飛行船×年齢×大人からは嫌われがち
「ゴン!飛行船の中、探検しようぜ!」
「うん!ナッツも行くよね!」
当たり前のようにそう言われて、その道化師は少しだけ戸惑うようなそぶりを見せた。
「うーん…うれしいお誘いだけど、僕はここで休ませてもらうよ」
「そっかぁ。じゃあクラピカとレオリオは?」
「いや、遠慮しておく」
「俺もやめとくわ…そんな体力残ってねぇし、二人で行ってきな」
「うん!行って来るよ!」
「いってらっしゃーい」
俺らは三人そろって壁際に腰掛け、元気に駆けて行くガキ共を見送った。
俺もまだあいつらと同じ十代だとはいえ、とてもそんな元気はないな。さすがにこの体力の差はくやしい。
「元気な奴ら…俺はとにかく、ぐっすり寝てぇぜ」
「私もだ…恐ろしく長い一日だった。休めるときに休んでおかねば」
「僕もちょっと疲れた」
「よく言うぜ、お前マラソンしてねぇくせに」
「あ、そっかみんなは走ってたんだっけ。そりゃ疲れるわ。…って、それはあの子たちもだよねぇ…若さってすごいや」
逆にあのマラソンをしてないお前は何に疲れたんだっつの。そう言うと「うーん、気疲れ?」と返されてそれはまぁわからんでもないなと思った。
しかしそれを年齢のせいにするとは何事だ。俺よりも年齢は下だろうに、そんな風に言われちまうと俺の方が惨めだろうが。
「ったく…あんたも十分若いくせに何言ってんだか」
「いやいや、人間ティーンエイジャーを終えたら体力なんて落ちる一方だからさ。レオリオさんなら気持ちわかるでしょう?」
「俺はまだティーンだよ」
「…ええ!?年下!?」
「…んあ?…え!あんたもう二十代か!」
「い、一応…」
目の前でナッツが愕然としている。完全に年上だと思ってた…ってその呟き、ちゃんと聞こえてるからな。
その隣でめずらしくクラピカも驚いたような顔をしていた。
「そうだな、よく考えてみればナッツがレオリオより年下なわけはない、が…」
そう言ってそっと俺の顔を見て…「ふっ」嘲笑。
てめぇらああああああ!そろいも揃って失礼な奴らだな!
くそ、俺が大人の魅力に溢れてるっていうことだな、そうだよな。
「…おいナッツ、正確には何歳なんだ?」
「自分の出生をちゃんと知らないから詳しくはわからないけど…たぶん二十代は折り返したかなぁ…」
「ほう…俺はそれよりも上に見えてたと…」
「…ごめんなさい」
「…ハァ…」
…こいつが悪い奴じゃないことは、わかっている。
キルアのようにひねくれてもないし、クラピカのように人を馬鹿にした態度を取ったりもしない。
そしてこの厄介な二人とも、この道化のことを慕っている。
だけどこいつはなんというか…どうにも掴みどころがない。
にこにことした仮面の下には、常に裏腹な本性を隠しているように見える。
年齢もわからなかった。性別だって、一応女だとは思うが確証はない。ヒソカと知り合いではないというあの言葉だって嘘だった。
今日一日ほとんど傍にいたにも関わらず、実体が掴めないままだ。
道化というのは子供にとっては楽しいものかもしれない。紅で引き結ばれた、常に笑顔を保つ唇は安心をもたらすのかもしれない。
だけど少し歳を経た人間からすればそれは、少々薄ら寒いものだ。
「レオリオさん?どうしましたか?」
「…あんたの素顔が見たい」
無知であることによってそれなりの苦渋を味わってきた大人にとって、中身が見えないことほど、怖いものはない。
「?はい」
駄目元で言った言葉だったが、ナッツはあっさりと頷いて一瞬手のひらで顔を覆った。
それが外された時にはもう、大きな口も頬のペイントもすべて消えていた。
それでにっこり笑うとそれまでよりさらに幼さは増し、ああ女か、と確信することも出来た。
「たまにいるんですよね、このメイク嫌う人」
困ったように笑った彼女は「それってなんででしょうかね?」と首を傾げる。俺は正直に言うのも憚られて、なんとなくだろと誤魔化した。
「ナッツ、こちらを向け」
「ん?」
「うん、私もこちらの方が好きだな」
「えークラピカ君昔はピエロメイク褒めてくれてたよ。『こうはなりたくないと思わせてくれる良い指針だ』って」
ひでぇ。
「ナッツそれ思いっきり馬鹿にされてるじゃねぇか…」
「え、それでいいんだよ?僕の仕事は人に馬鹿にされて、笑ってもらうことだもの!」
…嫌な仕事だなあんた。
そう言ってしまいそうになったが、ナッツがあまりにも素直でキラキラした笑顔を向けるもんだからその言葉は呑みこんだ。
こいつはやっぱりよくわからねぇな。
そんな自己犠牲の塊みたいなことして本気で喜んでんならそんなもん狂ってるとしか言いようがねぇ。
今日こいつには俺も助けられたりしたが、単純に良い奴なんだとはどうしても思えん…
おれ自身、どうしてここまでこの道化を警戒しているのかわからない。
けれどこの警戒はそう簡単には解けそうにもないと思う。
こいつの本当の顔は、化粧の下にもなかったってことか。
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