勝負とか僕得意なんですよ」


………………。


「ぶくくくくくく…!は、腹よじれる…!ぐ、ふふふ…」

「キルア、笑いたいなら別に普通に笑えばいいのに」


姉貴はやっぱり姉貴だよなぁ。おもしれー。
さすが、あの兄貴が気に入ってたオモチャなだけあるわ。

でもこの状況はやばいよなぁとオレは思う。
相手はもうブチ切れ寸前だ。おそらく姉貴の提案になんか一切頷かない。あれは殺さなきゃ気がすまないって顔だし。
確かにあいつはルールは自由だと言った。だけどこうして言い合いをしているばかりじゃただの時間ロスだ。


「ルールは原則自由だ。だがそれはお互いの了承あって成り立つものであって、デスマッチ以外する気がない俺に何を言ったところで無駄だ、諦めろ。仲間の貴重な時間を浪費するだけだぞ」

「………うー…仕方ないなぁ…じゃあすぐまいったって言ってくださいね」

「言うかぁ!!」


結局こうなんのか。時間制限がある分、一度リングに出てしまった姉貴はここで要求を呑むしかないけど…これはかなりヤバいな。
オレたちに必要なのは五試合中の三勝。姉貴とオレで確実に二勝は稼げるからなんとかなるだろと思ってたけど……


「…まずいな」


クラピカも気づいたか。


「ああ、この勝負…姉貴が負ける」


相手が勝負開始を宣言し、一直線で姉貴に向かった。
その喉元を狙って突き出された手を姉貴は余裕でかわす。男の動きの方もそう悪くはないけど、実力の差は歴然だ。
相手もそれに気づいたのだろう、驚いた顔で姉貴を見た。だけどその顔に焦ったような様子はない。


「ナッツが負けるって、なんでだ?どうやらスピードはナッツの方が上だぜ?あいつが殺しができないんだとしても、まいったって言わせりゃいいだけなんだから何とかなるかもしれねぇだろ」

「でもナッツってまいったって言わせるために相手をボコボコにするとかもできなさそう…」

「ボコボコにしなくたってなぁ、力の差を見せ付けられて喉元にナイフでも突きつけられりゃあ思わずまいったも言っちまうもんだって」


そうだ、そういう場合も確かにある。それができた可能性もあった。
だけど今の姉貴じゃそれももう無理だ。


「…ナッツは一番最初に言ってしまったのだよ」

「は?何を?」

「お前が今言った通りの言葉だ…」


僕は人が殺せない


姉貴が男の喉元にナイフを突きつけた。
そして相手に言う。


「まいったって言ってください」


もちろん相手は余裕の表情だった。ここまで力の差が歴然でも、その余裕が崩れることはない。
知っているからだ。こいつはどうせ俺を殺せない、と。

姉貴もそんな己の失態にもう気がついているのだろう、ナイフを握る手はわずかに震えていて、優勢なのは姉貴なのにも関わらず目には動揺の色。
どう考えても立場は逆だ。

だけどそうは言っても、捕らえられている相手も容易には動けない。
姉貴が今動揺しているのは、悩んでいるからだ。仲間のために男を殺すか否か。
不用意に動けば今揺れている姉貴の心を刺激することになる。
だがこのまま動かずにいれば、姉貴はおそらく……負けを宣言する。


「ナッツ!もういいよ!」


ゴンが叫ぶ。
すると姉貴は動揺を隠しきれない顔のままこちらを見た。目が「いいの?」と、そう問うている。
ゴンが大きく頷いた。
姉貴はそれで肩の荷が下りたのだろう、緊張を緩めると口を開いた。


「まいった」


しかしそう言い切る直前、男の拳が姉貴のこめかみを撃った。
それにこちらの誰もが息を呑む。予想外だった攻撃をもろに受け、姉貴は吹っ飛ぶ。そしてさらに攻撃を仕掛けようと、男が動いた。


「待てよおっさん」


俺は二撃目が繰り出される直前、男の腕を掴んで止めた。
姉貴は気絶したのか、倒れたまま動かない。


「なんだガキ…」

「姉貴、まいったって言っただろ。なんで殴った」

「そうか?聞こえなかったな」


ギリ。男の腕に思わず爪を食い込ませた。
そこでそれまで余裕だった男の顔は一変する。オレの本気の殺気を感じ取ったらしい。


「…なんにしろ、オレがこうやって試合に割り込んだ時点で姉貴の負けだろ…?」


ならもうお前はいらないし、死ねよ。


「待てキルア」

「…クラピカ」


なんだよ、お前も同じ気持ちだろ?オレと同じように飛び出してきたくせに。


「試合外の状況である今そいつを殺せば、お前の試合の権利がなくなってしまうかもしれない。そうなれば私たちは三試合で三勝しなければならない事態に陥る。それは避けたい。ここは堪えるんだ」


姉貴を抱き上げたクラピカは、オレにそう言うとさっさと歩き始めた。
だけどその背中からは抑えきれない殺気が滲み出ていて、オレに冷静さを促すその言葉との裏腹さに笑えた。




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