CLOWN×CLOWN


料理×確信×はい、ぬか喜び


ゴールらしきところへ到着するとクラピカ君たちがちゃんといて安心した。
ほっとしている僕に気づいたゴン君が大きく手を振りながら走ってきた。かと思うと嬉しそうに飛びついてきて、僕は先ほどまでのヒソカとのやり取りももう忘れてにやにや。子供ってどうしてこんなにかわいいんでしょ。


「あらレオリオさんイケメンになってる」

「どこがじゃあ!っていうかお前さん今までどこにいたんだ?なんか知らねぇ内にボロボロじゃねぇか、あんなでけぇペット従えてどんな大物かと思ったら案外大したことねぇってか!」


わっはっはっは、とヒソカに殴られた頬を腫らしたまま笑い声を上げるレオリオさん。
どうやら湿地の中での出来事を覚えていないらしいなと僕が苦笑していると、次の瞬間―――ばっちーん!
…彼は腫らしている方とは反対の頬をクラピカ君に殴られた。


「いってー!何すんだよクラピカ!」

「口を慎めレオリオ!そんなんだからお前は軽薄で浅はかな愚か者だというんだ!!」

「ちょ、クラピカ君…!」


いつの間にこの子はこんな、手を出すのが早くなってしまったのか。
今時の子供はキレやすくて困る。罵詈荘厳に一切の躊躇もないところも恐ろしい。


「ナッツのおかげで今私たちはここにいることができるんだぞ!それをお前という奴は…!」

「へ、おいおい、そんなの初耳だぜ!?」

「く、クラピカ君、別にいいから…そんな怒んなくたって…」

「お前が怒らないから私が代わりに怒っているんだろうが!ちょっと黙っていてくれ!だいたいレオリオはだなぁ…!」


がみがみがみがみ。僕の制止を微塵も受け付けず説教を続けるクラピカ君はまるでカミナリ親父だ。
萎縮したレオリオさんがどんどん小さくなっていく。
…なんだか申し訳なくなってきた。


「ナッツ、無事でよかったよ!俺ナッツが戻ってこなかったらどうしようかと思った!」

「え、ああ、うん、心配かけてごめんね、ありがとう」


さらりと隣の二人を無視して話を自分の方に引き込むゴン君は、かなりのマイペースボーイだと見た。


「ううん!助けてくれてありがとう!」

「大したことはしてないけど…どういたしまして」

「てゆーか姉貴、どうやってヒソカと決着つけたわけ?本気の殺り合いになったにしてはヒソカも姉貴もピンピンしてんじゃん」

「ん…まぁ、いろいろね」


普通に命乞いしました…ってのはあまりにもかっこわるいし、黙っとこ。
「ええー!教えてよぉ」と不服そうな子供二人はお菓子で黙らせた。子供はみんなお菓子が好きだな。

二次試験が始まるまではまだ時間があるらしく、僕らは獣のうめき声だかなんだかわからない音がする建物の前で試験開始を待った。
よし次こそ、次こそクラピカ君を落とすぞ。助けといて次は妨害するとか心底訳わかんないだろうけど知るもんか、何が何でも邪魔してやる。

そして数分経って、建物の中にいた試験官に課題は料理だと告げられた。

料理?料理。………料理!!
その時の僕の感動と言ったら。思わずガッツポーズをとってしまうほどだったね。
それを僕の試験に対する自信によるものだと勘違いしたゴン君が「ナッツ料理得意なんだ?」と聞いてきたのには「えへへへへ」とつい気持ちの悪い笑顔を返してしまった。

課題は料理?ナイスすぎるでしょ。ハンター試験にこんなセンスのある課題があるとは思わなかった。
この勝負は確実にもらった。僕が合格するかどうかじゃない。そんなのはどうでもいい。僕の勝負というのはあくまでクラピカ君の合否だ。
彼は必ずここで落ちる。僕が何をせずともだ。

だって僕は知っているのさ…
クラピカ君は、壊滅的に料理ができない!!!


「ふっふっふっふっふ…」

「おいナッツの奴なんか笑ってるぜ」

「ナッツは料理が上手いからな。一緒に住んでいたころはいつもナッツが食事を作ってくれていた」

「(一緒に住んでたんだ…)」

「(そういやこいつらの関係結局聞いてねぇな…)」

「(姉貴の料理とかオレでも食べたことねぇのに…)」


いける、この試験はいける!世界有数のグルメさんがクラピカ君のあのアート的料理を食べて美味いなんて言うわけがない!いやむしろ口に運ぶことすらないだろう!
彼を愛する僕ですら、かつてこの子の料理を食することを躊躇したぐらいだからな…そして食べた後は激しく後悔した。あの日以来僕は彼に包丁を持たせなかったんだ。


「俺のメニューは…ブタの丸焼き!」

「二次試験スタート!」


よーしこれで無事任務終了ということでお疲れ様で―――…え、ブタ?
おいおいおい。いくらなんでも丸焼きぐらいならクラピカ君にもできちゃうよ。
そんなの内臓出すなりなんなり適当に下処理して焼くだけ―――

っは!そうか!
クラピカ君はきっと下処理ができない!

あーよかった焦ったぁ。驚かすなよまったく。
さてもう僕は何もする必要がないわけだけど…一応、試験官がとんでもない馬鹿舌で、まかり間違ってクラピカ君が合格してしまった時のために、ブタ狩りに行こうかな。念のためね。僕が脱落で彼が合格ってパターンが一番困るんだもの。

僕は巨大ブタを仕留めて捌き、どうぞ安らかに成仏してくださいとこんがり焼き上げた。
そしてそれを担ぎ上げ、試験官の元へ行く途中に自分と同じような姿のクラピカ君を見つけた。
そのブタの腹に、捌かれたような跡はない。
あの子やっぱり下処理も何もせずただ焼いただけだ!ぃよっし!でかしたクラピカ君!変なところで常識が足りない君が好きだよ!

謀らずしも誰からの反感を買うこともなく目標をクリアしてしまったよ、むふふ。
さて帰ろう。なんかクロロ君が迎えに来てくれるとか言ってたから連絡入れないと。ブタはどうしようかな、もう試験官さんに渡す必要はないわけだからお土産にもって帰ろうかな。

とりあえずブタを地面に置いてから携帯をポケットから取り出す。
わずかなアドレスしか入っていない携帯電話。クロロ君の名前を引き出して電話をかけるぐらい造作もない。
コール音を聞きながら、クラピカ君の豚さんが試験官さんの口に運ばれるのを見た。


「あ、もしもしクロロ君」

『ナッツ。試験は終わったのか?』


開腹の跡がないブタを躊躇なく口にする試験官。
まぁ、食わず嫌いしないってのはすばらしいよね。とりあえず食べてみようっていうそのチャレンジ精神すばらしい。


「うん、今回は二次試験まで行ったよ」

『そうか、じゃあ迎えに―――』


その時、上機嫌な僕の背後で試験官が唸った。


「うーん、これもイケる!!」


…………………は?なんですと?今あなた何とおっしゃいました?
クラピカ君のその、内臓満載のブタの丸々焼きが、イケる?


「クロロ君!やっぱまだ!まだ終わってない!」

『は?』

「また電話する!」


この馬鹿舌が!と罵りたい気持ちいっぱいで僕は地面に置いたせいで半身が砂まみれになったブタを試験官に差し出した。もちろん試験官は「これも美味い!」とじゃりじゃり音を立てながらそいつを咀嚼。
こいつ……出来栄えはなんでもいいのか!


「やったなナッツ」

「うん…そだね…」


いや、二次試験はこれで終わりなわけじゃない。次こそ。次こそだ!
どうかメンチさんとやらが味にうるさい女性でありますように!!


「あたしのメニューは…スシよ!」


そう試験官さんが言ったあとの場の雰囲気は不思議なものだった。「スシ?」「スシ?」「スシってなんだ?」スシという単語が飛び交いまくっている。どうしたみんな、何があった。スシって普通に……寿司だよね?


「なんだスシって。聞いたこともねぇ」

「まぁ知らなくても無理ないわ。小さな島国の民族料理だからね」

「…!」


寿司を、知らない?そうか知らないのか!!
そういえばこっちの世界へ来てからもう6年ほどになるかと思うけど、お寿司なんて食べたことないな。まぁ向こうの世界にいたときも日本公演に行った時に何度か食べたぐらいだけど…

僕はちらりとクラピカ君の顔を伺い見た。
悩んでる。これはとても悩んでる顔だ。彼も、お寿司を知らない!

いやぁ試験官様様だなぁ。
今僕はメンチさんを崇め称えたい気持ちでいっぱいだ。
試験開始後も、僕は何もしなかった。クラピカ君がお寿司のことを文献で読んだことがあったというのには驚いたけれど、推察の上に推察を重ねたにも関わらず作ったのが生き魚のご飯添えにしか見えないアートであったため安心した。

その後結局合格者が出ないままメンチさんがお腹いっぱいになっちゃって、試験は終了。今年の合格者はなしということだった。


「残念だったねぇ、まぁみんなまた来年がんばろうよ」


まぁもちろん納得いかないといった様子の受験者さんたち。ゴン君やレオリオさんには同情するけど決まったことは仕方ないじゃない。
上機嫌なにっこり笑顔で僕は一応作っておいたお寿司を彼らにお裾分け。


「捨てるのもったいないからよかったら食べて」


イライラしてる時には美味しいもの食べるのが一番さ。


「なんだこれうめぇ!」

「ほんとだぁ!ナッツのスシ、俺の作ったのと全然違う…」

「姉貴これでも合格できなかったわけ?試験官厳しすぎ、ありえねぇ」


高評価をいただけた。さすがにお寿司握ったのなんて初めてだったけど、僕はなかなか料理の才能があるらしい。


「というかナッツ…お前これ、試験官に提出しに行ったか?」

「…いや?」


さすが、よく見てるわクラピカ君は。


「はあ!?何してんだお前!これならもしかしたらいけてたんじゃねぇのか?もったいねぇことを!」

「あはは、自信なかったから」

「えー!ほんともったいないよ!こんな美味しいのに!」


本心から言ってくれてるらしいゴン君の手は先ほどから止まらない。暇つぶしに握り続けていた何十貫もの寿司が彼の胃袋に消えていく。素直なのと遠慮がないのとは紙一重なんだね。

お皿の上も綺麗に片付いたところでさぁ帰ろう。
僕は再びクロロ君に電話をかけた。


「あ、もしもしクロロ君?うん、終わった」

『そうか、結局駄目だったのか?』

「うん、そう。おもしろいんだよ、試験課題が料理でさぁ」

『なんだ、お前の得意分野じゃないか』

「いやでも試験官さんすごい辛口で。なんと合格者ゼロ!」

『…お前はとことん運がないんだな。ライセンスぐらい余裕で取れる実力があるはずなのに、三年目も失敗か』

「あはは、まぁこんなもんじゃないかなぁ」

『で、場所は?』

「ああ、えっとヌメーレ湿原っていうところの―――」


この時大変機嫌のよかった僕は気づかなかった。
周りの状況と空気が大きく変化していたことに。そして、


「姉貴ー何してんの?さっさと来いよ、再試験だって」


舞い上がっていた僕はこの言葉で地面に叩きつけられる。
携帯を握りつぶしそうになって、焦ってそれを取り落としかけた。


「……え……再試…?」

『ナッツ?どうした?』

「ごめんクロロ君まだだった!!またかける!」


ブツッ。

なんで。なんで再試験。
いいじゃないか合格者ゼロで!とんでもない優柔不断だなまったく!そういうの勘弁して欲しいよ!


「ナッツ?どうしたんだ、浮かない顔をして」

「なんでもないよ…」


ゆで卵とやらが新たな課題らしい。
舐めてるのか。
さすがのクラピカ君でもゆで卵ぐらい作れるわ。センスがないだけで普通に知識は豊富なんだから卵をレンジでチンはしちゃいけないってことぐらい知ってるんだからな。

妨害をしようにも崖から突き落とす等しようものなら試験どころか命すら落としかねないので、結局僕は何もできず…普通においしいゆで卵を食べて普通にこの日の試験を終えてしまった。

明日…明日こそ必ずだ…!




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