CLOWN×CLOWN


親子×塔×自滅を見届けたい


個室のふかふかのベッドで寝かせてくれとまで言わないまでも、雑魚寝でもいいからせめて布団ぐらい支給してくれたっていいのにね。
硬くて冷たい床から起き上がった僕はさっそく誰かとこの愚痴を共有したい気分だった。しかし残念ながら周りに目覚めている人はいない。みんな寝ぼすけさんだな。
でも起きてすぐ隣にクラピカ君の寝顔があったのは、なんだか得した気分だった。

とりあえず顔を洗ってメイクをしようと洗面所を巡ってふらふら。
起床時間もいつもより少し遅れているし、めずらしく僕は大分疲れているようだ。自分が思っている以上に、この試験は僕にとって精神的負担が大きいのかもしれない。

洗面所を探す途中、僕は扉が開け放たれたままのメディアルームのようなところの前を通り過ぎた。
中では何故かゴン君が豪快に大の字で眠りこけていて、なんでこんなところであんな格好で寝ているんだろうと微笑ましくなった。
さて洗面所洗面所……

……ん?

くるりとUターン。
ゴン君を起こさないようにと、こっそり彼に忍び寄った。
そしてその寝顔をじっと見つめる。まぁ思った通りやっぱりかわいい……じゃない。

この寝顔とこの寝相…そこはかとないデジャヴを感じる。
…ゴン君ってまさか…っていうか絶対…

どうして今まで思い出さなかったのかと昨日までの自分を疑う。
ついぼーっとその顔を見続けていると、あまりに見過ぎたのかゴン君が起きてしまった。
寝ぼけ眼にも関わらず僕の顔を見るなり「おはよう」と言ってくるこの子は本当にいい育ちをしていると思う。


「ナッツってそういう顔してたんだね」

「化粧とったらそんな変わる?」

「結構変わると思うな」


俺そっちの方が好きー。
笑顔で言われ、僕は曖昧に微笑んだ。
それって昨晩クラピカ君にも言われたっけ。今の子供にあのメイクはあまりウケないんだろうか。改良の余地ありかな…
って、そんなショック受けてる場合じゃないな。


「ねぇ、ちょっと今ふと思い出したことがあったんだけどね、」


よっと掛け声と共に起き上がったゴン君は寝起きにも関わらず素敵な笑顔で「なに?」と首を傾げた。
人間って不思議だなぁ…あの人の遺伝子からこんないい子のお手本みたいな子ができるなんて。


「ゴン君って、ジンさんの子供?」

「…え!ナッツ、ジンのこと知ってるの!?」


どうやら予想は当たっていたらしい。
でも、あれ?思ってたよりはだいぶ印象まし?なんていうかもっと「俺を捨てたやつのことなんて知るか!」的なものを想像してたんだけど。なんかゴン君笑顔だし。やっぱりキラキラしてるし。
案外好かれてるみたいだねジンさん、よかったよかった。
何はともあれとりあえず念願のあれをやらねば。


「会いたかったぞ、弟よ!」


ずっと言いたかった言葉を叫ぶと同時、抱きしめた。
いつの間にか傍にきていたキル君はぎょっとした様子。ゴン君にいたっては硬直してしまった。
けれどそれをそのままにしていたらすぐに耳元で「ええええええええ!?」と叫ばれた。僕の鼓膜が消滅の危機。


「ナッツって俺のお姉さんなのぉ!?俺、姉弟がいるなんて全然知らなかった!じゃあナッツはジンと一緒にいたの?なんでミトさんはナッツのことは引き取らなかったの?どうしてジンは――――」

「ごめんごめん落ち着いて!っていうか君、少しは疑うとかなんとかした方がいいと思うよ!?」


あんまりにも素直な子でびっくりした。普通、ほぼ初対面のこんなふざけた人間にそんなこと言われたって信じないよ。どこまでいい子だったら気が済むんだ君は。
ジンさん…あなたが育ててたらこうはならなかっただろうさ。


「え、じゃあ嘘なの?」

「我ながらしょうもないことしたなって思ってます」

「なんだ嘘かよ。ほんとだったらオレとゴンも兄弟ってことじゃんって思ったのに」

「ほんとだね!」

「…いやそれは何かがおかしい」


そもそもの前提がおかしいよ、妄想としての話なら別に構わないけど現実問題僕と君は姉弟じゃないからね?
苦笑していると当然のことながらゴン君から「なんでそんな冗談言ったの?」とご質問。
僕は笑いながら答えた。


「これやってもいいって許可は一応ジンさんからもらってたんだけどね」

「どういうこと…?」

「ジンさんは僕の師匠なんだ。戦い方とかいろいろ、あの人から教わったの」

「へー!」

「…ゴンの親父ってすげぇんだな」


主に教わったのは念のことなんだけど、そこは言っちゃいけないところだな。


「じゃあナッツって、ジンの居場所知ってるの…?」

「今の場所は知らないけど…別に電話すれば聞けるよ。ゴン君かけてみたい?」


ジンさんは嫌がるだろうけど、僕は断然ゴン君応援派だし。
これぐらいさせてあげたっていいじゃないか、ね?
その時もう僕は携帯に手を伸ばしかけていたんだけど、それはゴン君に止められた。おや?


「…ううん、いい。自力で探さないと、意味ない気がするから!」

「意味がない?」

「俺、立派なハンターになって父さんに会いに行くんだ!それで父さんみたいになりたい!」

「ならなくていいと思うよ!!」

「「…え?」」

「あ」


しまった、つい。


「いや、ジンさんはすごい人だよ!恩人だし、すごく感謝してる!…んだけど、なんというか…ゴン君は今のままでいるのが一番いいと思うというか、マネすべきとこもあるけどすべきじゃないところもあるから、その見極めがちゃんと出来るか心配というか…」

「そ、そっか」

「姉貴いまいちそれフォローになってねぇし」


うう…ジンさんはいい人だよ、そりゃ。見ず知らずの若者をあっさり懐に抱え込んであれだけ世話焼いてくれたんだからさ。
でも自分のことに無頓着だから常に小汚いし、そのくせ食い意地は張ってて意地汚いし、てか育児放棄してるし、何より僕の芸で笑ってくれたことないし…!
いい人だけど、同じだけ欠点も目立つんだよね…
それに比べてゴン君には欠点がない。とてもとてもいいことだ。やっぱり君はそのままが一番素敵だよ。

…にしても自分を捨てた親のようになりたいとは、なかなか変わってるなぁ。
別に誰も咎めたりしないのに、会いたいと言いながら電話すらしないところも。
そういう変わり者なところは、あの人によく似てるかもしれない。


「ま、がんばってね。ジンさんころっころ居場所変わるから見つけるのは至難の業だと思うけど」

「うん!」


飛行船が着地した。どうやらいつの間にか三次試験会場に着いてしまったみたいだ。
「着いたね!」と相変わらずキラキラした笑顔の君に、もう一言だけ。


「…ジンさんね、6年前僕に言ったんだ」

「?」

「もしいつか俺の息子と会うことがあったら仲良くしてやってくれって」

「えっ―――!」


言葉と共に、つんつんした黒髪をくしゃりと撫ぜた。
彼は少しだけ照れたように、俯いて笑っていた。







子供たちにはあまり人気がないらしいメイクを鏡の前でばっちり決め、ついでに胸元のリボンが曲がっていないことも確認。
いつも通りの格好で、僕は今日も非日常へ飛び込んでいく。

一度目を閉じて、少しだけ深呼吸。大丈夫僕はやれる。そんな呪文を唱えて目を開ける。
鏡の中の自分は相変わらずの笑顔だった。
別に僕自身笑っているつもりはないのに、一体何がそんなに楽しいのかとこちらが問いたくなるほどに、口元に大きく引いた紅が勝手に笑顔を作っている。

ああ、このメイクが嫌われる所以はここか。
そう今更ながらに思い至った。
そういえば前まではこんなに大きく口紅は塗らなかったのに、いつのまにこんな笑顔を描くようになっていたんだろう。

こりゃ嫌われるわけだよ。
笑ってないのに笑ってる。これほど気持ちの悪いことはない。

僕がクラピカ君を欺き陥れ、彼の切望する願いから遠ざけたその時も、この道化は彼の憎しみの篭った視線を感じながらこうして笑っているのか。
そう考えると僕という存在は本当にどこまでも滑稽なのだと可笑しくなった。


「ああクロロ君、うん、今から三次試験」

『そうか…今回は順調なようだな、もうしばらく帰れそうにはないか?』

「いや、今日帰るよ」

『今日?でもハンター試験というのは大体5つから6つの試験で構成されているんだろう?最後までやるなら今日中は無理―――』

「今日って言ったら今日!絶対帰るから!」

『わ、わかった』


いつまでもああだこうだ理由をつけて逃げ回ったりなんかしない。今日こそ僕は僕のやるべきことをする。
…と、宣言をしたことで自分を追い詰めたつもりではりきったところだったのに。


「ルールは簡単!生きて下まで降りること。制限時間は72時間!」


それが三次試験の内容だった。
Oh…ごめんクロロ君、試験自体に3日かかるとか計算外だった。宣言取り止めでお願いします。

僕たちは今とても高い塔のてっぺんにいる。
スカイダイビングの用意も外壁に足場のようなものもないのに降りろということは、どこかにこの塔の内部へ入ることの出来る通路があるのだろう。そして塔の中のトラップを潜り抜けてゴール地点、つまり地上を目指せばいいということなのだと思う。


「ナッツはチルがいるから降りられるね!」

「ん?んー…いや、やめとくよ。さっきクライマーさんを襲ってた怪鳥さんたちと近くでご対面なんてしたくないし。それに三日もあるんだ、さっさと降りたって暇なだけでしょ?」


何よりクラピカ君と離れちゃったら何もできない。
降りた先がどうなってるかはわからないけれど、もしかしたらクラピカ君との共同プレイを強いられたりすることがあるかもしれない。それを期待しといて…もしそうなれたら思う存分妨害しまくる。
万が一降りた先が個人ルートだったり知らない人とのチームプレイを要求されたりするようなら壁突き破るなりなんなりして外へ出てチルと降りよう。そんでクラピカ君が死なずに不合格になるようお祈りする。


「じゃあ姉貴も一緒に行こうぜ、さっき俺たち隠し扉6つ見つけたんだ」

「え、もう?すごいねー」


彼らが見つけてくれた扉の一つをレオリオさんが確認したところ、扉を通れるのはお一人様かぎりで、使えるのも一回だけということだった。
つまりクラピカ君とまったく一緒のところに入るということはできないわけか。
付近の扉が同じところに通じていることを信じるしかない。

子供たちが見つけてくれた扉はちょうどあと5つある。
ということで、僕らはそれぞれ一つずつ扉を選んだ。もちろん僕は「僕絶対クラピカ君の隣!ここ!これは絶対ゆずらない!」ということでクラピカ君の選んだ扉の一番近くを死守。


「12の3で全員で行こうね」

「ここで一旦お別れだ」

「地上でまた会おう」

「ああ」


み、みんな案外真剣だな。この距離間隔だし大体みんな同じところに落ちるだろうと思ってる僕は甘いのかな…


「じゃあ行くよ…」

「「「「「1…2の、3!」」」」」


クラピカ君と一緒でありますようにクラピカ君と一緒でありますようにクラピカ君と一緒でありますようにでも他のみんなとは一緒じゃありませんように他のみんなとは一緒じゃありませんように他のみんなとは一緒じゃありませんようにクラピカ君とだけ一緒でありますように!!

落下している間の僕のお祈りの必死さといったら流れ星もびっくりだったろう。
だけどお願い二つは欲張りだったらしい。叶った願いは一つだけ。
落ちた部屋にはクラピカ君がいたにはいたが、もれなく他3人も一緒にいた。


「短い別れだったな」

「まったくだ」


何故か尻餅をついているレオリオさんは呆れた様子。
まぁあんな真剣なお別れをしたあとにこれはちょっと恥ずかしいだろうな。

さてこの状況…僕にとっては、クラピカ君と二人にもなれなかったし個人プレイでもなかったし他人さんとのチームプレイでもなかったし、いわゆるパートCというわけなんですが…
……考えてなかったよねー。

このパターン想定してなかったよね馬鹿だね僕。
どうすんのさこれは…ここでクラピカ君を不合格にさせることはイコールたぶん他三人も巻き添えだぞ…
それならまだ一番最初の頃に踏み切っとけば犠牲はレオリオさんだけで済んでたじゃないかという話で…


「何をぼーっとしているんだ、ナッツ」

「へ?あ、ううん、別に何も!」


…とりあえず進むかぁ。
多数決の道とか言われたら僕一人がどうこうしたって仕方ないしな。大丈夫、何か機会は絶対あるはずだ。
そもそもハンター試験は普通に受けたって合格は難しいんだから、あえて僕が何もしなくたって…ってね。

ほらまた、僕は自分に責任が及ぶのを避けようとする。
自分がクラピカ君以外の人を不合格にさせてしまうのは嫌だけど、自分のせいじゃなければ誰が不合格になろうがどうでもいいって思ってるんだ。
だから今僕は願ってる。この試験がすごく難しくて、クリアできなくて、仕方ないまた来年がんばろっかってみんなと笑顔でお別れができますようにって。


『ダチと同じ病気の子供治して、金なんかいらねぇってその子の親に言ってやるのが俺の夢だ』

『俺、立派なハンターになって父さんに会いに行くんだ!』


…ほんと、嫌な奴。
ここまできても僕はやっぱり嫌われてしまうことを恐れてる。
自分の手を汚さずに済むならこれ以上いいことはないなんて、甘いことを考えてる。

わざと馬鹿げたことをして、馬鹿にしてもらえるのは好きだ。
その人が笑ってくれるから。
ちょっとした自己犠牲で人を笑顔にできるなら、これほど嬉しいことはない。

けれど…笑ってもらえない自己犠牲は、何よりも嫌いなんだよ。





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